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浄化

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 実際にいるのを砂津は知っていたが、そのことは誠にさえ話していない。誠は自分が浄化しなければいけないという固定観念に捉われていたことを後悔してはいるが、まだ浄化に至っていないことで事なきを得た自分にホッとしていた。そして、それを教えてくれた砂津の存在が、その時に「絶対なもの」となったのだった。
 砂津も、誠という助手を得たことに満足していた。
 助手というよりも、パートナーと言ってもいいかも知れない。立場的には砂津が上だが、誠には砂津にはない何かを持っていることを知っていた。だが、さすがの砂津にも、それが何なのか、今まだ分かっていない。
「俺にも分からないことは結構あるんだな」
 と、自信過剰になりかけていた自分を戒めるかのように言い聞かせていた。
 砂津は、克之と遭う時は、誠と一緒の時は避けようと思っていた。誠にはその話はしていないが、誠にもそのことは分かっていて、自分の中で、暗黙の了解として理解していたのだ。
「砂津さん、僕は浄化なんてものは止めてしまいたいと思っているんですが、もし止めてしまったら、何か弊害があるんでしょうか?」
「俺も本当は浄化なんてやめさせたいんだが、浄化をしようとして途中でやめると、その人は、今度は自分が追いかける立場に変わってしまうんだよ」
「それが弊害なんですか?」
「もし、一度でも浄化しようと思った人が思い留まったりやめてしまうと、他に浄化しようとする人を追いかけることになる。それは終わりのない果てしないもので、死ぬこともできず、それだけのために生き続けなければいけないことになるんだよ」
「生き続けなければいけない?」
「死ぬこともできない。つまりは、浄化しようとしている人間を追いかける立場の人間は、永遠に同じことを繰り返すだけの苦しみを味わうことになるんだ。君も追いかけられた経験があるだろう?」
 誠は自分を追いかけてきた人のことを思い出していた。
 さらに誠は、一年前に砂津が、自分が追いかけられているところを克之に見せたことを知っていた。砂津は気付いていないかも知れないが、砂津のことを尊敬するがゆえに砂津の行動を監視してしまうという気持ちに捉われていた。そして一年という歳月を区切って、再度克之の前に現れた。
 この世界で、砂津のいうような一年という区切りが何かを意味しているわけではない。それではなぜ砂津は一年という期間を区切ったのだろう。それ以前に砂津が克之に遭う理由がどこにあるのか分からなかった。何かを伝えたいという気持ちがあったのだろうか?
 もし、一年という期間に意味があるのだとすれば、それは克之の存在に関係があることなのだろうか? 誠には砂津の考えていることが分からなかった。
 誠はマリのことを考えていた。
――ずっと、お姉さんだったんだ――
 記憶がすべてマリを姉だと示している。しかし、誠の中にマリに対して姉だという感覚よりも、一人の女性として見ている自分の感情の方が強い。
――こっちの世界に、愛情など存在するはずがないのに――
 誠が、こちらの世界を離れ、克之の住んでいる世界に憧れを持ったのは、
――我々が忘れてしまった何かを、あちらの世界では感じることができる――
 と思ったからだ。
 それが恋愛感情であることは間違いないようだ。
 マリは誠に対して厳しかった。誠は、本当にマリの弟だったら、ここまで厳しくされないと思った。
――マリに対して、弟の役を演じるのは辛かった――
 と感じていた。
 しかし、それ以上に、まわりの人から自分がマリの中に女性を見ていて、そして好きになってしまったことに気付かれるのは辛いことだった。
 マリのことを今さら気にするというのはどういうことだろう?
 誠は、マリのいる世界の記憶を背負っている。砂津と出会う前までは、三年以上前の記憶が実はまったくなかったのだ。最初は記憶のないことを別に気にもしていなかったが、砂津と出会って、砂津の様子を見ていると、自分に記憶がないことが、辛いと思うようになっていた。
「僕は浄化しようとして、向こうの世界に行ったはずなのに」
 と、砂津に告白すると、
「心配することはない、記憶はすぐに戻ってくる」
 と言って、誠を自分の研究室に連れていって、そこにある暗室のようなところで砂津と二人きりになって、どうやら催眠状態にさせられたようだった。
 誠はその時の記憶がまったくないわけではなかった。催眠状態にさせられたという意識と、記憶とが交錯する中、それまで失ってしまっていたと思っていた記憶がよみがえってくる気がした。しかし、その記憶はこの世界のものではない。マリと暮らしてきた昔からの記憶だった。
 おかしいと思いながらも砂津に逆らうことはできなかった。強迫観念からではなく、それだけ砂津に全面的な信頼をおいていたからだ。
 砂津は誠を洗脳していた。誠は自分が洗脳されたということを意識していない。もっとも、意識されてしまったら、洗脳という言葉は使えないだろう。どうして誠を洗脳したのかは分からないが、砂津は自分の仲間を求めていたことには違いない。
「俺にも以前、仲間がいたんだ」
 と砂津は、誠に語った。
「その人は、元々俺とは考え方が違ったんだけど、話をしているうちに、俺の考え方に賛同してくれて、話が合うようになったんだ」
 それが誰なのか、ハッキリとしたことは言わなかったが、誠には何となく分かった気がした。
――この人は、人を洗脳することに長けた人なんだ――
 洗脳という言葉を聞くと、独裁者が自分の意見に従わせるために、相手の意志を抹殺し、ただ自分のためだけに動く人間の育成を目的としているように思える。
 確かに砂津にはカリスマ性が備わっていた。そして、カリスマ性の効果は、荒廃して、無政府状態になったこの世界には必要なものなのだ。
 誠は、自分がすでに浄化された状態なのではないかと思うようになっていた。マリという女性がその役目を担ってくれた。つまりは、マリも向こうの人間ではなく、自分と同じこちら側の世界の人間、そして、マリとの間にある記憶も、向こうの世界の者ではなく、こちらの世界の記憶なのだ。
 そう思うと、少し自分のことが分かってきた気がした。
 女性の数が少ないことで、こちらの世界は子孫を残すために、一人の女性がたくさんの男性を相手にすることになる。恋愛感情など持っていてはとってもではないが、身体がもつわけもない、精神的にも苦しさだけが残ってしまい、ただの生殖器の役目だけをすることに身体も精神もついてこれないに違いない。
 誠がマリを好きになってしまったことで、二人の間に恋愛感情が生まれる。それはこちらの世界ではタブーであり、持ってしまったら最後、お互いに苦しみだけを前面に押し出してしまい、まわりからは、
――気の毒な姉妹――
 としてしか映らないだろう。
作品名:浄化 作家名:森本晃次