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表裏の結界

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「どうしてそんなに平気な顔ができるのかって聞くと、『悪いことをしたとは思っていない、むしろ、俺を好きになってくれた人に報いているだけだ』って言ったの。だから私もね。『じゃあ、私に対しても報いているだけだっていうの?』って聞いたら、『ああ、そうだよ』って平然として答えたの」
「そこに居直ったような様子はなかったの?」
「ええ、まったくなかったわ。当然って顔で、私が詰め寄ったことに対して悪びれた様子がなかったの。それを見た時、私は急に全身の力が一気に抜けて、完全に自分がリセットされていくのを感じた気がしたわ」
「そうだったんですね」
 千尋は、自分が里穂の立場だったらどうであろうか? 自分なりに考えてみた。
 今、自分は一人の男性のために、お金を稼ごうとしている。
――なんて健気なのかしら?
 と自分で自分にそう感じていた。
 それが自分に酔っているだけだということに千尋は気づいていない。いや、気づこうとはしないのだ。余計なことを考えて、知らなくてもいいことを知ってしまうのが怖い。千尋は今里穂の話を聞いて、
――やっぱり余計なことを考えるのはやめよう――
 と思った。
 本当なら、ここで里穂の話を聞けたことが、大きなターニングポイントだったのかも知れない。千尋は自分がいつも一歩踏み出せず、そのためチャンスを逃したことがあるのを自覚しているつもりだった。しかしそれでも失うものもあるはずなので、それがどれほどの大きさなのか分からないことで、一歩踏み出すことができないでいた。
「私は、あれからしばらくは男の人をそばに寄せ付けないようにしていたの。近寄ってくる人には睨んでみたり、まわりに分かるように大げさなリアクションを起こすことで、相手の男が近づけないようにしたりしていたの」
 なるほど、里穂の立場からすればそうなのだろう。
「じゃあ、友達は女性ばかりですか?」
 というと、里穂は首を大きく振って、
「友達なんかいなかったわ。男性も怖いけど、女性はもっと怖い。信じるとロクなことがない。女の人って、同性だから相手のことを分かると思っているでしょう それだけに相手のいいところよりもまず悪いところから先に探すのよ。だからすぐに自分には受け入れられないと思うと、もう無理。口では差し障りのないことを口にしながら、心では睨みつけているのよ。憎悪剥き出しでね」
 里穂の話を聞いていると、どんどん怖くなってきた。同じ女性として分からなくもない。話の内容は自分にも当てはまることだった。
 千尋は自分が男に騙されているということを想像したことがなかった。テレビドラマなどで男性に騙される女性を見ると、嫌悪しか感じなかった。
――私はそんなことない――
 完全に他人事としてしか画面を見ていない。
 そして次第に男性に騙される女性を見て、
「あなたの方にも騙されるだけの理由があるのよ」
 と、騙される側を非難していないと、画面を見ていることができなくなってしまう。
――私って、二重人格なのかしら?
 と初めて感じたのはその時だった。
 子供の頃にお化け屋敷に行ったことがあったが、
「私は、本当はお化けや幽霊って怖いのよ」
 と言いながら、率先して入って行った。
 その友達は、それを、
「怖いもの見たさなのかも知れないわ」
 と言ったが、千尋はそれを、
――本当は好奇心旺盛だって言わなければいけないんじゃないのかしら?
 と感じた。
 怖いもの見たさと言ってしまうと、それ以上でもそれ以下でもなくなってしまう。しかし、
「好奇心旺盛だ」
 と言えば、それ以外にも汎用性を持って聞くことができる。その人の可能性を感じることができるからだ。
 それなのに、彼女は自分を怖いもの見たさだと言った。
 大人であれば、謙虚さから出た言葉なのかと思うが、子供はそこまで分からない。もちろん、今感じていることも、子供の頃に感じたことではない。大人になって思い出した時に、ふと感じたことだった。
 怖いもの見たさという言葉は、怖いという自分の性格が根底にあって、それでも見たいという思いは、普段の自分からでは感じることのできない思いだったに違いない。だから自分の性格の大きな部分として、
「怖いもの見たさ」
 という表現をしたのだろう。
 そういう意味で、
「彼女は二重人格だったんだ」
 といまさらのように感じた。
 確かに今までまわりに、
――この人二重人格なんじゃないかしら?
 と思える人は何人かいたが具体的にそのことを証明できる確固たる何かがあったわけではない。
 考えてみれば、自分を二重人格だと思ったこともなかったくらいで、まずは自分の性格を疑うものだ。
 しかし、千尋は自分に対しては甘い考えを持っていた。
 必要以上に余計なことを考えたくないという思いは、自己防衛そのものである。
 特に自分のことを見つめる男性の目というのは、嫌らしい目以外の何ものでもなかった。好奇心などという綺麗な言葉で言い表せることではなく、舐めるような視線は嘔吐を催すほど、深刻なものだった。
 千尋は、見つめられている自分を、何とか自分ではないと思いたかった。この時ほど、
――自分が二重人格だったらいいのに――
 と感じたほどだ。
 自分でありながら他人事のように自分を見ることができるのが二重人格と言えるかどうか分からなかったが、少なくとも他人事というキーワードは二重人格という性格と密接に結びついているように思えてならなかった。
 二重人格者というと、ジキルとハイドのように、自分という一つの身体に二つの性格が宿っていて、定期的に入れ替わっているという認識しかなかった。だから、お互いの存在を知らないまま過ごしているが、それは自分だけしか知らないことであり、まわりの人は気づいているだろう。
 しかし、同じ人間だと思えないほどまったく違った性格になってしまうと、同じ肉体であっても、表情はまったく違っている。果たして見る人間に、
「同一人物だと認識できるだろうか?」
 という疑念が湧いてくる。
 そういう意味では、二重人格者をまわりが認識できるとしても、かなり本人に近しい人でなければ難しいだろう。それは肉親においても言えることで、いくら親であっても子供であっても、認識するのは無理があるかも知れない。なぜなら、血の繋がりという情があるため、
――そんなことはありえない――
 と、自分が認識している悪いことはどうしても否定しようとするからである。
 里穂の話を聞いていると、彼女は相手が二重人格であるかどうかというところから探っているような気がする。
 というのは、相手をまずは全体から見渡してみるのが普通の人なのだろうが、里穂の場合は全体を見渡しているように見えて、絶えずその人の性格の根源を探ろうとしている。根源を見つけたところから、今度はまわりを見つめていく。つまりは、客観的に見るのではなく、主観的に見ようとしているところが里穂の他の人と違うところで、怖いところでもあったのだ。
 そんな性格にしたのは、やはり以前に付き合っていた男性から裏切られたからだろう。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次