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表裏の結界

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 ひょっとするとあったのかも知れないが、警察に届けたのはこれが最初で最後、千尋の記憶の中でも唯一のストーカーだったのだ。
 千尋は、この話を他の誰にもしたことがなかった。実際に警察に通報したとはいえ、何か具体的な被害に遭ったわけではない。犯人が他の人に対してもストーカー行為を繰り返していたことで墓穴を掘った。
 ただ、犯人の方としても、友達に対して何か事を起こそうと思っていたわけではない。他の女性に対してもストーカーはしていたが、ただ物陰から見ているだけで、何かを仕掛けようというわけではなかった。
 逮捕され、家宅捜索の時、初めてこの男の盗撮が暴露されたのだ。
「ストーカー行為というのは病気のようなもので、そういう菌が侵入することで、その男の性格を覚醒させるものだっていう研究家もいますが、それだけで納得できるほど、世の中は単純じゃないですからね」
 と、刑事は話していた。
 犯人が警察に逮捕されてから、友達の態度は少し変わった。
 どうやら、ストーカーに狙われたことが、彼女の中にあるコンプレックスを解消したのか、それまで自信がなさそうな自分に対して、無意味とも思えるほどの自信をみなぎらせた。男性に対して積極的になり、そうなると、彼女は結構モテた。表情もそれまでと違って、
「笑顔が似合う女性」
 として、まわりからも一目置かれるようになった。
――自信を持つって、ここまで女性を変えるものなのかしら?
 と思った。
 逆に千尋は、それまでの自分の当たり前だと思っていた感覚が驕りであることに気づくと、人に対して親身になって考えることはなくなってきた。
 その頃から友達は減っていき、一人でいることが多くなってきたのだ。
 そんな千尋が初めて心を開いたのが譲二だった。
 譲二は、千尋のような女の子を手玉に取るのはお手のものだった。千尋以外にも何人もの女性をスナックで働かせて、お金を搾り取っていた。ある意味チンピラよりも低俗なゲス野郎と言えなくもない。
 譲二は女をスナックに手数料をもらっていた。スナックで働く女の子も、それまで知らない世界だったこともあり、貰う給料が見合っているかどうかも分からない。疑われないだけのギリギリの給金で彼女たちを働かせていたのだ。
 働くオンナたちも、
「好きな男のため」
 と思っているので、給料の額など二の次だった。
 人のために何かをすることの喜びをずっと知らずに過ごしてきた女性にとって、好きな男のために尽くすことは、自分にとって至高の悦びだったに違いない。
 千尋はスナックで働きながら、友達が遭っていたストーカーのことを思い出していた。今までは、そのことを自分のことのように感じないと納得できないと思っていたのに、スナックで身を置いている自分を客観的に見ていると、思い出すのは、
――ストーカーされていたのは、友達だった――
 という事実だった。
 そしてスナックで知り合った里穂という女性。彼女の気の毒な生い立ちを聞かされると、彼女に対して、他人事のように思えなくなる。
 話を聞きながら、どこか気持ちの中で引っかかっているものがあると思っていたが、それがストーカー事件のことだった。
 そんな彼女から、自分もストーカーに遭っている話を聞いた。そして思い出したことのもう一つとして、山本教授の、
「加害者側の悲哀」
 の話だったのだ。
 里穂がその話を続けた。
「私、その時、両親に思い切って話をしたんだけど、母親は警察に届ければいいって言ってくれたんだけど、父親は頑なに拒んだの」
「どうして?」
 千尋はビックリして聞き返した。
「ハッキリとは分からないんだけど、世間体を気にしてのことなんだって思う。でも、その時の父親の話は少し違ったの」
「どんな風に?」
「お父さんはね、『お前が訴えてそのオトコが捕まれば、相手の家族はどうなるんだ? しかも相手が逆恨みをして、被害者に復讐しようと考えるかも知れないんだぞ』って言ったの。まだ中学生の頃の私にはよく分からなかった別々の話を一つにして話すんだから、分かるはずもないわよね。でも今はそれが繋がっているような気がしているんだけどね」
 千尋は、その話を聞いて、
――なんて無責任な父親なんだ――
 と感じた。
 そして、まるで、
「言いたいことは顔に書いてある」
 と言わんばかりに、千尋を見つめる。
 その視線は思ったよりも冷たくて、時間が経つにつれて、どこまでも冷徹になっていくような気がした。
――その話は先ほど思い出した山本教授の話のようじゃないか?
 と思うと、意外と少数派だと思っていることも、自分が思っているよりもたくさんの人が感じているのかも知れないと感じた。
 千尋にとって、山本教授の話は、
「ひどい話だとは思うけど、そう思えば思うほど忘れられなくなってくる」
 と感じることだった。
 それだけ話にはインパクトがあり、その話をしたのが政治評論家だというところも気になっていた。
――あの人は、政治の裏側を知っていて、本当は憎むべき相手なのかも知れないけど、擁護しなければいけない立場にいるのかも知れない――
 とも思った。
 千尋の頭をその時、和人の存在がよぎった。
――何とかいう研究所で働いているって言っていたわね――
 ということを感じた。
 そういえば、和人ともだいぶ会っていない。彼が今何を考えて何をしているのか知りたくなってきた。もちろん、それは自分が譲二のために今していることとは別の頭が考えていることだ。
 しかし、店にいて里穂と話をしていると、なぜか思い出すのは過去のことばかり。ここで和人のことが頭をよぎったとしても、それは無理もないことだった。
 和人がマイナンバーのことを気にしていることなど千尋には分かるはずもない。しかし、この時二人は、
「近い将来再会できるのではないか?」
 とほぼ同時に感じているということを知る由もなかった。
 そのことが一人の人間を抹殺してしまう遠因になるということも、分かるはずなかったのである……。

                  第四章 夢の代償

 マイナンバーシステムでは、勝手に誰かの存在を消すなどありえないことであり、最高国家機密と個人情報の両方から、セキュリティは万全だった。マイナンバーの個人情報に入り込むには少なくとも複数の人間が介在しなければ、入り込むことはできない。もちろん、政府はそのことを国民に公表し、
「マイナンバーは絶対に安全です」
 という触れ込みで始まった。
 中には心配している人もいたが、元々政治に興味を持っていない国民性なので、大多数はさほど気にしていない。国民の意見をあまり聞かずに国会だけで簡単に決まってしまうのも、この国の特性でもあった。
 きっかけは、週刊誌のスクープが問題だった。
 その時の見出しに、
「消えた存在! 本当にマイナンバーは安全なのか?」
 という文字が躍ったことだった。
 ただマイナンバーで存在が消えてしまった人物を特定することはできない。それを思うとどこかウソっぽい気がしたのだが、存在が消えてしまったことに対して疑心暗鬼になった国民の一部が市町村の役場に殺到したことで火が付いた。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次