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浄化

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 そこに何らかの意図はあったのだろう。ひょっとすると、こちらの世界と少しでも共通点を意識として植え付けようという意図があったのかも知れない。ただ、それを公然と行うことは、時空のルールに牴触してしまうのではないかという発想から、夢で見せるという形を取ったに違いない。彼らにはパラレルワールドの発想がある。世界が二つだけだという意識はないのだ。
 克之の世界から見て、向こうからこちらへの行き来は彼らの科学力が可能にしているのかも知れないが、逆というのは、いくら克之の世界の科学力が劣らぬものであったとしても、不可能なのかも知れない。鏡の世界をイメージした克之の発想が、そう物語っている。
 その考えは、砂津と誠にもあった。
「新田さんの発想は、向こうの世界の発想ではないようですね」
 と、誠がいうと、砂津は少し考えて、
「そうだね」
 と答えた。
 そして、二人はまた沈黙に入る。砂津が、コンピュータの前に座り、いろいろと操作し始めたからだ。
 誠は、砂津の横顔をじっと見ていた。
――この人は、まだ俺の知らない何かをたくさん知っているのかも知れない――
 二人のいる世界では、世界が乱れるまでは、話をすることなどありえない仲だった。砂津はテクノポリスに住む、世襲の階級、つまりは支配階級であり、誠は生産者側の人間である。
 この二人は、世界が乱れる前から、実は交流があった。
 砂津は、以前から克之のいる世界に興味を持っていた。たくさんあるパラレルワールドの中のほとんどは、時代が若干違っているだけで、まるで鏡の中のような世界であった。しかし、克之の世界とは同じところはまったく同じなのに、違うところはまったく違っている。同じところというのは、こちらの世界に存在する人間は、克之の世界にも存在しているということだ。他のパラレルワールドでは、同じ世界であっても、人はまったく違っている。なぜ同じ道を繰り返しているのか分からなかったが、鏡の中という視界の中だけで存在しているからではないかとしか思えない。
 誠の方も、砂津と同じような考えを持っていた。誠には砂津のような調べるためのコンピュータは持ち合わせていなかったが、彼のそばに一人の老人がいて、その人の影響を強く受けたのだ。
 その老人は、他の住民からは、
「あのじいさん、本当に変わってるな。誰も近づくんじゃないぞ」
 と言われていた。
 生産者仲間では、支配階級から搾取されているという感覚があるので、自分たちの結束力と仲間意識が強いことをずっと意識してきた。その意識は支配階級の世襲にも勝るとも劣らないもので、いわゆる意地のようなものなのかも知れない。
 また、この世界では、男性と女性の比率を見れば、男性の方が圧倒的に多い。子孫を残すためには、女性からすれば、相手が誰であれ、子供を残すのが女性の一番の役目だった。比率が少ない女性の地位は、男性に比べればかなり低い。それこそ、愛情のない性行が静かに繰り広げられるだけである。
「あっちの世界とこの世界の一番の違いは、愛があるかないかなのかも知れないな」
 ボソッと誠に砂津が語ったことがあった。
 父親が誰であるかなど関係なく、子供は生まれる。そこに親の愛が存在するかどうかなど、口にする以前の問題であろう。克之の世界の人間には、考えられないに違いない。
 世襲を制度としている支配階級は、生産者階級のように、簡単に女性と性行することを許されない。きちんと結婚して、血の純潔を目指さなければいけない。したがって、支配階級の男女の比率は一対一なのだ。
 この世界の身分制度は、このあたりから成立している。どちらにしても愛のない性行ではあるが、血の純潔と混在の違いは、愛があるかないかということよりも大きな問題なのだろう。
 もちろん、どうして女性がこんなに少ないのか、科学的に証明もされている。労働力を重んじる生産者階級ではあったが、身分制度ができた時はまだ、比率としては、均衡していた。
 ある支配階級の科学者が、遺伝子の研究において、男子を多く出産するという薬を発明した。それは国家において秘密裏に研究されていて、実際の国家予算も多くつぎ込まれていた。
「労働力を増すには、少しでも男子を多く出産するのが一番」
 という考えであった。
 しかし、さすがに、ここまで極端に女子が減ってしまうとは思っていなかったのか、一度使ってしまった薬の効果を抑える方の薬はまだ開発されていなかった。
 開発が形になりかけた時はすでに遅く、比率は決定的なものになっていた。
「薬というのは、副作用が付きものだ。だから、本当なら、そこまで考えて抗副作用の薬も一緒に開発してから使うべきだったんだ。それをしなかったのが、結果的に今の世の中を作るきっかけになったのかも知れないな」
 これが、砂津の考え方だった。
 砂津にはある程度のことを予見するだけの力があった。予知能力というほど大げさなものではない。きちんとした理論の元に弾き出された予見だったからである。誠が砂津についている理由もそこにあった。
 世界がこのようになってしまっては、後はどのように生き残るかだけがすべてであった。しかし、そのためには浄化が必要だというのが、世間一般に言われている。
 この件に関しては、砂津も否定はしない。
「新しく生まれ変わるには、一度全部壊して、再度作り直すしかない」
 という考えは、砂津の中の根底にある考え方だ。
 ただ、それをするためには、
――選ばれた人間――
 が必要である。
 今の破壊と殺戮の世界を作ったのは、少なくとも「選ばれた人間」ではない。元々、一触即発の状況にあり、いつ破裂するか分からない状況にあったのだから、無理もないことだが、起こってしまったことを今生き残った人間が、どう考えているかである。
 ほとんどの人間は、まわりに疑心暗鬼、そして、他人事なところがある。ただ自分が生きていくためだけに生きている。
 それも、生きるためにどうすればいいかと言っても、他人事の考えであることは否めない。そのせいもあってか、いい悪いの別はあるかも知れないが、「やる気」のある人間が太く生き残っていく。闇市などの流行は、克之の世界での戦後の混乱にも見られると、まさにその通りだ。
 一般庶民のほとんどは、パラレルワールドの存在など知る由もない。それは克之の世界の人間も同じだが、克之の世界との大きな違いは、こちらの世界での教育はほとんど皆無だということだ。
 思想的なプロパガンダは存在しても、学問という考え方は、支配階級にしか存在しない。モラルすら、教育されていないのだから、破壊と殺戮の中で、他人事なのは当然だ。
 それでも、彼らにはそれを補いだけの本能が存在した。生き抜くことへの本能は執念のようなものでもあり、克之の世界の人間からすれば、想像を絶するものであろう。
 逆に教育を受けていると、思考が頭の中にあるために、本能が活躍するだけの力を抑えている。そういう意味では砂津の世界の人間たちは、克之の世界の人間から見ると、「超能力」というものが使えるように思えるのではないだろうか。
 中には、科学の力を使わずとも、自力で、克之の世界にやってこれるだけの能力を有した人物もいるかも知れない。
作品名:浄化 作家名:森本晃次