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表裏の結界

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 彼女に限らず、誰かから裏切られると、人を見る目は完全に変わってくる。それは見方というよりも、見る角度と言った方がいいのかも知れない。
――少なくとも裏切られた人は正面から見るようなことはしない――
 というのが、千尋の考えだった。
 そう思っていると、千尋は自分の将来が怖くなった。
――このまま彼を信じていっていいのだろうか?
 最初にい疑わなければいけなかったことだ。
 一度スルーしてしまうと、なかなかその時点に戻るのは難しい。特に
――必要以上のことを考えるのはやめておこう――
 と思う千尋には、好奇心はおろか、
「それ以上、それ以下」
 ということを考えることはできない。
 何とか浮かんだ疑念を打ち消そうとして努力をするのだが、本当なら、努力をする場所が違っているはずなのに、気づかないふりをするしかなかった。
「私、男性なんて、誰でもいいって思うようになったの。そのせいもあってか言い寄ってきた男とはほとんど寝たわ。どうでもいいような男もいて、どうしてこんな男としちゃったんだろう? って思うこともあったし、逆にこの人なら信じられそうだと思った男もいた。でも、私はベッドから出てしまうと、その男性とはそれで終わりにするようにしているの」
 割り切りとでもいうのだろうか、そんなにアッサリとしたことは自分にはできないと思いながらも、どこか羨ましく感じられた千尋だった。
 子供の頃、友達の中には親が共働きで、自分も一人っ子だったので、たまに外食することになり、家のリビングの上には、その日の食費が置いてあるらしい。それを持って、近くのレストランで食事をするのだが、千尋にはそれを羨ましいと思った時期があった。もちろん、その友達の気持ちになれば、そんなことを思えるはずないのだが、どうしても他人事として自分の中で処理してしまうので、羨ましいなどという感覚が芽生えたのだった。
 そんな千尋だったので、彼女のように相手を自由に選べる立場の人を羨ましく感じるようになったのは、その時からのくせとでもいうのだろうか。
――きっとこのくせは治らないわ――
 と思っていた。
「私、童貞キラーになったのよ」
 里穂はそう言って、ほくそ笑んだ。
 その言葉の裏には、
――してやったり――
 という思いが見え隠れしているように思え、さらに彼女に対して怖さが感じられた。
 普通なら、初めて会った相手にいう言葉ではないのだろうが、これから一緒に過ごしていこうとする相手に対しての、挑戦状のようなものだろうか?
――いや、もしそうなら、最初にあんなに長い前置きはないはずだわ――
 と思うだろう。
 いきなり、自分のことを童貞キラーだと言ってしまった方がインパクトが強く、他の話は間を置いてゆっくりと話せばいいことだったはずだ。
「私は最近になって、人間が分からなくなったの。元から知っていたというわけではないんだけど、自分の想定外のことが起こりすぎるというか、そのために、いろいろ転々としたものだわ」
「じゃあ、スナック勤めはここが初めてではないということ?」
「ええ、いくつか経験したわ。最近では、休みを多くもらうようになったこともあってか、以前いた店から、たまに応援に入ってほしいって言われることもあるくらいなの」
「それだけ期待されているのね」
「こういう業界は、どうしても不況なので、絶えず女の子を複数置いておくというわけではないの。店側は、自分のお店の女の子を呼び出すよりも、普段いない人に来てもらう方が、お客さんにとっても新鮮だし、声を掛けられた女の子も、気分転換になっていいって思っている娘は結構いるみたいなの。自分のお店での仕事ではないのでお手当はそれほどないんだけど、喜ばれる分、来る方も楽しみというものなのよ。それにね、女の子としても自分の顔を売っておくことで、今度は自分を訪ねて自分のお店に来てもらうということもできるでしょう? 一石二鳥ってわけなのよ」
「なるほどですね。里穂さんは、そこでも人気があるんでしょうね」
「私がいくお店は、スナックの中では比較的低料金なところなので、一度来た人がリピーターになるということは多いの。しかも年齢層は結構若い人が多くって、ママさんがいい人なので、若い男性の悩みとか、結構聞いてあげているのよ。もちろん、アドバイスができるというわけではないので、聞いてあげるという程度なんですけどね」
「里穂さんも居心地いいお店なんですね」
「ええ、私のように男に言われるまま整形をしてしまって後悔しているような女の子がママを頼ってくることも多いの。このお店は私が勤めた初めてのお店。結構居心地よかったんだけど、どうしてなのか、ある日飛び出してしまったの。ママにはちゃんと話をしたので、飛び出したというのは言い過ぎかも知れないけど、飛びだしたことには変わりないわ。でも、そう思っていたとしても、またここに戻ってくる。やっぱりそこは居心地がいいのね」
「そうなんですね」
「その時、私は何人かの童貞の男性としたんだけど、その中の一人の男性がちょっと気になってね。普段は自分のことをほとんど話さないんだけど、その人にはウソ言っちゃった」
「どういうことですか?」
「全部が全部ウソではないわね、いや、ウソというのもおかしいかも知れない。言葉が足りないのをウソだと言わないのなら、私はウソを言ったわけではないのかも知れないわ」
 千尋は里穂の話に耳を傾けた。
「不倫をしているって話しているうちに、その男性のことが気になってきてね。しかもその時に流れてきた曲が『別れの曲』だったというのも印象的だったのよ。私はその時、本気でその人のことを好きになるんじゃないかって思ったほどなの」
 もちろん、千尋には分かるわけはないが、里穂の相手は和人だった。これを偶然という言葉で言い表していいのかどうか分からないが、千尋の知らない和人を、里穂は短い時間で知ることができた。それだけ和人の方で千尋には心配かけたくないという思いがあるからなのかも知れないが、和人自分が自分から弱い部分を見せた瞬間だったのだ。
 千尋は、里穂の話を聞きながら、相手の男性をいろいろとイメージしていた。千尋が想像できる男性は和人と、自分の処女を奪った譲二という男性しかいない。さすがに人の話を聞きながら二人のことをイメージするのは難しい。まずは一番記憶に近い譲二をイメージしてみた。明らかに違うイメージしか浮かんで来ない。
 譲二のイメージが今の千尋の中で大きな存在だった。一緒にいた時期は短かったが、バーテンダーという彼の颯爽たる姿、それなのに、友人のために保証人になったという優しさを持ち合わせた彼、何よりも、人のために何かをするなど、今までの自分には想像できなかった千尋が、男のためにスナックでアルバイトするなどという健気な姿にした彼の存在は、もう千尋にとって、自分の身体の一部になってしまったかのようであった。
 今もまだ、譲二という男性の全貌が見えてくる気配のない千尋にとって、一緒にいる時はもちろん、一緒にいない時の方がいろいろと想像してしまうことで、どんどんと大きな存在になっていった。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次