小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

浄化

INDEX|34ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 これは砂津にとって二つ目の構想パターンだ。実は砂津の中にはいくつかの構想が入っている。最初は、それぞれの単独したパターンだったが、そのうちに段階に変わっていった。
 誠については、二段階目ということになる。
 では、一段階目は何だったのだろうか?
 それが、克之だったことを、当の砂津以外では、誠が今少しずつ気が付き始めていたのだ。

 克之は最初からずっと今の世界の人間だった。しかも、克之と同じ人間は、砂津の世界には存在しない。
 そんな人間は、今までにはいなかった。
 それは、鏡に自分の姿を映しても、克之の側から見ることはできるが、それは虚像でしかないということである。他の人間は、鏡に写った自分を、
――ただ写っているだけ――
 と、思いながらも、微妙な違いに気付いていた。しかし、それを口にするのがタブーだと思い、誰にも言っていない。そんな状況の中、克之だけは、鏡に写った自分に、疑問を一切感じずに育ってきたのだ。
 そんな、克之は、皮肉なことに、パラレルワールドの存在を、信じているタイプの青年だった。
――無数に広がった世界には、自分と同じ人間がいて、その人は、きっと今の自分と同じようなことを考えているに違いない――
 と思っていた。
 しかし、実際にはそんな人物はいない。少なくとも、砂津の世界にはいないのだ。
 そのことを知っているのは砂津だけだった。
 克之が、今の世界でもまわりに友達はいたとしても、ほとんど精神的には孤独だった。それくらいのことは、砂津の手にかかればすぐに分かるというものだったが、砂津には克之のことを調べれば調べるほど、奥が深いことに気が付いていた。
「この男、記憶の奥に、大きな溝を持っている」
 それは、どんなものでも吸い込んでしまうようなブラックホールを感じさせるものだった。ブラックホールと違うところは、自分から吸い寄せる力を持っているわけではなく、ただ無意味に広い世界が広がっているだけだった。
 砂津は、初めて克之の恐ろしさを知った気がした。
「この男は想定外のスケールを持っている」
 最初に現れてから再度一年後に現れると言ったのは、実際に克之に遭ってみて、彼のスケールの大きさを考えると、一年後でないと、彼のことを調べるのは難しいと考えたからだ。ちょうどその時、誠のこともあったので、一年は必要だった。
 誠の姉のマリが、克之を訪ねた時、マリは克之のことを弟から聞いて知っていたわけではなく、本当は以前から克之のことを知っていたのだ。
 それをマリに教えたのは、砂津だった。
 マリという女性も、克之と同じように、砂津の世界には存在しない。克之だけだと思っていたが、こんな身近にもう一人いるということは、克之の世界のことをもう少し探ってみる必要があったのだ。
 しばらくの間、砂津はこちらの世界を徹底的に調べた。砂津の中では分かりきっていたつもりでいたことも、実際に調べてみれば、もっと奥が深かったり、奥を見ていなかったために、まったく違った発想になっていることもあった。
――調べてみて正解だった――
 と、ホッと胸をなでおろした。
 砂津は、向こう側の人間である。まずは、向こう側の利益を優先する。破壊と殺戮という切羽詰った状況では仕方のないことだが、自分だけでも、感覚をマヒさせないようにしないといけないと思っている。
 克之の世界の人間たちは、正直平和ボケしていて、何が起こっても、それはある意味他人事、砂津の世界の人たちから見れば、
――何て甘えた人種なんだ――
 と思われても仕方のないことだった。
 ただ、克之と、マリは違っていた。
 二人の心の奥底には、最初に克之に感じた記憶の奥にある暗黒の果てしない世界、無限に広がっているように思えた。そして、砂津は見た。
「この二人の暗黒は、奥の方で繋がっていて、そのまま俺たちの世界にまで入り込んでいるように思える」
 二人は無意識な潜在意識を絶えず持っている。その中に、本人たちの意識しないところで広がる世界が、砂津の考えを理解できるだけの大きな視野を持てるだけの余裕をもたらしているのだ。
 ただ、実際には、この二人ほど「人間臭い」ところのある人は他にはいないように思えた。表から見ると、弱弱しさを感じる。それでも奥にある暗黒の世界が、お互いを結びつける。いずれは二人に覚醒が訪れることを、砂津は予感していた。
「この二人がいれば、浄化の必要性をこちらで排除することもできるかも知れない」
 砂津の中では、こちらの世界の定説になっている浄化というものを何とか廃止したい。それがあるせいで、破壊と殺戮がいつまで経っても収まらないのだと、砂津は考えていた。それはだいぶ前から考えていたことであって、そのために克之に近づいたのだ。
――浄化は悪であって、決して継続させてはいけないことなのだ――
 砂津の根本にある考えだった。
 克之やマリの、もう一人の自分は、本当は存在していた。
 ただ、二人がもう一人の自分を浄化したわけではない。克之には、砂津に勝るとも劣らない頭脳があった。彼の頭脳が卓越していた原因は、
――想定外のことが起こった時、最初から信じられないと思うのではなく、自分の中に取り込んで、それを解析しながら理解して行く――
 ということであった。
 それを、克之は自分の中で浄化と呼んでいたのだ。
 世間一般に言われている浄化は、異世界にいるもう一人の自分を抹殺することだという伝説にどうしてなってしまったのか分からないが、しいて言えば克之の中にいるもう一人の自分を覚醒させることで、想定外の出来事を解釈できる発想が身につくというものであった。だから、克之の中で、こちらの世界にもう一人の自分がいるのを見た時はビックリした。
 それは存在自体にビックリしたわけではない。まったく同じ考えを持っていたからだ。
――この人を殺したところで、何のメリットがあるんだ――
 異世界にもう一人の自分がいることがまるで悪のように言われ、それを抹殺することを浄化と言って、正当化していた元の世界に、克之は完全に失望してしまった。
 そのことを向こうの世界の克之は感づいた。
 もう一人の克之は、考え方や性格は似ていたが、頭脳を生かすための環境がまわりにはなかった。異世界の自分が話すことには理解できても、彼が持つ苦悩をどうしていいのかまではすぐに分からなかった。
 だが、出てきた一つの結論として、
「あなたの力で、僕たちが一つになることはできませんか? 一人になってこちらで一緒に暮らしましょう」
 最初から思っていたことであったが、この方法はあまりにも安直すぎる。他にもっといい考えが浮かばないかと思って頭の中で試行錯誤を繰り返していたが、しょせんは堂々巡りを繰り返すばかり。
 実はそれも予想していたことだった。だから、最初の考えを忘れることなく、基本として試行錯誤を繰り返したのだが、結論が出ることはなかった。
 この提案に対し、
「できなくはないが、それは僕の記憶をあなたの中にある記憶に収める必要があるということを示している。今の君の記憶能力は、そこまで持ちこたえられる領域ではないんだ」
「ということは、無理だということですか?」
作品名:浄化 作家名:森本晃次