小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

表裏の結界

INDEX|25ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

 かと言って、今までずっと一緒だと思っていた和人の存在が消えているわけではない。確かに譲二の存在の後ろに追いやられたことで、直接見ているという感覚が薄れてきていた。
――和人は、譲二さんとは違う。譲二さんは、和人でもない――
 と自分に言い聞かせていた。
 和人とは時間を掛けてずっと一緒にいたのに、広がっていくことはなかった。
――ただ、そばにいればそれでいい――
 言い方を変えれば、まるで空気のような存在だった。
――和人もきっと同じ思いに違いない――
 と考えていた。
――私の考えていることは、和人にだけはすべて分かってしまいそうな気がする――
 と思っている。
 しかし、その思いを譲二には感じない。和人が影のような存在なのに、譲二は日の光にしか思えない。
 しかし、影というのは光がなければ存在することができない。
 ということは、和人は譲二という存在がなければ存在することができないことになるが、そんなバカなことはない。譲二を知る前から、和人は和人だったのだ。
 では、譲二を知ってからの和人は、千尋の中で変わったのだろうか?
 そんなことはない。やはり和人は和人なのだ。それも、
――千尋が知っている和人――
 という存在なのだ。
 里穂の話はいろいろと脱線していった。童貞を奪った相手の話も中途半端に、違う話を始めたのだ。
「そういえば、『別れの曲』で思い出したんだけど、私は中学生、高校生の頃、じっと私を見つめている目を意識していたの」
「ええっ、それってストーカーということですか?」
「ストーカーというわけではないの。別に何かされたわけではないし、ただ視線を感じるだけなの」
「でも、それだけでも十分にストーカーなのでは?」
 この国のストーカー犯罪は、年々急増していた。最初は何もされなければ警察も動くことはできなかった。
「毎日、つけられているみたいなんです」
 というだけでは、警察の方も、
「じゃあ、通勤時間帯の行きと帰りの時間、あなたのまわりの警備を強化しておきましょうね」
 という程度で、実際にその人自身を直接守ってくれるということはなかった。
 しかし、警察へ通報していたにも関わらず、ストーカーがさらに過激になったり、実際に傷害事件が起こったりすることから、警察も遅ればせながら動き始めた。
 実際に殺人事件にまで発展すると、さすがに警察も本腰を入れるようになり、社会問題になってからは、ストーカーに対しての法律もできたりした。
 それでも、犯罪と法律のいたちごっこは昔からのこと。法律がどうしても後手後手に回ってしまう。
 ストーカー被害を訴えていた人が、ある日、死体になって発見された。殺人事件ではなく、自殺だった。遺書には、
「ストーカー行為を受けていて、警察にも相談したけど、警察は何もしてくれなかったから、私は自らで決着をつけます」
 としたためられていて、覚悟の自殺だった。
 この問題は、ストーカー殺人とは別の意味で物議をかもし、新たな社会問題を引き起こした。警察の言い分としては、
「法律の範囲内で、できるだけのことはしましたが、こんなことになって残念です」
 という警察署長の記者会見だった。
 どう考えても、他人事にしか見えない警察の態度に、マスコミも黙っていない。警察組織に対してのバッシングは一時期ひどいものがあったが、ある日を境にバッタリと批判がやんだ。
「人の噂も七十五日」
 ということわざがあるが、それにしても、急にピタリとやんでしまうのはおかしなことだった。
「国家権力が働いたのか?」
 という噂が飛び交ったが、それも、
「言論の自由」
 という憲法の基本方針を無視したものである。
 だが、そのことを言及するはずのマスコミが黙り込んでしまったのだから、どうしようもない。それ以降何も話題に上ることはなかったが、人々の心の中にはモヤモヤとしたものが残った。
 ストーカーに対しての法案も、中途半端な状態で成立したままになっていた。
 それでも、殺人や凶悪犯に対して、ストーカー行為が重複していれば、刑罰は極刑に近いものだ。さすがに死刑になる事例は少ないかも知れないが、無期懲役くらいにはなるだろう。
 さらに、ストーカーが絡む事件に関しての時効は存在しないという法案が通過した。だが、時効がないというだけで、ストーカー関係の事件は速攻解決でなければ、犯人逮捕にしても、その後の立件にしても他の犯罪に比べて難しいのは事実。時効の撤廃は、それほど大きなことではなかったのだ。
「要するに、スピード解決でなければ、検挙は難しいということになるんですね」
「そういうことになります」
 テレビのワイドショーで、この法案に対しての話があったが、
――どうせ国民は政治などには無関心なんだ――
 と感じている評論家には、適当な話でお茶を濁そうとしていた人が多かったのだが、一人だけ、時効撤廃に対して苦言を呈した人がいた。
 その人というのは他ならぬ山本教授だというのも、面白い話だった。
「どうしても、今の国民は政治に興味を持っていない人が多すぎる」
 というのは、どの評論家も感じていることだった。
 そのことを討論番組では、誰も口にしない。まるでタブーとなっているようだ。
 しかし、山本教授だけは違った。誰もが口を拭っていることに対してこそ批評している。
 陰でウワサしている人の中には、
「あの人は、怖くないのか?」
 と国家権力の恐ろしさを語っている人もいれば、
「自分だけ他の意見を言って、目立ちたいと思っているのか」
 と、あからさまな皮肉を言っている人もいる。
 しかし、その心の奥では、少なからずの羨ましさがあるのではないだろうか。
 それでも山本教授は、
「ストーカー行為で苦しんでいる人は、本人だけではなく家族だって同じことなんだ。また同じ家族という意味では、被害者にも家族はいるし、被害者にも家族がいる。犯罪が起こるということは、被害者側だけが可愛そうなわけではなく、加害者側にだって被害者は出るんだ。犯罪を犯す人間にも、それなりの事情があるはず。自分の家族が自分が犯罪を犯すことでどうなるかというのは想像がつく人もいるでしょう。それでも犯してしまうというのは、よほどのこと。『罪を憎んで人を憎まず』という言葉がありますが、まさしくその通りですよ」
 討論会場は、一同一瞬シーンとなった。かなり説得力があったのだろうが、放送番組としては、重たすぎる。
「あっ、山本教授のお話はもっとものことだと思いますね」
 と何とか、司会者が口を開いたが、他のパネラーは誰も口を開くことができなかった。それだけもっともな話であって、これに適う話をすることは不可能で、もし何か口にしようものなら、完全に自分で墓穴を掘ってしまうことは誰もが分かっていた。
 司会者の機転で、別の話題に振り替えられたが、その日の討論会の雰囲気は重たいまま終わってしまった。
 それからというもの、討論番組に山本教授が呼ばれることは少なくなったが、山本教授は発言した番組の終了後、司会者にボソッと語った。
「私にも娘がいるんだ。私は娘を愛している」
 この言葉を聞いた司会者と、その後ろにいたプロデューサーはゾッとしたという。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次