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表裏の結界

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 最初は政府のやり方に憤慨していた国民だったが、元々政治に興味を示さない国民性で、しかも、
「あの研究所の目的は、マイナンバーのデータベースを保管するための、個人情報保護施設として利用しています」
 と言われたら、国民も納得するしかなかった。
「そういうことなら仕方がないか」
 マイナンバー制度の導入に最初は賛否両論あった国民だが、一旦成立してしまうと、今度は、国家がどれほど真剣に個人情報を守ってくれるかということが大切だった。それは、制度の存在意義の中でも最重要課題のはずだったからである。
 マイナンバーの管理に関しては、この時点で、
「国民の信任を得た」
 と、政府は解釈した。
 国民の方も、
「政府に一任した」
 と思っている人が多く、自他ともに認める存在に、「フロンティア研究所」は格上げになったのだ。
「国家というのは、国民を欺くためにあるものだ」
 ということをいう政治家がいたが、当然そんなことをいう政治家に国民が耳を貸すわけはない。
 しかし、これは巧みな作戦だった。
「木を隠すには森の中」
 という言葉があるが、ウソを隠すには、本当の中に紛れ込ませるのが一番いいというものだ。
 この場合も、バカげている発言をさせて、
「そんなことはありえない」
 と、国民に再認識させる狙いがあった。
 幸いにも、国民は政治に無関心な人が多い。問題発言をしても、議員辞職にまで追い込まれることはなかった。何しろ、こういう発言に関しては野党もグルなのだから、どうしようもない。
 そういう意味では、この国の制度としての、
「政党政治」
 は少しおかしいのかも知れない。
 攻撃する側の野党がグルになることもあるのは、どの国も同じだが、国民を欺くために野党がグルというのは、やはり異様と言えるのではないだろうか。
 しかし、それもこの国が世界の大国の傘の元にしか生きられないという運命を背負っているから、仕方のないことである。国民を欺く国家体制が、ひいては国民を守ることに繋がってきたのも事実である。今回導入されるマイナンバー制度、うまくいくかいかないかというのは、本当はこの国にとって、今までにないほどの大きな問題だったのだが、そのことにまだ誰も気づいていなかった。
 それは政府高官も同じことで、すべての秘密を知っている人にさえ、分かるものではなかった。
 いや、すべてを知っているからこそ、想像もつかないことなのだ。最初から想像がついていれば、大きな問題になるようなことを画策するのに、もっと慎重に進めていただろう。少なくとも専門家をたくさん研究チームに入れていれば違っていたのだが、それをしなかったのは、この国の伝統がそうさせたのだ。
 問題となることは、昔からこの国では頻繁に行われてきた。問題になるどころか、それがあったからこそ、制度が円滑に機能して、うまく行ってきたのだ。まさしく、この国だからこその法策と言えるだろう。
 逆に言うと、
「それがなければ、この国は存在できなかった」
 ということになるのだが、この問題はこの国だけではなく、歴史的には頻繁に行われていたことだった。
「小さな国は大きな国に与して、そして生き残っていくには、どうしたらいいか?」
 それを考えれば、おのずと見えてくるものがある。
 しかし、国民のほとんどは、この国が安全保障上、大国の傘の元に存在していることは分かっていたが、まさか、内政干渉までされているということは知らない。
 それだけは、どうしても国民に隠しておく必要があった。
 実際に、経済がマヒした時も、本当であれば、大国が支援をしてくれればもっと早く立ち直れたかも知れないのだが、おおっぴらには支援はなかった。それは、支援をしてしまうことで、裏でこの国が大国から内政干渉を受けていることが分かってしまうからだ。
 実は、内政干渉の事実を知られたくないのは国民に対してではない。体制の違う他国に知られたくないというのが、一番の問題だった。
 もし、そのことを知られてしまうと、他国からも国家転覆を狙った暗躍部隊が、この国に入ってきて、国家内で、静かな戦争が巻き起こることは目に見えていた。
「我が国の領土内で、体制の違う国家が衝突するということは、主権存続や、国体維持はおろか、戦争に勝った相手の植民地にされてしまう」
 という危惧があった。
 国民は、そんなことは分からない。
 もし、そうなったとしても、ずっと他人事だとして真剣に国家について考えることもなく、いずれは奴隷扱いされてしまうなどという危惧を抱くこともない。
 そこまで気づかないまでも、この国が大国の内政干渉を受けているかも知れないということを感じていた人は一部にはいた。
 世の中はすべてが他人事のように見えていたのだが、中には真剣に国家のことを考えていた国民もいる。あまりにも少数派なので、大っぴらに話すこともできないが、この国の政治家のノウハウだけで、ここまで国家を存続できるはずがないと思っている人たちであった。
 政治評論家のほとんどはそのことを分かっていたが、国家に逆らうことなどできるはずはない。彼らこそ、理屈は分かっていても、分かっているだけに、国家に逆らえないということを実感している連中であった。
 やはり、何かを感じるとすれば一般国民でしかない。
 しかし、ただの一般国民ではそこまでは分からない。直接、国家権力を振りかざされた人ではないと分からないことだ。そういう意味では、「フロンティア研究所」の連中は外出時に、レコーダーを持たされる。しかも、それは自分たちが開発したものであり、自分で自分の首を絞めるものだった。
 これほどの屈辱はない。
「この感覚、最近どこかで」
 と感じたことがあった。
 それを思い出したのは、かつて評論番組で山本教授が話していた、
「人間が国家から支配されるというのは恐ろしいことだ」
 という言葉だった。
 あれはマイナンバーに反対意見として言った言葉で、
「大げさな人だな」
 と、研究員は感じていたが、それは、まだその時、研究以外のことはすべて他人事だと思っていた時だった。
 今のように、レコーダーを持たされる立場になると、明らかに国家に支配されている自分を感じることができる。
「他人事ではなくなってしまった」
 レコーダーを持たされる全員が、そう思ったに違いない。
 何事も他人事だと思っていた自分たち、そして、国家に支配されて自分たち、そう考えていくと、
「俺たちに未来なんかないんじゃないか」
 と感じても仕方のないことだった。
 和人は、半年に一度の割合で、実家に帰っていた。実家に帰ったところで何かがあるというわけではないのだが、研究所の方針で、実家のある人は年に二回の休暇が与えられる。そして、その休暇中には実家に帰ることが義務付けられていた。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次