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表裏の結界

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 という密偵チームが入り込んで、内部から国家分裂、さらにはクーデターを支援するという状況に持っていこうとする。独裁国家であれば、内部だけではなかなかクーデターは成功しないが、外部からの切り崩しには弱い部分がある。独裁国家としては、内部に目は光らせているが、外部からの干渉にはあまり気が付かない場合があるのではないだろうか?
「我が国がこんな状況なので、他国の状況も把握しておくように」
 と、内閣府の命令が、海外の領事館に届いていた。
 もちろん機密の命令だが、領事館の調査では、他国に不穏な動きはなかった。それを考えると、今回の騒動が他国からの干渉であるという可能性は、ほとんどなかったと言っていいだろう。
 国会は頻繁に開催された。マスコミは注目していたが、国民はそれどころではない。
 マスコミの中には、
「これが目的か?」
 と考える人もいた。
 確かに国民の政治への関心は、この国では最悪だが、それをさらに強固なものにするために、今回のマイナンバーの問題が引き起こされたとも考えられる。元々がウワサなので、誰が悪いというわけではない。曖昧なウワサだけに、曖昧な内容を一つ一つ整理していくことは困難を極める。それが狙いだったのだとすれば、本当の目的は他にもあるのではないだろうか?
――時間稼ぎ?
 そう思っている政治家もいたが、決して口にはしない。混乱を招くことになるだろうし、それ以上にいずれ自分の立場が危うくなるのではないかという危惧が、その人の頭を巡ったからだ。
 世の中は、裏と表で成り立っている。それは政治の場面でも、国民一人一人でも同じことだ。冷静に考えることのできる人の中には今回のこの騒動は、
「誰かの存在が消えてしまったと言っているが、実際には消えたわけではなく、裏の世界に持っていかれただけなのかも知れない」
 これは、存在が消されたというよりも、問題としては大きなものだった。
「消されただけなら、誰なのかが確定できれば、また一から作ればいい。しかし、裏の世界に持っていかれたのなら、裏の世界でどのように使われるかということを思うと、想像もできないだけに、恐ろしいことだ」
 裏の世界が存在するというのは、我が国だけの問題ではない。どこの国にでもあることで、裏世界の国交も存在するくらいだ。
 しかし、今ここに一人の男が、裏世界と表世界の両方に存在している。このオトコ、表の世界での名前は譲二といい、裏世界では、正彦という。そう、千尋に里穂の勤めているバーを紹介したオトコだった。
 実は千尋はその時知らなかったが、最初に出会ったバーのカウンターにいたバーテンダー、彼の名前を正彦という。
 正彦は、譲二がカウンターに座っている時、カウンターの奥でバーテンダーをやっている。そして正彦がカウンターに座っている時、譲二がバーテンダーをしているといいう間柄だった。
 お互いにバーテンダーをしている時、一言も自分から発しようとはしない。あくまでも、表に出ているのはカウンターに座っている人だからである。もし、あの時正彦がカウンターに座っていれば、正彦と関係を持っていたかも知れない。いや、譲二と関係を持ったのだから、正彦とも持ったはずなのだ。何しろ裏と表の違いだけであり、二人は同じ人間だと思ってもいいからだ。
 裏世界と表世界の両方の存在を知っているのは、限られた人間だけだが、彼らのほとんどは、裏の世界に自分と同じ人間が存在していることを知っている。そして裏世界は表の世界とは正反対の世界で、個人個人の性格もまったく違っている。
 裏世界の存在は最大範囲を国家単位でしか知ることができず、外国がどうなっているのかを知ることはできない。それがどうやらこの世界の「掟」のようだった。
 しかし裏世界と表世界の両方を知っていて、もう一つの世界の自分は、今の自分と同じ性格であることを分かっている。
――同じ性格だから、向こうの世界を見ることができるんだろうか?
 裏世界を知っている人はそう思っている。
 ただ、一つの疑問として、
――向こうの世界の自分は、俺の存在を知っているのだろうか?
 という思いだった。
 裏世界の存在は知っていて、その世界を覗くことはできても、実際に会話をすることや、裏世界に自分が関わることはできない。それはまるでタイムパラドックスのようで、
――自分が裏世界に関わってしまうと、裏世界の秩序が崩れ、ひいては、表世界にもその歪が襲ってくるのではないか?
 と思えるからだった。
 なぜなら、裏世界の存在を知ることができるのは、夢の中だけだからである。
 他の人も、ひょっとすると夢の世界で、もう一人の自分の存在を知ることは可能なのかも知れない。しかし問題は、
――信じることができるかどうか――
 ということである。
 信じられないのであれば、どんなに頑張っても裏の世界を見ることはできない。一番否定したいことが、
――もう一人の自分という人間の存在――
 だからである。
 譲二も最初、夢を見ても信じることができなかった。頻繁に同じ夢を見ることと、いつももう一人の自分が夢に出てくることで、
「一番怖い夢というのは、もう一人の自分が出てくることだ」
 と感じ、友達にも漏らしたことがあった。
 その時友達は、
「なんだよ、それ」
 と言って、まるでバカにしたような言い方をしたことで、譲二は誰にもこの話をすることはなくなった。
――どうせ、誰もまともには聞いてくれないさ――
 それが、実は裏世界と表世界の境界を厳守するための理だったのだが、その時の譲二に分かるはずはない。逆に言えば、そのことを理解できたことで、やっと裏世界の存在を現実のものとして受け入れることができるようになったと言っても過言ではないだろう。
 その時の友達とは、それから一線を画してしまい、会話をすることもなくなってしまった。お互いに気を遣っているつもりだったが、それ以上にぎこちなさが優先して、結局、和解することもなく、二人の間の結界は決定的になってしまった。
 実はその時の友達というのが、和人だったのだ。
 和人は、その時に曖昧な答えをしたこと、それよりも、そんな話をされたということすら忘れてしまっていたが、その頃から、
――世界には裏表が存在するのではないだろうか?
 という思いが芽生えていた。
 最初のきっかけは鏡を見た時だと思っていた。鏡に写った自分の姿を見ていて、本当であれば、左右対称の動きをするはずの自分の動きが、一瞬遅れたように思えたからだ。動き自体に不自然さはなかったが、時間差を感じた瞬間、まるで、
――見てはいけないものを見てしまった――
 と感じたのだ。
 そして次の瞬間、
――鏡の中に、もう一人の自分がいる――
 と感じた時、鏡の中の自分が不敵な笑みを浮かべているのを見てしまった。
――これは夢なんだ――
 必死で否定しようとする自分がいた。しかし、その否定は実際のものであり、気が付けば、布団の中で汗をグッショリと掻いた状態で目を覚ますことになった。
――よかった。夢だったんだ――
 と、安心したが、次の瞬間、違った感覚も同時に感じることになった。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次