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表裏の結界

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 本当は、童貞喪失の相手とは二度と会わないというのが彼女の中での決め事だったようだが、あっさり崩れてしまったのは、和人の中にある何かの魅力に憑りつかれたからだろうか?
 千尋は、まわりの中でも突出して他の女性に比べて発育が早かった。子供の頃から思春期の男性の視線をくぎ付けにしていたが、さすがに手を出してくる男性はいなかった。それでも時々気持ち悪い視線を感じては、ゾクッとしてしまい、まわりを見ることが怖くなってしまうことが結構あった。
「千尋が羨ましいわ」
 六年生くらいになると、他の女の子も発育が目立ってきて、どんどん千尋に近づいてくるというのに、そんなことを言う。
「どうして? あなたも発育が目立ってきたわよ」
 というと、一瞬苦み走った表情になった相手に、千尋は気づいていた。
 その真意がどこにあるのか分からなかったが、平静を装った表情をしながら、
「あなたにはとても及ばないわ」
 と言われたことを千尋の中では、
――自分も発育が目立ってきたのに、それ以上に相手が先を行くのだから、いつまで経っても追いつけない――
 と感じていると思っていた。
 しかし、そうではない。相手が苦み走った表情をしたのは、何も肉体的なことを言われたからではない。
「あなたも発育が……」
 というところの、「も」という言葉に反応したのだ。
 ここから先は千尋の感じた通り、この人には追いつけないという意識に繋がるのだが、ここで「も」という言葉を使ったということは、
「あなただけではなく私も成長しているのよ」
 と言っているようなものだと感じたからだろう。
 最初の掴みのちょっとした部分を感じるか感じないかだけのことなのだが、この部分が大きい。
 もちろん、千尋に悪気はないのだろうが、心の奥で、
「自分はあなたたちとは違うのよ」
 と言わんばかりの態度に苛立ちを感じさせるのだ。
 言う方も小学生なら、感じる方も小学生だ。千尋に悪気がないのと同様に、言われた方も、大人の対応ができるほど、成長していないのだ。子供の頃に受けた傷がトラウマになってしまったりすることは往々にしてあるもの、二人の間に生じた溝は、そう簡単に拭い去られるものではなかった。
 千尋は、子供の頃からそういう意味では敵が多かった。他の人とは違うということが孤独に直結し、開き直るしか、トラウマから逃れる方法はないと思えた。
「私は他の人とは違う」
 肉体的なことだけでは、その思いは自己満足にしかすぎないことは分かっていた。肉体の発達は持って生まれたものであり、自分の努力によるものではない。もちろん、維持していくことは自分の努力によるものだが、そもそも人にないものを最初から持っている時点で、スタートラインが違っていた。
 千尋は、勉強に励んだ。元々、勉強は嫌いではなく、ただ、勉強ばかりしている人は、存在感が薄れてしまうのではないかという危惧があったことで、どうしても、勉強に打ち込む気にはならない時期があった。
 実際に、クラスに勉強ばかりしている地味な女の子がいるのだが、
――彼女とは生理的に合わないわ――
 と感じていた。
 自分からそんな女の子になるなど、ありえないと思ったのだ。
 だが、中学に入ると変わってきた。まわりが思春期に突入したのである。誰もが大人びてきて、明らかに集団意識がさらに深まったのが見えてきた。
――あんな集団意識だけの中にいて、どうやって目立とうというのかしら?
 皆が皆、目立とうとしているわけではない。それは千尋も分かっていることなのだが、千尋自身は目立ちたいという意識が強い。その思いの表れが、
――他の人と同じでは嫌だ――
 という心境なのだろう。
 その頃の千尋は、男の子が怖かった。子供の頃はあどけない少年だったのに、中学に入ると、顔には汚らしいニキビという吹き出物が現れ、女の子に対しての視線もいやらしさに満ちていた。特に千尋に対しては特別で、大人の女性を感じているのは千尋にも分かっていた。
「手軽に手に入るかも知れない大人の女性」
 そんな目で見ていたのかも知れない。
 告白してくる男の子も多かった。そのほとんどは、小学生時代には大人しく、いつも端の方にいた男の子たちばかりだ。目立ちたいと思っている連中が告白してこないのはどうしてなのか分からなかったが、彼らには、自分たちでは千尋のような大人のオンナを相手にできないと思ったのか、それとも、千尋の中にある精神的に子供なところと、発育した肉体との間にあるアンバランスさに冷めてしまっているのではないだろうか。
 千尋は、最初の頃は前者だと思っていたが、途中から後者を感じるようになった。目立ちたがりの男の子たちの視線が微妙に変わってきたのを感じたからだ。
 その違いは、明らかだった。視線の中に冷めた目を感じたからだ。
――どうしてなの?
 別に彼らの視線を楽しみにしていたわけではない。ねっとりとした視線に気持ち悪さを感じ、自分の中で拒否をする体勢を無意識に取っていた。だが、その視線が取って返したように冷めた目に変わったのだ。混乱してしまっても無理もないことである。
 中学時代の千尋は、後半、まわりの男性からの冷たい視線を浴びて過ごしていた。しかも同性である女性からも肉体の発育に対して妬みの視線を浴びていた。まわりからは、
「あんな身体、憧れるわ」
 と言われているのは分かっていたが、皮肉とは違ういやらしさしか感じない。それは皮肉よりもきついもので、元々のトラウマを作ったものだった。子供の頃から変わらないそんな視線に、
――いつまで私はこのトラウマに悩まさられければいけないのかしら――
 と果てしない苦悩の予感に、打ちひしがれる思いだった。
 中学三年生くらいになってくると、まわりの男女は次第にくっつき始める。両想いの人の告白、思い切って片想いを打ち明けて、見事成就した人。誰が見てもアンバランスな男女が、何がきっかけだったのか、恋愛に発展している。しかも、そんな二人の仲が一番熱かったりするのだ。
 千尋自身には無縁なことだったが、なぜかまわりの男女の関係に関しては、よく見えていた。
――見たくないと思っていることが一番よく見えるなんて、こんな皮肉なことはないわ――
 と思い、もしこれが自分の運命なら、恨まずにはいられない。
 千尋は、いつの間にか運命という言葉を忘れていた。
 いや、忘れていたというよりも、他人事としてしか感じていなかったのだ。
――自分には関係のないこと――
 そう思うことが、トラウマから逃れることであり、こんな発育のいい身体に生まれてしまったことへの恨みを少しでも軽減したいと思っていた。
 これが人から羨ましがられないことであれば、ここまではなかったのかも知れないが、子供というのは実に罪なもので、相手が何を言えば傷つくのか分からない。思ったことを言ってしまっても、許されるのが子供だった。
 それだけに、千尋はこのやるせなさを誰にぶつけていいのか分からなかった。本当なら女としての最大の武器になることなのに、それがトラウマになってしまうというのは、皮肉を通り越して、運命のいたずらと言えなくもない。
――運命がイタズラするなんて――
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次