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表裏の結界

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 スナックに勤めているということまでは分からなかったが、少なくとも大人の世界にいる女性であることは分かっていた。大学生の和人には、とても新鮮な出会いだった。
 雨宿りをしながら、最初二人に会話はなかった。
――何か、気まずいぞ――
 と最初に感じたのは和人だった。
 彼女の方とすれば、和人を見ていて、
――この子、童貞のようだわ――
 ということはすぐに分かった。
 相手を気にしていないような素振りを見せながら、実はチラチラと見ている。それも下手くそな見方であり、すぐに童貞だと看破されて当然だった。
 この時点では、上から目線は女性側。しかし、普段なら口説いてみようなどと思うはずもなかった。
 失恋というのは、少しずつ癒えてくると、普段したことがなかったようなことをしてみたくなるものである。せっかく上から目線で見ることができる相手が目の前にいるのだから、このまま放っておくのももったいないという気がしたのだ。
 彼女の悪戯心に火が付いたと言ってもいいだろう。
 目の前にいる男の子が、自分によって弄ばれる姿を想像すると、ゾクゾクしてきた。今まで感じてきた男性に対しての、
――可愛い、いとおしい――
 という感情を、自分中心に感じることができると思うと、それだけでゾクゾクしてくるのだ。
 しかも相手は童貞、今までに童貞を相手にしたことがなかっただけに、彼女の方も初めてであり、上から目線でありながら、ドキドキした気持ちを同時に味わうことが本当にできるのかという感情が、さらにゾクゾクさせるのだ。
 まわりはシーンとしているにも関わらず、彼女の耳だけに、ピアノ曲のクラシックが流れていた。ショパンの別れの曲だったが、自分が失恋したから流れてきたわけではない。
――この曲は、雨が降っている時に聞く曲だわ――
 といつも思っていたからだろう。
 ピアノ曲が、彼女の感情を後押しする。
 和人も、彼女の積極的な態度に少しドギマギとしていたが、それ以上に童貞の和人は落ち着いていた。
――俺はここで童貞を失うんだ――
 という思いが最初からあったかのような感覚だったのだ。やはり、童貞を失う時というのは、他の時と違って特別な思いがその時に存在しているのだと思っていたが、その通りだったのだ。
 事が終わってからというのは、こんなに気が抜けてしまうものだとは思ってもみなかった。
「魂が抜けてしまった」
 という表現をよくするが、そんな感じだったのかも知れない。高まった快感を一気に吐き出した時、一瞬目の前が真っ白になったのを感じた。
――ここは天国なのか?
 とも感じたほどだが、すぐに真っ暗な状態が戻ってきて、そこには激しい吐息が混じり合った世界があるだけだった。
 湿気に溢れた空間に、頭の中で、
――こんなものだったんだ――
 と、感じてはいけないと思いながら、ボーっとした頭が勝手に感じていた。そして、キーンという耳鳴りが襲ってきたかと思うと、身体から力がスーっと抜けてくるのを感じた。
――こんなものか――
 という思いは、正直な思いだった。快感を吐き出した瞬間、すべてが身体の中から出てしまったような気持ちだったのか、結果的には残っているのは虚しさに似た思いだったのだが、これまで過剰に想像していた童貞喪失のイメージが音を立てて崩れていくというよりも、
――本当は、分かっていたんじゃないか?
 という思いがあったのも事実だった。
 テレビドラマなどでよく見るベッドシーンの後、気だるそうに仰向けになってタバコを燻らせている男性に、甘えるかのようにしがみつく女性の姿が焼き付いていた。悪い男というイメージを抱きながらも、どこか憧れを感じていた思い、そこには愛し合った後に残るものが、サバサバした思いになるのではないかという思いを抱いていたからではないだろうか。
――俺はあんなにサバサバしないぞ――
 と思っていたが、快感をすべて吐き出した後に感じる虚しさは何となく分かるつもりでいた。その思いが、童貞喪失の瞬間に的中してしまったのだ。
――俺は一体何をしていたんだろう?
 という思いが頭を掠めた。その時に最初に感じた正直な思いだった。
 彼女は、いとおしそうに和人の髪を撫でている。和人はただでさえ恥ずかしいという思いがある中、主導権を握られっぱなしだったことに少し不満があった。自分は初めてであり、相手は経験豊富なのだから、背伸びすることなく素直に相手に主導権を握らせればいいのに、どうしてもそう思えない自分がいた。
――それを認めてしまうと、自分ではなくなってしまうのではないか――
 という思いがあったからだ。
 だが、別に背伸びをしているわけではない。彼女もそのことは分かっていたようだ。もし、少しでも背伸びしようという素振りを見せれば、彼女の性格からすれば、いとおしそうに髪を撫でるなどしなかったことだろう。
「あなたって、本当に素直なのね」
 吐息が落ち着いてきた時、初めて彼女が口にした言葉だった。
「えっ? 素直?」
 意外な言葉に和人はビックリした。
「あなたは好きな子いるの?」
「いいえ」
 かなりの即答に、和人は自分でビックリしたが、逆に彼女は驚いていないようだ。
「やっぱりね。たぶん、そういうと思ったわ」
「どうしてですか?」
「あなたのような男性に好きな人がいないというのは、私には信じられないのよ。でもね、あなたは今即答でいないと答えたでしょう? それは、本当にいないとしか思っていないからなのよ。それだけあなたは素直なの。でもね、それは時として、自分の本当の気持ちに蓋をしてしまうことになりかねないのよ。つまり、あなたは誰か好きな人がいるんだけど、そのことに気づいていないの」
「そんなことってあるんですか?
「ええ、あるわよ。それは、本人が自分のことを素直だという意識を持っているからなの。でもそれをいつも感じているわけではない。素直なことが一番だという思いを絶えず持っていると、自分の性格がピッタリ当て嵌まる時、えてして、その思いが邪魔をして、本当の自分を見失うこともあるの」
「じゃあ、あなたは、僕が自分を素直な性格だって分かっているというんですか?」
「ええ、私はそう思っているわ」
 和人は、確かに自分には素直なところがあると感じたことがあり、素直が一番だという意識も持っている。だが、いつの間にか、その感覚を忘れてしまっているのがいつものことで、
――自分を素直だって感じることは、長い時間できないことなんだ――
 と思ってきた。
 そのことを彼女に話すと、
「それは違うわ。いつの間にか忘れているわけではなく、あなたは、いつも何かを考えているの。その時にいろいろ考えてしまって、結局、最初に感じていたところに戻ってくるのよ。でも、すでに時間は経ってしまっていて、最初の場所はその時には存在しない。だから戻る場所がなくなってしまったことで、あなたは、いつの間にか忘れてしまったと感じてしまうんだわ」
 彼女の話を聞いていると、何でもその通りに感じられる。
――何という洞察力なんだろう――
 と感じる。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次