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表裏の結界

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 運命とは決まっているもので、悪戯を含めたところで運命なのに、言葉が重複しているのに、深く感じられないのは、運命のいたずらという言葉が、普及しているからではないだろうか。
 千尋は、高校を卒業するまで、中学時代とほとんど考えは変わっていなかった。肉体の成長も中学の三年生のあたりから止まってしまって、高校になった頃には、他の人とあまり変わらなくなった。高校から一緒になった人には、中学時代までの彼女を知らないということもあり、
「なんて、暗い人なのかしら?」
 というイメージしか湧いてこなかった。
 もちろん、その暗さがどこから来るものなのか分からない。しかし、考え方は中学時代から変わっていないので、
「子供のような考えしか持っていないんだわ」
 としか思われていなかった。
 しかも、勉強だけはできたので、まわりからは頭でっかちというイメージしか持たれておらず、彼女のトラウマの存在は分かっても、それがどこから来るのか、考えようとする人はいなかった。
 高校に入ると千尋の孤独はさらに加速した。
 和人がたまに話しかけてくれるのがありがたかったのだが、そんな和人も千尋に対して、どこか遠慮のようなものがあった。それが和人の煮え切らない性格から来るものなのに、千尋にはそこまで考える余裕はなかった。
「話しかけてくれるのは嬉しいけど、どうしてそんなにぎこちないの?」
 と一度訊ねたことがあったが、その時和人からは、明確な答えを得ることはできなかった。
 その頃の二人は、処女と童貞だった。
 和人は、童貞を意識していたが、千尋は処女に対しての意識は和人ほどなかった。二人とも、それほど喪失に対して執着があったわけではない。
「そのうちに、時期がくるさ」
 と考えていた和人、
「そのうちに時期が来るとは思うけど、今は考えられない」
 と感じていた千尋。
 本当は、千尋の方が、潜在意識としては、処女に対してのこだわりは和人よりも強かったのかも知れない。
 和人は自分が考えていたように、突然にそんな時期がやってきた。
 では千尋はどうだったのだろう?
 千尋は、相手に対してのこだわりがあったわけでも、シチュエーションをあれこれ想像していたわけではない。まったく想像できないと言った方がよかった。だから、自分が処女を喪失するその時になっても、まだその実感が湧いてこなかったのだ。
 相手の男性は、海千山千のナンパ師のような男性で、今までに何人もの処女を喪失させてきたという自負を持っていた。
 しかも、処女を喪失させた相手は、彼のことを忘れられず、しばらく付き合うことになる。この男は決していい男ではない。だが、相手を惚れさせるテクニックがあるのか、彼と寝た女は、しばし、彼に溺れてしまうことが多かった。千尋はそんなことも知らずに、近づいてきた彼に身を任せた。
――この人は、私に対して正面から接してくれた人なんだ――
 という思いがあったからだ。
 千尋は、四年生の大学に進み、相変わらず勉強に勤しんでいた。合コンの誘いもそれなりにあり、参加していたが、それは頭数の一人としてカウントされていただけで、結果は頭数以上でも、それ以下でもなかった。千尋に話しかけてくれる男性もいるにはいたが、千尋の反応に対して、すぐに見切りをつけて、話しかけるのをやめたのだ。
 一人、千尋に対してしつこく話しかけている男性がいた。
 彼は決してイケメンというわけではない。他の女性も相手にしないような男性で、無駄な贅肉が目立っているような、ブサイクに近い男性だった。
 千尋にとって、生理的に受け付けられない男性の一人で、誰かに助けを求めようにも、他の人は皆自分たちの話で必死だった。
――こんなことなら来るんじゃなかった――
 と思って、思い切って幹事をしてくれている同級生に耳打ちし、
「ごめんなさい。今日はこのまま帰ります」
 というと、彼女もやっと千尋の置かれている立場に気づいたのか、
「あ、ごめんなさいね。私が気づいてあげなければいけなかったわね。いいわよ。気を付けて帰ってね。今度、埋め合わせはさせてもらうわ」
 と言ってくれた。
 幹事の女の子は決して悪い女の子ではない。幹事をするほどの女の子なので、まわりを見る目はあるのだ。千尋も、別に埋め合わせをしてもらいたいわけではないので、そのことを言おうかと思ったが、彼女に対してそれを言うのは野暮だと思い、
「ありがとう、そうさせてもらうわね」
 と言って、席を立った。
 出口に向かってそそくさと歩き、表に出ると安心したのも束の間、さっきの男が追いかけてきた。
「どうしたんですか? 急にお帰りになるなんて」
 と言ってきたので、さすがに千尋も切れてしまった。その顔を見て、相手の男性も逆上したのか、
「何してるんですか、戻りますよ」
 と、手を引っ張ろうとしたので、千尋は必死に抵抗し、
「何するんです。大声を出しますよ」
 ここまでくれば、痴漢と被害者だった。険悪なムードは必至だった。
「どうしたんだい?」
 一人の男性が颯爽と、千尋の肩を抱くようにして、相手の男性を威嚇した。その表情に痴漢と化した男性も臆したように見えた。
「いえ、何でも」
 と言って、男はそそくさと踵を返した。
「大丈夫かい?」
 そういって千尋を見つめる彼の顔を見上げたが、千尋には、彼が白馬に乗った王子様に見えたのだった。
 生理的に受け付けない男性は、すごすごと引き下がった。顔には不満が漏れていたが、助けてくれた彼は、そんなことを一切気にしていないようだった。
――なんて頼もしい人なのかしら?
 恋愛感情というのを意識したことのない千尋は、その時の感情をどのように表現していいか分からない。
 しかし、自分を助けてくれたとはいえ、いきなり初対面の人に恋愛感情を抱くなどありえないと思っていたので、このまま彼に主導権を握られてしまうことを予測できた。予測はできたが、その予測に抗うつもりもなかった。
――その場に流されてみたいなんて感じたことなかったのに――
 風も吹いていないのに、身体に当たる空気の心地よさに酔っていた千尋は、彼の顔をまともに見ることができないと思いながらも、しっかりと見つめている自分が信じられなかった。
 もし、これが運命でないとするならば、本当であれば、この状況を偶然として片づけられないことから、少なからずの疑念を抱いてもいいはずなのに、まったく疑うことはなかった。元々、男性に対しては疑い深いはずだった千尋が、完全未防備とも思える感情を抱くというのは、本当に特別な時間を彼女は過ごしていたということだろう。
「じゃあ、俺はこれで」
 と、言って助けてくれた男性は踵を返して立ち去ろうとした。
「えっ」
 こんな時、女性から背を向けて立ち去るという選択肢は。千尋の中にはなかった。まったくの想定外の行動に、千尋はたじろいでしまった。
「あの、お礼がしたいのですが、お時間ございますか?」
 このまま彼を返してしまうことは、千尋には到底できることではなかった。少なくともお互いの連絡先を聞くか、次回の約束を取り付けるかのどちらかしか、今の千尋にはなかった。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次