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表裏の結界

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「私はまだ意味が分からなかったんだけど、全体を見ての判断なんだから、パーツを見ているわけではない。逆にいうと、目立たない女の子でも、どこかのパーツを一つ弄っただけで、まったく違ったイメージになるっていうの。それは、相手が全体からしか見ていないという盲点をついていることだって」
「分かるような気がします」
 千尋は、まわりからの視線を浴びていて、嫌というほど自分の全体を見られていることを感じていた。男性からのいやらしい目は、余すところのないと言わんばかりに舐めるように上から下まで見つめられる。パーツを見つめているつもりでも、最後には全体を見るのだから、パーツについての意識は、全体を見た瞬間に消えてしまうに違いない。
――だったら、どうしてパーツを見るのよ?
 と感じたことがあった。
 ただ、それは相手が千尋だったからであって、目立たないどこにでもいるような普通の
女の子だったら、パーツを見ることなく、全体を見た時点で、気持ちは萎えるというものである。
 里穂は続けた。
「その人は芸能プロダクションの人で、本当なら、アイドルになれそうな目立つ女の子を探すのが仕事だったんだけど、どうして私に声を掛けてきたのか分からなかった。でも、本当は仕事とは関係なく、私が気になったから声を掛けてくれたって話してくれたのよね」
「それって、里穂さんを好きになったってこと?」
「そういうことだって言ってたわ。だけど、今のままでダメだっていうの。それは、私の性格が殻に閉じこもっているからだって。だからその殻を取っ払うには、外見でも私が綺麗にならなければいけない。だから、自分好みのオンナに変えてあげるって言ったのよ」
 どこか胡散臭い気がした。
 胡散臭いというよりも、相手の態度がどこか高圧で、普段から殻に閉じこもっている女の子の心理に付け込んでいるように思えたからだ。
 もっとも、これは冷静になって相手の話を聞いているから分かることで、ひょっとすると、話をしている里穂も、
――私に分かってもらいたくて、わざとそんな話し方をしているのかも知れない――
 と感じる千尋だった。
「その人のいう通り、整形をするために、お金もためた。最初はコンビニでアルバイトしていたんだけど、それだけでは足りずに、そのうちに紹介するからと言われて、スナックでアルバイトをするようになったの」
「未成年でしょう? 学校は?」
「すでに私は彼の言いなりだったの。彼のいうように学校も辞めたし、家も出た。私は、元々自分のことを知っている人が誰もいない世界に行ってしまいたいという願望があったので、彼が進める世界がそういう世界だって思って、彼について行ったの」
「それで整形を?」
「ええ、徐々に作り変えて行ったわ。もちろん、一気になんかできるはずもないからね」
「それで彼の望み通りになったの?」
「ええ、最初の彼の企み通りにね」
「えっ?」
「元々彼は私のことなんか好きじゃなかったのよ。私に働かせて、貯めたお金を整形に使わせる。もちろん、整形の医者とはグルよね。私は何も知らずに彼のいいなりだったわけ」
「なんてひどい」
「最後に彼に言われたわ」
「なんて?」
「綺麗なオンナは一週間で飽きるが、ブスなオンナは一週間で慣れるってね」
「ひどい……」
「確かにひどいわよね。でも、彼のいう通りなのよ。私の悲劇はそれを分かっていなかったことに始まったの。でも、今ではせっかく整形したんだから、今度はそれを武器にしようって思っているけどね」
 里穂は開き直っているようだ。
 千尋は、今の話を聞いて、分かった気がした。
――私の苦悩は、まわりから飽きられることだったんだ――
 好奇心の目がいやらしいということで、それが嫌だとばかり思っていたが、本当はそうではなく、好奇の目で見ていた連中が、途中から急に千尋を意識しなくなる。それが怖かったのだ。
――どうしてなの?
 いくら考えても分からない。
 今だったら、少し考えれば分かったことなのかも知れないと感じる。飽きられるということがまったくの想定外のことだったのだ。
 しかし、考えてみれば。千尋自身、飽きっぽい性格だった。
「自分のことは一番自分が分かっているようで、実は一番分かっていないんだ」
 と言っていた人がいたが、確かにその通りだ。
 自分の顔を見るには鏡のような媒体がなければ見ることができない。そして声を聞くには録音したものを聞くしかない。どうして、声に関してそう感じるのかというと、
「自分で感じている声おと、録音した声とでは、ここまで違って聞こえるものだったなんて」
 と、一度録音してもらったテープを聞いた時、自分でビックリしたものだ。
「そんなに違ってるの?」
 録音してくれた人は、千尋があまりにも意外だと感じていることにビックリしていた。
「ええ、二オクターブくらい録音した声は高く感じられるくらいだわ。本当にビックリだわ」
 と言ったが、本当んビックリしたのは、これだけ違う声を聞かされたことよりも、自分がこれほどビックリしていることを意外そうに見ていたまわりだった。
――誰も私のように不思議に感じないのかしら?
 そう思うと、どんどん今までの自分の孤独がウソではなかったことを証明しているように思えてきたのだ。
 千尋は里穂が素直ですぐに何でも信じてしまう人間に思えた。いいなりという言葉を口にしていたが、自覚はあるのだろう。しかし、それでもしたがってしまうのはオンナとしての性なのか、それとも彼女自身の問題なのか、そこまでは分かっていないような気がする。
「その男性とは?」
「もう別れたわ。今はどこで何をしているのか分からない」
 里穂の表情が寂し気だったが、彼女は普通に話をしている時でも、寂しそうな表情をすることがある。寂しそうな顔をしているからといって、彼女がいつも寂しいと思っているとは限らない。
 もちろん、初対面のその時に分かったわけではないが、寂しさの奥に何か違うものを感じた。そして、その表情の意味を分かるのは自分しかいないのではないかとさえ思うようになっていた。
 里穂を見ていると、自分がなぜこの店で働かなければいけないのかということを考えさせられる。だが、
――深くは考えたくはない――
 という思いも強く、
――騙されているのかも知れない――
 他の人が見れば誰もがそう思うであろうことを、自分で認めたくなかったからだ。
「私はね……」
 里穂は少し声のトーンを落として話始めた。
 千尋は固唾を飲んで、次の言葉を待った。
「その男と別れてから、ずっと一人でいたの。男の人はもういいって思ってね。私が彼から離れたのは、彼が私以外の女性に手を出したのを見たからなの。でも、他の女性と浮気したという事実だけで彼が嫌になったわけではないのよ。彼が言った一言が私のすべてをリセットさせたの」
「何て言ったの?」
「俺が何か悪いことでもしたのかい? って言ったのよ。まったく悪びれた様子もなく」
「それで?」
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次