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表裏の結界

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 何とかできあがってみたが、実際に使ってみると、期待していたよりもかなり低い状態での稼働だった。それでも、いままでよりも数段よくなっているので、それで行うしかなかった。
 最高に過密な時には数か月だと考えられていたことが、ひと月も掛からずに回答ができるようになり、
「収集がつけられるようになるまで、数年かかるのではないか?」
 と試算されたものが、
「これなら半年くらいで収集するかも知れないな」
 ということになり、政治家はホッと胸を撫で下ろした。
 しかし、専門家はそんな政治家にまたしても失望を感じる。
――何言ってやがるんだ。収集してからが問題なんじゃないか。もし、本当に存在が消えていた人がいたら、どうするつもりなんだ?
 と思っていた。
 しかし、政治家の方も、さすがにそこまでバカではない。
 というよりも、悪知恵は専門家よりも上手なのかも知れない。
「もし、存在が消されていた人がいれば、バックアップから戻せばいいんだ。大した問題ではないではないか」
「そうですね。たくさん人がいれば問題だけど、数人なら、何とでもごまかすことができる」
 というのが政治家の考え方だった。
 専門家は、まさか政治家がそんなことを考えているなど想像もしなかった。
「一人でも内容が違っていれば、マイナンバーというシステム自体、失敗なんだ」
 という考えでまとまっていた。
 確かにその通りである。
 番号を使って国民を管理するのだから、一人でも違っていれば、その一人の違いがどのように他の人に影響を与えるか分からない。
 たとえば、一人の男性の存在が消えていて、元に戻したとしよう。その人は今結婚して子供もいる。しかし、戻した時点では独身ならどうなるのだろう?
 子供の存在、奥さんの存在、一つの家庭で矛盾が生じる。どちらが正しいのか確かめなければいけない。仕事にしてもそうだ。転職していて、しかも、前にいた会社がすでに存在していなかったりすると、大きな問題だ。さらには親が亡くなっていたりすれば、相続の問題が絡んでくる……。
 本当に一人だけの問題で済むわけではない。
 この問題は、タイムパラドックスに精通するものであった。
 そのことに気づいていたのは、他ならぬ「フロンティア研究所」の人たちと、一部の専門家だった。
 研究員は、自分たちが核爆弾のスイッチに手を掛けているような気分でいるかも知れない。
 開けてはいけない「パンドラの匣」を開けてしまう恐怖を味わいながら、マイナンバー照合を行っていた。
――もしかすると、これは自分で自分の首を絞めるようなものなのかも知れない――
 分かっているだけに怖かった。
「知らぬが仏」
 この時こそ、研究員であることを怖いと思ったこともなかった。
「こんなことならマイナンバーを承認なんかしなければよかった」
 政治家の中にでも、そう思っている人はいたが、本当の恐ろしさを分かっているわけではない。専門家と政治家はどうしても敵対しているので、専門家の考えが分かるはずなどない。研究員の誰かが政治家を説得できればよかったのかも知れない。
 実際のマイナンバーの登録に関しては、国家だけの問題ではなく、各自治体にもその責務を負わせることになった。元々マイナンバーのシステムは、最高国家機密だった。たとえ自治体と言えど、そのデータベースを覗くことはできなかった。しかし、事ここに至っては、そんなことは言っていられない。
 今までは自治体が窓口になって、国家に照会申請を上げることで調べてもらっていた。そのため、優先順位も曖昧で、ひと月で照会してもらえる人もいれば、数か月経っても、いまだ順番待ちの人もいた。そのことも、マイナンバーの記事を書いた週刊誌に叩かれることになったのだ。
 週刊誌では、
「マイナンバーのシステムに疑問。照会殺到のデータベース、パンク寸前か?」
 と書かれていた。
 問題は、すべてを国家が一括集約していることにあり、国家機密になっていることが一番の原因だと書かれていた。
 討論番組でもかなりの時間を割いて、報道されたが、当然のことながら、山本教授も引っ張りだこだった。
「私が危惧していた通りになりましたが、まさかここまでの混乱になろうとは、想定外のことです」
 と、さすがの山本教授も神妙だった。それだけ国家の一大事であることは間違いないことである。
「それにしても、マイナンバーのシステムがここまで閉鎖的だったとは思ってもいませんでしたね」
 と司会者がいうと、
「確かにこのような騒ぎになると、閉鎖的だったということがクローズアップされますが、セキュリティや管理の面においては、一元管理することが本当は一番望ましいことなんです。あくまでも結果論ですがね」
 と山本教授は、擁護の側に回った。
「でも、この騒ぎは一体どういうことなんでしょうね?」
「これには私も驚いています。厳重なマイナンバーのシステムの中で、誰かの情報が消えてしまうということは、本当であればありえないことなんですよ。つまりは、消えてしまったということの信憑性も、最初からあったのかどうか、それも疑わしいと思っています」
「それは私も最初に思っていたことなんですが、ここまで騒ぎが大きくなると、いまさら信憑性などどうでもいいような気がしてくるんですよ。それよりも、誰もが思うのは、自分だけのこと、『自分は大丈夫だろうか?』と感じるということなんですよ」
「ここが群集心理と、自分中心主義という一見平行線のような心理が交錯することになる。収集のつかない状態が暴走を始め、何が正しいのか、分からなくなってしまうんですよ」
「一人が疑い始めると、自分も気になって仕方がない。でも、気になるのは自分のことだけなんですよね。もし、存在が消えてしまった人というのが、自分にかかわりのある人だったらどうなんでしょうね?」
「そこなんですよ。きっと自分の存在が確認できさえすれば、完全に安心しきってしまうでしょうね。まわりがどうであっても、その時点で狂ってしまった自分の生活を何とか元に戻すスイッチが入ってしまう。でも、まだまわりは混乱している。安心したのに、状況がそれを許さない。今度は新たな不安が募ってくる。これが第二段階となって、さらなる不安を誘発し、世間をさらに混乱させることになる」
「なるほど、この混乱には、いくつかの段階があるとお考えなんですか?」
「ええ、その通りです。だから全員のマイナンバーの確認が取れても、この混乱は収まらない。いや、却って混乱が深まりますね。今度は自分だけのことでは収まらず、まわりを見ることで、次第に自分のまわりが疑心暗鬼に感じられてしまう」
「すると、この混乱はしばらく収まりそうもないですね」
「ええ、私はそう思います。ただ、その間に何かがあった時の方が心配ではあるんですけどね」
「何かというと?」
「今は国内のことで精いっぱいという感じじゃないですか。でも世界に目を向けると、刻一刻と変わる世界情勢に果たして対応していけるかどうかというのも気になるところではありますね」
 山本教授の話ももっともである。
 その時、アナウンサーはゾッとしたものを感じた。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次