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表裏の結界

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「もう、この話題で山本教授を呼ぶのはやめた方がいいかも知れないですね」
 司会者がプロデューサーに話すと、
「そうだな」
 と、一言山本教授が立ち去る後姿を見つめながら呟いた。
 二人は、教授が柱の影に隠れるまでその後ろ姿から目を切ることはできなかった。
「あんなに哀愁に満ちた男性の後姿は初めて見た」
 と、お互いに感じたが、口にはしなかった。お互いに感じていることは分かっていたのだろう。
 千尋は、その話を大学時代の知り合いから聞いたことがあった。その友達は政治には詳しく、特に討論番組は好きだったのだ。ただ、元々は討論のバトルが面白いというだけで見ていただけなのだが、見ているうちにネットでも討論番組に対しての記事を見るようになり、ネットでこの話題が一部加熱していることを知っていた。千尋は興味はなかったが、話題の一つとして聞いていただけだった。里穂の話を聞いてこのことを思い出したのが偶然だったのかどうか、千尋には分からなかった。
 ただ、千尋も自分の身体を昔からジロジロ見られていたこともあって、ストーカーというものには敏感だった。
――私が子供の頃にもあったのに――
 と、いまさら問題になっていることに釈然としない思いを抱きながら、友達の話を聞いていた。
 千尋は自分ではあまり気にしていなかったが、ストーカー被害を届け出たことがあった。大学時代に友達と一緒に帰っている時、物陰から千尋を見つめる目があったのだ。
 発育のいい千尋は、男性のいやらしい視線には慣れていた。
――どうせまた――
 という思いでウンザリしていたが、感覚がマヒしてしまっていることで、ストーカー行為に対しても、それほど意識が強かったわけではない。
 ただ、自分以外の人が被害に遭うことには敏感だった。自分に対しての感覚はマヒしているくせに、他の人が被害に遭っていると、いかにも自分が被害に遭っているかのような主観的な目で見ることができる。自分に対しては、客観的な目で見るのに、他人に対しては自分のことのように見えるのは、千尋の特徴だった。
 だから、まわりの人から見ると、
「冷めたところがあるように見えるのに、そうかと思うと、親身になって話を聞いてくれる時もあるの」
 という見方になるようだ。
 自分に対して客観的に見てしまうのは、やはり発育の早さが影響しているのだろう。これは彼女の長所であり短所でもある。
「長所と短所は紙一重」
 と言われるが、まさしくその通りだった。
 千尋には大学時代、いつも一緒にいる親友がいたが、物陰からの視線について最初に気づいたのは千尋だった。
 千尋はいつものことだと思いながら、その視線の先が自分だと思っていた。千尋は冷めた目でこちらを見つめる目を友達に気づかれないように浴びせた。そうすれば、ストーカー行為がやむことが多かったのだ。
 千尋の魅力は、肉体の発育に比べてあどけない表情にあった。アンバランスな雰囲気が、余計淫靡に見えるのだろう。
 そんな千尋が普段見せない睨みを利かせるのだ。物陰から隠れてこっそり見ているくらいのことしかできない連中には、効果的だった。睨みつけられた方は、
「彼女のそんな表情見たくはなかった」
 と思い、すごすごと退散していき、二度と盗み見るようなマネはしなくなるのだ。
 しかし、その時のストーカーは、千尋がいくら睨みを利かせても、やめようとはしなかった。千尋はゾッとした。
――こんなこと初めてだわ――
 と感じ、その時になって初めて友達に告白した。
 男はサングラスに帽子をかぶっていて、誰だか分からない。知っている人かも知れないし、まったく知らない人かも知れない。
「警察に通報しましょう」
 友達はそう言って、千尋を警察に連れていった。
 警察がどこまで面倒を見てくれるか分からなかったが、通報したという事実だけでも安心に繋がった。
 男の出現回数は減っていったが、警察に通報したことで、最初は安心した気分になっていたが、次第に不安も募ってきた。
「警察に通報したということは、ストーカー被害に遭っているということを自分で認めたことになるのよね」
 千尋は友達にそう言った。
「ええ、そうよ。通報するということはそういうこと。それだけ身の危険を感じたから警察に通報した。そういえば、あなたはいつ頃からその男の存在に気づいていたの?」
 と聞かれて、
「半月くらい前かしら? いつもは睨みつければ、相手はストーカーをやめてくれるんだけど、いくら睨みつけてもあの男はやめようとしない。それにあの変装でしょう? やっぱり怖いわ」
「確かに、変装するということは、自分の身元がバレないということなんだけど、それ以上に目立つということも間違いないよね。そのリスクを犯してまでするんだから、やっぱり警察に通報して正解だったんじゃない?」
「警察にもいろいろな被害や通報があると思うので、その男が私たち以外の誰かの前に現れている可能性もあるわ。だから警察の捜査で、その男が誰なのか分かっているかも知れないわね」
 警察の捜査に関しては分からなかったが、話をしているうちに次第に安心してきた。一人で考えていると余計なことばかり考えてしまい不安が募ってくるんだけど、逆に他の人と話をしていると気が紛れるというのもあるけど、それ以上に、自分が思ってもいなかった発想が、安心に繋がるということに気が付いた。
 しばらくして、犯人が捕まったと警察から連絡があった。男はやはり自分たち以外にもストーカー行為をしていて、部屋には盗撮写真がいっぱい貼ってあったということである。だが、取り調べが進むうちに、担当の刑事さんから意外なことを聞かされた。
「どうやら犯人の狙いはあなたではなく、お友達のようでした」
 千尋は拍子抜けし、友達も複雑な表情をした。
「まさか、私?」
 自分に指を差して、ホッとため息をついてはいたが、困惑しているのは、目が泳いでいるのを見ればよく分かった。急に気持ち悪さが襲ってきたのか、腰が砕ける様子がよく分かった。
 千尋の本音は、
――なんだ、私じゃなかったんだ――
 と感じたのだが、それは自分が被害者でなくてよかったというよりも、友達にとっては自分のことなのに、人のことだと思って自分のことのように心配してくれたであろうと思うと、その心配が余計なことだったということに対して、
――もし、自分が彼女の立場だったら、それ以外のことは考えられない――
 と思った。
 千尋は、自分のことではなかったことで、急に気持ち悪くなった。自分のことであれば、他人事のように思えたのに、本当は友達のことだったと思うと、いつの間にか、ストーカーの狙いが自分だったと思わなければ納得がいかないような心境になった。
――このことは、警察と友達しか知らないんだわ――
 と思うようになり、千尋は自分の記憶の中に、
「本当の狙いは自分だったんだ」
 と言い聞かせて、格納させてしまったのだ。
 時間が経つにつれ、どんどんウソのはずの記憶が本当のように思えてならなくなった。今までにストーカー行為に遭ったことは、この時が最初で最後だ。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次