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浄化

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「あなたたちは、個人で時間を飛び越えることができるような文明を持っているんですか?」
 一年前に五分間を飛び越えて、また同じ場所に戻ってきたのを見てビックリしたが、あの時、黒ずくめにサングラスの男たちは、誰もが「七夕男」が戻ってくる、つまりはタイムスリップに気付いていない。一人くらいは気付いてもよさそうに思えたからだ。
 克之の考えを分かっているのか、
「俺たちは文明の中でも優れた科学者を内輪に置いている。他の連中にはできないようなことを、開発してくれたりしている。個人レベルでタイムスリップできるのは、我々だけなんだ。だが、それも限られた短い時間だけで、それが、一年前に君が俺を見た時に感じた時間移動の正体さ」
「じゃあ、他の人たちには知られていないわけですね?」
「そうだね。知られてしまうと、せっかくこちらの優位性がなくなってしまい、相手に対して対抗できなくなる。これは我々にとって、最高機密に値することだな」
 克之は、相手の弱点を握ったかのような気分になっていた。しかし、彼らが自分の敵でなければここでの優位性は発揮できない。彼らの化学には到底及ばないのだから、知ったとしても、それをどう利用すればいいのか、分かるはずもない。
「そういえば、あなたのお名前を聞いてなかったですね。何とお呼びすればいいのでしょう?」
「スナッツと呼んでください」
「コードネームのようなものですか?」
「そう思ってもらって結構です」
 男は、そう言いながら、少しまわりが気になっているようだった。
「どうかしたんですか?」
「いや、ここで話をしてもいいのだが、ちょっと落ち着かない。喫茶店のようなところに行こうではないか」
 と言って、「七夕男」は、腰を上げた。寒さが本格的な中、よく寒さに耐えながら、表のベンチで話が聞けたものだ。時計を見ると、約束の時間から三十分は経っている。元々早く来ていたので、実際にここにいた時間はもっと長かっただろう。
 それよりも、彼は狙われているはずではなかったか。一度見つかってしまったところに、再度姿を現すことはないというのが、彼らの考えのようだが、同じ組織の他の連中が、偶然見つけないとも限らない。そのことを聞いてみると、
「彼らは、それぞれに役割がある。俺を狙っているやつが他にいて、俺をここで見つけたとしても、攻撃はしてこない。それだけの規律が守られていないと、あっちの世界では生きていけないんだ」
 完全に概念が違っているようだ。
「この世界も似たような人たちもいますが、基本的には、敵が目の前にいて、それを見逃すのは、いわゆる『敵前逃亡』だと言われて、極悪なことになってしまうんですよ。やはり考え方の違いですかね?」
「我々も昔はそうだったらしい。しかし、化学が発展するうちに、次第に発想も変わっていって、一口に言えば、『冷たくなってしまった』とでも言えばいいんだろうな」
「こっちの世界でも、まだ規模は小さいけど、その傾向はありますよ。気を付けておかないと、危ないかも知れないですね」
「君たちには、我々の世界がどんな世界なのか、想像もつかないかも知れないが、確かに存在しているんだ。信じられないと思うけどね」
「まるで地獄絵図の世界に感じられます」
「我々の世界は、こちらのような民主制ではなく、帝政なんだ」
「じゃあ、皇帝のような絶対君主がいるということですか?」
「最初は我々の国も民主政治が長く続いていて、平和な世界だったんだが、平和というものが、一触即発の状態でずっと推移してきたことを、誰も気づかなかった」
「本当に気付いていた人はいなかったんですか?」
「いたよ。それが一部の政治家たちだったんだが、民主主義の一番の骨格でありながら、一番の致命傷でもあった『多数決』という考え方が、彼らの意見を黙殺した。少数意見は、民主主義では通らないだろう? よくよく考えれば、一部の人間の意見にも耳を貸すのが民主主義のはずだったのに、いつの間にか大勢の意見しか通らなくなった。どうしても選挙などで『過半数』を取れば勝ちだという考えが蔓延ってしまうと、それがすべての正義になってしまう。それが本当の民主主義の危機だったはずなのに、そこを難なくスルーするものだから、結果的に反乱分子を成長させてしまった。一種の自業自得というものだよ」
「なるほど」
「反乱分子が密かに計画を立てているなど、誰も知る由もない。民主主義の中では、小規模なテロが起こっただけでも、その時は大きな問題になる。マスコミの力が増大なので、ちょっとしたテロなら、それ以降、簡単に行動できなくなる。しかし、マスコミが沈静化すると、今度は民衆もそれまでのことを忘れてしまうんだ。『のど元過ぎれば熱さ忘れる』とでもいうのかな? そうなってしまうと、今度は少し規模の大きなテロが起こっても最初ほど誰も意識を深めない。『またか』って感じになるんだろうな。慣れとは恐ろしいものだ。君たちの世界で言う『オオカミ少年』という童話のような感じだ」
「せっかく政治家たちが、危機感を持っていたのに、民衆がそれでは、どうしようもないということか……」
「黙殺された政治家の意見は、意見書を添えて提出されたが、最初に反乱分子が狙ったのは、実はその書類だったんだ。そこには彼らにとって致命的なことが書かれていたのかも知れない。早々に抹殺されてしまうと、今度は、それを作成した政治家たちを、手中に収めようとした。それも脅迫のような手段ではなく、合法的にだ。せっかく人民のために命を掛けたというのに、黙殺されて、彼らは民主主義では生きる場所がなくなった。これから樹立される新体制の方がよほど彼らを受け入れてくれると思ったんだろうな。簡単に彼らを取り込むことに、反乱分子は成功した」
「科学者たちは?」
「科学者たちはもっと簡単さ。民主主義の世界では、どうしても予算というものが組まれて、どんなに開発する頭を持っていても、予算がなければ、実現どころか、実験すらおぼつかない。それを反乱分子は、金に糸目をつけず、自分たちの兵器になるものをどんどん作らせた。科学者にとっては、これほどありがたいことはない。大手を振って、自分たちの実験開発ができるんだからな」
「そのお金は?」
「もちろん、最初から反乱目的で自分たちで溜めていたものもあっただろうが、反乱が起こると、銀行や金融機関などを襲撃して、金を奪うくらい、彼らには自分たちの正義を全うするための一手段として認められているという考えがあるから、彼らには自分たちの正義があるんだ」
「一見、反乱分子が悪いように聞こえるけど、スナッツさんの話を聞いていると、簡単にどちらがいい悪いと、判断できないところがあるような気がしてきて、仕方がない」
 スナッツは、少し考えてから、返答している。頭の中に、いろいろと言いたいことがあるのだろうが、順序立てて話をしないと、途中が空いたりして、相手を違う道に誘って、せっかく話をしている内容が、大きな誤解の元に成立してしまうことになるのを恐れているのだろう。
作品名:浄化 作家名:森本晃次