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表裏の結界

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 そういえば、女性とここまで立ち入った話をしたことなどなかった。普段がどれだけ形式的な話しかしなかったのかということを思うと、身体をともにした相手とは情を交わすだけではなく、本音を素直に話せる相手になるということを初めて知った。女性と身体を重ねることは、身体の快感だけではなく、気持ちの上でも重ねるものがあるのだと感じたのだ。
「あなたは、きっとこれからいろいろな経験をして、いろいろ感じると思うの。でも、今日のことはきっと忘れないと思うわ。私のことを忘れてもね」
 そういって、彼女は微笑んだ。
「忘れたりなんかしないさ。それに君のことだって、忘れないさ」
「そうかしら? それなら嬉しいんだけど」
 またしても彼女は微笑んだ。今度の微笑みは最初に比べて、さらに含みが感じられ、その表情を、これからも時々思い出しそうな気がして仕方がなかった。
 確かに、その後、彼女の表情を思い出すことはあったが、なぜか顔までは思い出せなかった。
――顔を思い出せないのに、表情だけ思い出すなんて――
 そう思ったが、納得はできた。なぜなら彼女のその時の表情を思い出す時というのは、夢を見ている時だったからだ。
 しかも、思い出す時というのには、共通点があった。それは、思い出した次の瞬間、目が覚めるということだった。
「夢だったんだ」
 夢から目が覚める時というのは、目が覚めた瞬間、自分が一体どこにいるのか分からないくらいの時が多い。それは夢に見たことがかなり過去のことだったり、夢というのが今のことを見ているわけではないと感じさせる時だった。
 夢というのは、覚えている時と、まったく覚えていない時がある。夢を見なかったと思っている時でさえ、
――本当に夢を見なかったのだろうか? ひょっとすると、夢を見たのに、まったく記憶にないことで、夢を見ていないと思っているだけではないか――
 と感じることがあった。
 しかし、夢を忘れていたり、見なかった時というのは、
――過去の夢ではなく、今現在のことだったり、未来に見る予知夢だったりすることで、覚えていないのかも知れないな――
 と思えてきた。
 予知夢の存在に関しては別にして、今現在の夢を見ている時というのは、夢を見ていても、現実の意識と混乱してしまい、夢の中では、現実なのか夢なのかの混乱があるため、それを避けようとして、夢を見なかったことにしてしまおうという意識が働いているのかも知れない。
 これは、自分が考えすぎる性格と結びついているということに繋がってくるのだが、彼女の話を聞いて、この夢と通じるものがあるのだと気が付いた。
 この共通点に気が付いたことで、それからの和人の人生は大きく変わった。
 高校では理数系を選択していたので、大学も理数系の学部に入ったのだが、何かになりたいという具体的な目標があったわけではない。
 しかし和人は、この時、夢や記憶について初体験の時に感じた思い、そして、彼女に教えられた思いとを総合し、
「俺は将来、記憶や意識、そして夢などを研究できるようになれればいいな」
 と思うようになっていた。
「今からでは間に合わないかも知れないけどね」
 と思いながら、しっかりと勉強を重ねてきた。
 大学に残ることはできなかったが、大手電機メーカーの研究室への入社が決定し、コツコツと研究を進めていくことができたのだ。
 ちょうど和人が就職した頃、社会は政治に無関心であり、それ以外のところでの文化は結構発達していた。
 科学分野以外でも、この国発祥の文化がたくさんあり、そういう意味でこの国は、
「文化最先端の先進国」
 だったのだ。
 ゲームや漫画、さらにはドラマなどの一般的な文化以外でも、マニア受けしかしないと思われたことが、世界中を駆け巡ってみたりと、文化最先端でありながら、
「先進国というよりも、まだ発展性の伸びしろを残した発展途上とも言えるのではないか」
 と言われてきた。
 そんな国を支えてきたのは、やはりハイテク産業だった。和人は就職した会社もハイテク産業では最先端を行っていて、誰もが認める第一人者的な存在だった。
 そんな和人を影から見つめていたのは、千尋だった。
 千尋は子供の頃から、男性からの特別な視線を浴び続けていた。同級生の男性からは、一線を画するような視線で、相手が感じている遠慮のせいで、相手が千尋を見る視線よりも、千尋の方が、こちらを見る目を遠くに感じていた。その思いが見つめる男性に、さらなる近づきにくさを与え、どうしても交わることを許さなかった。
 大人の男性からは、子供そのままのあどけない表情に比べ、大人顔負けの豊満な肉体とのアンバランスさに、どうしても、卑猥な視線を送ることになる。
 子供の千尋には耐えられるものではない。
 そのうち千尋は、大人の男性の視線を敢えて浴びるようにして、相手が浴びせる卑猥な視線に対し、いかに自分が、
――あなたたちは私の足元にも及ばないわ――
 と言わんばかりに、心の中で、
「私の前にひれ伏しなさい」
 とばかりに、上から目線を浴びせた。
 中には、そんな千尋の視線にさらに興奮を覚える変態もいたが、千尋の中では、
「どうせあなたは変態なのよ」
 とばかりに、自分が相手を弄んでいる感覚に酔っていることもあった。
 だが、しょせんは自己満足であった。そんな感覚がそんなに長くは続くはずがない。
 次第に千尋は男性の視線を感じなくなった。別に無視していたわけではない。敢えて甘んじて受けることで、それをいかに自分の快感に結び付けるかということを選択したことが千尋を恥辱の視線から自ら救ったのだ。
 ただ、、
「本当は、私も変態だったのかも知れない」
 と自分に思わせることにも繋がった。
 その思いがあってか、千尋は大学時代、スナックでアルバイトしていたことがあった。もちろん、まわりには内緒だった。和人でさえ知らないのだ。もっとも、千尋が子供の頃からこんな悩みをずっと抱いて成長してきて、まわりの視線に対してどのように対処したかなど、和人が分かるはずもなかった。
「あの人は、私が知っている中でも、本当に鈍感で空気も読めない人だわ。でも、なぜか気になってしまうのよね」
 と感じさせたのが和人だった。
 だが、千尋には和人が自分と同じようなところが多いのを分かっていた。そのことを和人が知っているかどうか分からない。
「知るはずないわね」
 知っていれば、もう少し鈍感じゃなくなるはずだったからだ。 スナックでアルバイトをしていると、いろいろな男性がいる。それは分かっていたが、男性の相手をする女性もそれ以上にいろいろな人がいることが分かった。
――私は、誰よりも変わっているんだわ――
 と思ってきた千尋だったが、それ以上に変わっている人がたくさんいて、自分など、まだまだひよっこだと思えてならなかった。
 千尋がスナックで働くようになったのは、千尋が二十歳になってからだった。その頃には和人は童貞を卒業していて、その時の彼女とはたまに会っていた。
 呼び出すのはいつも彼女の方からで、和人から呼び出すことはなかった。
「私の方が、あなたを必要とするようになるなんてね」
 というのが彼女の口癖だった。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次