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表裏の結界

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 ここでは本名ではない名前を付けなければいけないと思っていたが、それについてママも彼も話をしなかったことで、最初は本名でいこうかと思ったが、彼女が自分も本名ではないということを告げたので、名前を変えたのだ。
 里穂は千尋に優しかった。
「あなたを見ていると、昔の自分を思い出すようだわ」
と、里穂は千尋を見つめながら言った。
「どういうことなんですか?」
「私は子供の頃から背も小さかったし、発育が遅れていたの。それがコンプレックスになって、女の子と一緒にいるより、男の子と一緒にいる方が多くなったの」
「でも、今の里穂さんは、どう見ても、『大人のオンナ』ですよ」
 というと、里穂は苦笑いをしながら、
「私は、自分の身体に手を加えているのよ。親からもらった本当なら大切にしなければいけない身体にね」
 と言いながら、寂しそうな表情になった。
 さすがに里穂にも彼女の言いたいことが分かってきたような気がした。千尋の困惑したような表情を見ながら、里穂は続けた。
「あなたにも、たぶん、その時の私とは違ったコンプレックスがあったと思うのよ。今プラックスというのは、本当はその人にしか分からないことなんだけど、でも本当は誰かに知ってもらいたいと思っていることなのかも知れないわね。でも、コンプレックスがイコール、『誰にも分かってもらえないこと』として頭の中にこびりついてしまっていることで、コンプレックスという言葉が、その人を自分の殻に閉じ込める要因になっているんじゃないかって思うのよ」
 里穂の話を聞いていると、千尋に対して、それなりの説得力があった。
 最初は、
――この人の身体は私のように大人のオンナなんだけど、私とはどこかが違う――
 と思っていた。
 どこが違うのかまったく分からなかったが、こうやって話を聞いてみると、最初から違っていて、結果として同じような大人の身体を手に入れたということのようだ。結果が同じでも、プロセスが違っていれば、同じに見えることでも、少しでも視線が変われば、まったく違ったものに感じてしかるべきではないだろうか。
「私は、子供の頃から発育が早くて、それがコンプレックスになってきたの。男子からは好奇の目でしか見られないし、女性からは妬みの視線でしか見られない。何が嫌と言って、自分の実力で手に入れたことでも、この身体のおかげだって思われることだったのよ。今だったら、そんなことはないと思えるのかも知れないけど、子供の頃はそんな理屈を分かるはずもなかったのよ」
「でも、本当に、そんなことはないって言えるのかしら?」
「えっ、どういうこと?」
「あなたはその身体のおかげで実力以上のものを手に入れたのではないかという意味なんだけどね」
「じゃあ、私は知らず知らずに自分の身体を武器にしていたということなの?」
「でも、それは悪いことじゃない。問題なのは、あなたがそのことを悪いことだって思っていることなのよ」
「……」
 千尋は言い返すことはできなかった。
 里穂は続けた。
「あなたという人間は、きっと物心ついた頃から、コンプレックスを持っていたのかも知れないわね。だから、あなたのスタートラインは最初から他の人とは違うの。絶えず後ろから見ていて、人の背中ばかりを見ているんでしょうね。だからなかなか正面に回ることはできない。それがあなたという人間を正直にできない原因なんじゃないかって思うのよ」
「そうかも知れない」
 千尋は里穂の言葉に、そう答えるしかなかった。
 すると千尋は、
「別に無理して答える必要はないのよ。今納得したつもりになっているようだけど、本当に納得していれば、言葉が続いてくると思うの。言葉が続かないということは、まだまだ頭の中が整理できていない証拠なんじゃない?」
 つくづくその通りだった。
――中途半端な相槌は、相手の話の腰を折るようで、余計なことは言わない方がいいのかも知れない――
「私は、高校生の頃まで、いつも目立たない女の子だった。男の子の視線も女の子の視線も感じることはない。まるで石ころのような存在だったの」
 石ころというと、道端に落ちていても、それを気にすることはない。
――あって当然――
 という意識さえも人に与えることはない。
 意識して見なければその存在を感じることはない。そんな気配を消すことのできるものがこの世に存在しているということすら、想定していることではないのだ。
 考えてみれば、石ころというのは恐ろしいものだ。目の前にあって視界は捉えているはずなのに、存在としての意識を感じることはない。まるで石ころによって、催眠術を掛けられているような感じだ。しかもそれが、
「気配を消す」
 ということであり、間違いなく存在しているものなのに、気配を感じないという想定外のものとなるのだ。
 気配と存在は、切っても切り離せないものであり、
「存在しているものには、必ず気配があり、気配を感じるものは間違いなく存在しているのだ」
 存在があって気配があるから、気配は消すことができるのだろう。
 昔の忍者が、気配を消すための訓練を重ねていたということなのだが、どこかで気配を消すことができたのだろう。相手がまわりに気を配って、気配を必死に感じようとしていることで、気配を消そうとしている人間を逆に助けていたのかも知れない。狙われている方も、まわりに気を配っておかなければ、いつ殺されるか分からない。そんな状態は日常の必然だったのだ。
 だが、もし相手がまわりの気配にまったく意識を持っていなかったらどうだろう? 気配を消そうとしている人間がいれば、却ってその存在を感じることになるのではないだろうか。
 千尋は、里穂を見ながらいろいろな発想が頭を駆け巡った。
――こんなことは久しぶりだわ――
 子供の頃には結構あった。
 いつも一人でいた千尋には、いつも何かを考えていることしかできなかったのだ。それはそれで楽しかった。自分の世界を作り上げるというよりも、出来上がっている世界に入り込み、自分用にカスタマイズするような感覚だった。
 千尋は、自分で作り上げるものにさえ、自信が持てなかったのだ。
 千尋は、里穂の話は確かにスタートラインが違うことを示唆していたが、似たところがあるとも言っていたことが気になっていた。しかも、里穂の話は、どうやら整形に関係しているように聞こえてならなかった。いくら自分が里穂の立場だったとしても、まさかそこまではしないだろうと思っているのは、里穂が自分とは違うというよりも、その考えが里穂だけのものによるとはどうしても思えなかったのだ。
「私は、高校の頃まで本当に暗い女の子だったのよ。それがある日学校の帰りに一人の男性が話しかけてきて、その人がいうには、『君は自分の美しさに気が付いていないんだよ』って。急にそんなこと言われても、私はきょとんとしてしまったわ」
 もし、それが自分でも同じだろうと感じた千尋だった。
「私は、無視しかかったんだけど、さらにその人は、『美しさというものは、まわりから全体を見て感じるものでしょう? バランスだったり表情だったり、いくつもの判断基準があって、それに沿って見る人は即座に総合判断を下す』って言いだしたのね」
「それで?」
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次