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表裏の結界

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 もちろん、これは個人のことを思っての規定ではない。そうでもしなければ、彼らの中には、研究所から出ない人が結構いるからだ。研究所がいいというわけではなく、表に出るのが怖いと思っている人が多い。それならば、実家に帰ることを奨励することで、少しでもリフレッシュさせようというものだ。それだけ、この施設にずっといることは、精神的にどこかに害をきたす条件が揃っているということだろう。
 和人は実家に帰ってきても、ずっと家にいるというわけではない。研究所で一つの場所にとどまることには問題ないのだが、研究所以外のところになると、いくら実家でも落ち着かない。それだけ研究所が今では自分の家のような存在になっていた。
 和人には、幼馴染で、子供の頃から気になっていた新宮千尋という女性がいた。
 彼女も和人のことがずっと気になっていて、高校時代に一度付き合うことになったのだが、なぜか数か月で別れてしまった。中学の頃までは、お互いに自分の気持ちに正直になれなかったことで、付き合うという発想が生まれなかった。どちらかというと、兄と妹という感覚が強く、いつもどうでもいいようなことであっても相談してくる千尋に対して、
「しょうがないな。まったく」
 と言ってため息をつきながら、それでもまんざらでもないと思いながらも相談に乗っていた和人は、まさに、
「お兄ちゃん」
 だったのだ。
 これが本当の兄妹だったら、鬱陶しいと感じることもあるのだろうが、妹ではない妹を得たことは、彼女ができたことよりも新鮮だった。
「俺は、誰も経験したことのない感情を抱いているんだ」
 相手が彼女だったら、誰もが感じる彼女に対しての想いを感じているだけにすぎないと思った。
 和人は、
「俺は他人と同じじゃあ、嫌なんだ」
 という思いが人一倍あった。
 その思いが、「フロンティア研究所」のような施設で孤独な業務に耐えられる性格を形成したのだろうが、自分では、コツコツと一人でこなすことが性に合っていると思っている。
「お前は天邪鬼だからな」
 と、中学時代によくクラスメイトから言われたものだが、相手は皮肉のつもりで言っているのに、
「ありがとう」
 と言って返事をする和人に、友達は、
――やっぱりこいつ、天邪鬼だわ――
 と感じたものだった。
 しかし、実際に和人の返事は本心だった。本人は誉め言葉だとして受け取ったのだ。
 本当に和人の性格を熟知している人であれば、彼がこんな皮肉を言えるような人間ではないことは分かるだろう。それほど器用な方ではない和人は、人に誤解を与えることもいとわないほど、実に自然に返事をしている。無表情で無関心を表に出した態度は、人によっては反感を買うだろうが、本当の意味での裏表がないだけに、損得勘定を前面に出して話をするような連中には理解不可能なのだろう。
 幼馴染の千尋もそのことを理解している。いや、一番の理解者だと言ってもいいだろう。
 しかし、それも大学を卒業するまでだった。
 大学を卒業して和人は就職した会社で、すぐに「フロンティア研究所」への配属が決まり、なかなか表に出ることもなくなっていた。
 彼のことを大学時代から中途半端に知っている人は、
「あいつらしいや」
 と、孤独な世界でコツコツ仕事をする和人を思い浮かべて、誰もが納得していたことだろう。
 しかし、千尋は違っていた。
――あの人にとって、きっと地獄だったに違いないわ――
 今でこそ、何事もなかったように、研究所での仕事に打ち込んでいたが、最初に赴任した時の彼の心境を思い図ると、
――和人さんらしくない――
 と感じたに違いない。
 彼がひとりで孤独に仕事ができる環境は、あくまでも自由の元に成り立っているものだ。会社から缶詰にされて世間から孤立するような状態に、彼が最初から馴染めたとは思えない。その時、彼がどこまで我慢できたのかという程度までは想像できないが、かなりの苦悩があったことだけは他の誰よりも分かっているつもりだった。
 特に天邪鬼の彼のこと、日々の葛藤の中で、毎日一日として同じ感情の日はなかったはずだ。揺れ動く感情の中で、一体どのようにして自分を制御したのか、千尋には興味があった。
 だが、さすがにそのことを確かめようとは思わなかった。確かめることが怖いという感情もあったが、今となっては確かめるすべはなかった。感情が流動している時の感情は、千尋にも理解できる。まるで血が逆流しているのが分かるような気持ち悪さが身体を襲った。寒気もないのに震えが止まらない。震えが止まってからも、別に身体がだるいというわけでもないのだが、念のためにと思い熱を測ると、自分でも信じられないほどの高熱に見舞われていた。
「よくこれで意識が朦朧としないわ」
 と思うほどで、本来なら頭痛や吐き気、嘔吐などの症状を通り越して、意識が朦朧としてしまうほどの高熱を発していたのだ。
 千尋はそんな時期を就職してから数か月の間、過ごしていた。
――これが五月病なのかしら?
 学生時代には感じたことのない思いだった。
――私には、五月病は無縁だわ――
 と感じていたが、実際にはそうではなかった。
 千尋が今まで感じていたのは、
――私は、和人とは違う。かと言って私が普通の人間で、和人が変わっているだけだとは思わない。私も十分変わっている。お互いに普通の人間を挟んで、遠いところの存在なのかも知れないわ――
 という思いだった。
 遠いところに位置している二人が幼馴染でずっと一緒にいたというのも面白いものだが、和人もそのことを分かっていて、お互いに、
――他の人とは違う――
 という暗黙の了解の下、いつも一緒にいたのかも知れない。
 だからと言って、共通点がないわけではない。むしろ、共通点はかなりあると思っている。共通点がなければ気が合うということもないだろうし、一緒にいるだけで落ち着いた気分になれるということもないだろう。
――お互いに感じていることなんだわ――
 千尋は、和人も同じことを感じていると思い、疑わなかった。
 ただ、二人の感情は微妙なところで噛み合っていなかった。どうしても交わることのない平行線がそこには存在した。
 和人はそのことを意識していた。
 ただ、それが平行線だとは思っていなかった。
――千尋と俺とでは、似すぎるくらいに似ている性格だと思う。その中でどうしても交わることのない平行線のようなものが存在するのなら、すべての面において平行線が効いてしまい、すれ違いばかりが起きることになる――
 と考えると、彼の中では千尋との関係は、
――平行線であるわけはない――
 という思いだった。
 そこで生まれた発想が、
「結界」
 だったのだ。
 結界というのは、どうして尊重し合うことのできない考えがあった時、相手に知られたくないという思いから、無意識に作られるものだと思っている。それを本当に結界という言葉で表していいものなのかどうかは分からなかったが、今考えた中で一番適切な言葉というのは、
「結界」
 でしかなかったのだ。
 そう思うと、和人には千尋との間で分からないことがあっても、気にすることはないように思えてきた。それは、
――千尋も分かっているんだ――
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次