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表裏の結界

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 全体的に殺到したわけではなく、一部の地域で殺到しただけなのだが、それだけでも効果は十分だった。一部の地域というのは、昔から比較的政治に対して注目しているところで、全国的に政治にあまり興味がない人が多いことで、多数派がそのまま国民性とされたが、一部の地域では政治に興味を持ち続けた地域もあったのだ。そんな彼らがこの話を目にして、黙っているはずがないではないか。
「私はちゃんとマイナンバー登録されているんでしょうね?」
 そういって窓口は大混乱に陥っていた。
 窓口の人もまさかこんなに殺到するなど想定外もいいところで、元々公務員なので、普段から、
「目の前のことをこなしていればそれだけでいいんだ」
 と思っていたはずだ。
 しかも、田舎の村や町といったところでは、それほど仕事があるわけではなく、午後五時になれば、節電名目で、ほとんどの電気が消えていた。夜中にいる人間も当番で賄える程度で、夜間はほとんど仮眠しているだけだった。
 パニックは避けられなかったのである。
 困ったのは、町長だった。
 県に対策を求めたが、県の方も当然前例のないことで、せめて人を派遣する程度だった。派遣された方も、まったく何も知らない土地に、しかもパニック状態のところに行かされるのだから、貧乏くじもいいところだ。
「何をどうしたらいいんですか?」
 と聞こうにも、皆それどころではない。
 それどころではない状態なので派遣されたのだから当たり前だが、指揮命令系統確立されていないのだから、派遣された人も、
「いい迷惑」
 である。
 危機管理マニュアルというのはあるにはあるが、まさかこんなことまで想定されているわけではない。
「お調べしますので、しばらくお待ちください」
 というしかない。
 待たされる方が、
「いつまで?」
 と聞いても、前例がないので、何とも答えられない。少なくとも数日は掛かるに違いないと思うので、
「調査が終了しましたら、ご連絡いたしますので、お待ちください」
 というしかない。
 質問してくる人はまだいい方だ。
「お待ちください」
 と言われて、
――待っていれば、回答がもらえるんだ――
 と思い、混乱している窓口を遠目に見ながら、じっと待合室で待っている。
 しかし、回答には数日かかるのだ。待っていても仕方がない。だが、そのことを待っている人に告げれる人は誰もいない。皆窓口を離れることができないほど混乱していた。
 さすがにこんな状態で午後五時に窓口を閉鎖できるはずもない。緊急で午後八時まで窓口を開けていることにしたのだが、ギリギリまで人の列が減ることはない。
 午後八時になって、痺れを切らせた待合室にいた人たちが、
「まだなんですか?」
 と聞きに来た。
「あの、調査には数日が必要なんです」
 というと、
「バカ野郎。それならそれで最初から言えよ」
 と罵声を浴びせる。
 待たされた人からすれば、文句の一言を言いたいという気持ちも当然であろう。しかし、罵声を浴びせられた方も、ここまで神経をすり減らして、
――やっと一日が終わった――
 と思っているところでこの罵声では、怒りが込み上げてくるのももっともだった。
 ここでトラブルが起こることもあった。責任者が出てきて詫びをする。窓口対応の人も責任者へ文句タラタラである。こんな状態がひと月ほど続いただろうか。
「人生の半分をこの一か月で過ごしたような気持ちですよ」
 と、口を開けば、口々に聞こえる愚痴であった。
 だが、調査の結果としては、この町の人から、マイナンバーが抹消されたという結果は出なかった。それが全国に公表されたところで、今度は他の市町村でも、同じようなことが起こり始めたのだ。
 元々、ウワサの出所がどこにあるのかも分からない。信憑性も疑わしい上に、もし本当であったとしても、どれだけの情報が消えたのか、まったく分からない。
 一人だけなのかも知れないし、一万人単位で消えているのかも知れない。あまりにも漠然とした状態だったので、他の市町村の人たちは騒ぎ立てるよりも、最初に殺到した町の動向を見守ることにしたのだ。
 その町の混乱が一か月続いたとして、自分の住んでいる自治体の規模を考えると、どれほどの期間、混乱に見舞われるかも分かる。そしていつ頃に行けばいいのか、さらには調査結果が出るまでに、おれほどのものなのか、見当がつくというものだ。
 しかし、その考えは甘かった。
 最初は、小さな町の数か所程度だったので、調査もさほど重複せず、結果は二、三日でもたらされた。しかし、今度は全国に火が付いたのだ。どこの自治体からもマイナンバー照合の依頼を受けると、数か所でも少し時間が掛かったのに、完全にキャパシティの範囲を超えていた。
「回答までには、早くて一か月、集中してしまうと、数か月かかる場合もあります」
 という返事だった。
 マイナンバーの照合依頼があるとしても、一日最大で数百件と見積もっていたこともあって、全国から殺到するなどありえない状態では、パンク目前だった。しかも、時々休ませてあげないと、いつ壊れるか分からない。壊れてしまうと、いくらバックアップがあるからといっても、毎日更新が掛かっているのだから、その間の情報は元に戻ってしまう。いつの時点に戻ったかを検証し、それを更新のあった記録と照合させるのだから、実際問題として不可能だった。
 マイナンバーの抹消疑惑が起こった時、
「バックアップから戻せばいいじゃないか」
 という素人の政治家からの意見だったが、
「そんな簡単なものではないです」
 として、専門家は語気を強めながら話した。
 その迫力に圧倒された政治家もそれ以上何も言えなかったが、政治家というのがどれほど自分のことしか考えていないのかということを、その時専門家は、あらためて知った気がしたのだ。
 そんな政治家連中も、ここまでくればさすがに専門家の言葉が分かってきた気がした。事の重大さにやっと気が付いたというところだろうか。
 それだけ政治家に危機管理の意識がないのだから、対策も当然、後手後手に回ってしまう。
「大丈夫なのか? この国は」
 と、誰もが口にするようになった。
「とにかく、まずは噂の信憑性を確認するのと並行して、もし実際に抹消が事実だとした場合の対策を検討するよう、研究所に依頼しました」
 と、国家安全省は大臣の名前で発表した。
 これは国民に対してのものではなく、各自治体であったり、警察機構、さらには官庁関係にも発令された命令だった。
 ここでいう研究所というのは、「フロンティア研究所」だった。
 ここは半官半民の研究所で、半分はマイナンバーの個人情報のサーバー置き場でもあった。
 ここでマイナンバーと照合依頼のあった個人との照合を地道に行っていた。それと並行して、現在のキャパがあまりにも低いので、急遽、バージョンアップが急務とされた。他の研究をすべて棚上げして進められる作業は、体力的にはギリギリの状態で進められたのだ。
 研究員の中には精神的に参ってしまった人も少なくない。ただでさえ限られた人数で進められている作業がどんどん脱落者を出すと、出来上がりの精度の問題にも微妙に影響する。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次