小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

浄化

INDEX|33ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 マリの方は、完全に向こうの世界で生まれ育ったという記憶だけがインプットされている。向こうの世界で生きていた人の記憶を借りることで、マリは自分がこちらの世の中にしか存在していなかったことを悟る。ただ、ウスウス、かつての記憶だけが残っているのだが、ふとしたことでよみがえってくるほど簡単なものではなかった。それこそが、砂津の手による結界の集大成。マリの方は完全に、向こうの記憶になってしまった。
 誠の場合も、同じように掛けられた。しかし、完全に向こうの人間になってしまかった。彼のような男は、少し門を開けておくことで、そちらに神経を集中させると、他に目が行かなくなってしまう。そんな彼を洗脳するのは難しいことではなかった。少しでも仲間を増やす必要があった砂津には、誠のような男を洗脳することは、さほど難しいものではないようだ。
 こちらの世界で恋愛感情はタブーであることは、男女の比率という、どうすることもできない事実から導き出された発想だった。
 意識さえ持たなければ、恋愛感情を持つことに歯止めを掛けることができるのがこの世界、それだけ淡白な世界なのだ。
 淡白ではあるが単純ではない。それを単純だと考えてしまうと、それこそ、この世界の持っている雰囲気に、まんまと嵌ってしまうだろう。
――この世界の特性は、世界の中に大きな溝があり、水が絶えず流れている。そこには、意志を持った「水の精」が存在し、意識はおろか、感情すら持っているのだ――
 その考えは、少なくとも砂津は持っている。世界の流れに感情があるなど信じられるものではないが、これがマリと誠が育った世界と、パラレルワールドとしての違いを思い知らされるのではないだろうか。
 その考えを、誠も次第に感じるようになっていた。
 そのことを砂津はおぼろげながら気が付いている。
 本当は、この考えを誠の中で確立させたくはない。もし、誠の頭の中で、妄想が次第に現実味を帯びてきて、確信などに変われば、砂津はこの世界から誠を葬り去る必要に駆られてくる。
 誠は、砂津がそこまで考えているなどということは想像もしていないだろう。絶えず砂津は誠が考えている先にいるのだ。単純に考えて、諍いが砂津と誠の間で起こり、袂を分かち合ったとしても、結果は砂津の思うがままだということに変わりはない。
――俺は、砂津さんに追いつき、追い越すことができないだろうか?
 それは年齢が近づいたり遠ざかったり、ましてや追い越すことなど絶対にありえないことと同じだと誠は思っている。
 思考回路は砂津に限りなく近くなっていたが、感情は逆に遠ざかっている。誠が少しずつ疑問を感じ始めたのだ。それをまだ砂津には分かっていない。分かったとしても、砂津は誠に、特別な何かをすることはないだろう。
 誠は、本当はあのままマリと一緒にずっと過ごして行きたかった。しかし、それを続けるには、砂津を敵に回すわけにはいかない。それを感じた時、自分はこのまま砂津から離れることはできないと思い、姉と離れて、こちらの世界に戻ってくるしかないと思っただ。
 こちらの世界に戻ってきて、まわりには一切恋愛感情を感じない世界に懐かしさを感じながら、自分の恋愛感情が静かに記憶の奥に封印されていくのを感じていた。
「姉さん」
 と、呟いた誠は姉として自分をずっと見守ってくれていた姉に対して、恋愛感情を持っていたことを打ち消すかのように、名前で呼ぶことは控えた。
「そんなにお姉さんが好きだったのかい?」
 砂津は、いろいろなことを知っていて、そして分かっている。相手の感情もある程度まで理解できるようなのだが、恋愛感情までは分からないだろう。恋愛感情を持っているという点でだけでも、砂津に対して自分の優位を示すことができたようで、少し安堵感がある。そうでもなければ、あまりにも雲の上のような相手にしか見えないからだ。もし、砂津がいなければ、誠は自分の浄化をしていたかも知れない。
 浄化させる相手を密かにこちらの世界に連れてきて、一時期、誠の目から遠ざけておいた後、砂津の手によって、向こうの世界の誠を、今の誠の中に記憶だけを移植することに成功した砂津だったが、そんなことは誠は知る由もなかった。
 向こうの世界の誠は、砂津の手によって、永久的に冷凍保存されることになっていた。命だけは残っていて、そしていずれ、誠が死ねば、向こうの世界に返してあげる、ただ、問題はその時に誰の記憶を戻してから生き返らせるかというのが残ったが、それよりも、誠が浄化しなければいけないと感じていることだ。
 誠の頭から、浄化のことは忘れさせてしまわないと、彼が浄化させる相手はすでにどこにもいないのだ。もし、浄化に失敗したり、やめたということが公にでもなると、誠は永遠に死ぬことはなく、彷徨うことになる。それも、こちらの世界ではなく、向こうの世界でだ。
 そうなると、向こうの世界の誠をせっかく連れてきて、誠が死んだ時に、向こうに戻してあげられるような細工もできるのに、誠が永遠に死なずに彷徨うことになると、向こうの世界でいくらこちらの世界の誠が彷徨うことになるとはいえ、一緒に存在できないことになっているはずなので、そこからが問題になってくる。
 誠の頭の中にある恋愛感情は、紛れもなく、向こうの世界の誠の記憶の奥にあるものだった。
 しかも、姉妹という禁断の関係なので、誰にも相談できず、一人で悶々としていたことだろう。
 人間は、一人悶々としていても、その思いは誰かに伝わったり、体調に現れたりする。そのことを当の本人であるマリには、今のところ分かっていないようだ。
 ただ、実はマリの方も、誠に対して恋愛感情を持っているらしい。その恋愛感情は、硬い殻に閉じこもっていて、その奥を見たものは誰もいない。もし見たことがある人がいるとすれば、砂津に連れ去られて冷凍保存されている向こうの世界の誠だったのではないだろうか。
 マリは自分の気持ちに気付いてはいるが、その気持ちを知っている人は、どこにもいるはずはないと思っている。
 誠はマリの弟であることを複雑な心境でいた。
 優しいマリのおかげで、最初はマリの弟になれたことを嬉しく思っていたが、そのうちに好きになってしまうなど想像もつかなかった。ただ、好きになるという感情がこれほど爽快で、それでいて切ないと言われるような複雑な思いだったとは、まるでむず痒さを感じるくらいだった。
 浄化できなかったことで、一度は追いかけられたが、それでももう二度と追いかけられることもなく、自分が誰かを追いかける立場になることもなかった。それは砂津のおかげで、砂津にとっては、誠が自分の構想のモデルとなってくれたことをありがたく思えた。
 ただ、今回のようなケースをずっと繰り返すわけにもいかない。浄化対象の人をすべて同じようにこちらに連れてきて冷凍保存などありえないからだ。しかし。一人でもこれまでの定説を破ることができれば、そこから今までの話はすべて伝説ということになり、新しい秩序が生まれることを、砂津は画策したのだ。
作品名:浄化 作家名:森本晃次