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浄化

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 誠は、克之に会うことで、自分も浄化することができるのではないかと思った。破壊と殺戮が繰り返される今までいた世界に、本当はもう戻りたくはない。ここまでは殺されずに済んでいるだけで儲けものというべきで、向こうの世界に住んでいると、生きていることがすべてだった。
 つまりは死なないことを目指しているだけで、それ以上何も考えられない。
――一体、何がどうなって、破壊と殺戮だけが繰り返される世の中になってしまったのだろう?
 一発で世界を葬り去るだけの兵器を持っているのに、その兵器はさすがに使わない。一つの都市を破壊しつくすことはできても、それ以上の危険は冒さない。そこまでしてしまうと、政治家たちの野望はすべてが無に帰してしまうことが分かっているからだ。
――それなら、小さな犠牲の積み重ねくらいはどうでもいいことなのか?
 元々の平和が、倫理や道徳の上に成り立っていたものではないことが、今さらながらに浮き彫りにされていく。
 誠は、今まで一人の男性を師として仰いで来た。克之には話をしていないが、克之が話していた男、克之には「スナッツ」と名乗った、克之が言うところの、いわゆる「七夕男」である。
 彼が克之にスナッツと名乗ったことは知られていないが、こちらの世界での彼は、砂津と呼ばれていた。彼は克之の前から消滅して見せたが、もちろん死んだわけではなく、こちらの世界に戻ってくる手段であった。
「砂津さん、どうして、あの男にこちらに戻る手段を見せたんですか?」
「それは、彼に俺がこちらの世界の人間であることを知らしめるためさ。いくら口でどんなに話したとしても、口だけでは信じられない。特にあの男の場合は、向こうの他のどんな人間とも違って、簡単には信じないようにしようという無意識な思いがあるはずだからね」
「そうなんですか?」
「新田という男は、本当は人を疑うことのない男なんだよ。でも、疑わない代わりに、簡単に信用もしない。つまりは、自分が信じられると思った相手以外のことには、耳を貸したとしても、決して自分の結界を開こうとはしないのさ」
「よくご存じなんですね」
「彼は、話せば分かる人間だと、彼と話をした人間は誰もが思うんだ。だけど、実際には自分の中に結界があって、簡単に交わろうとしない。そう、それはまるで、まったく同じ青さの空と海が、どんなに同化して見えても、交わることができないのと似ているのかも知れないな」
「空と、海ですか?」
「そう、こちらの世界のようにね」
 と、言いながら、二人はモニターに映し出されたまったく同じ色の海と空を見ていた。そこには水平線は存在せず、空と海という違う世界でありながら、完全に同化していた。
「本当は、あんな空と海は、偽物なんだよ」
 砂津と誠は、それほど年齢的に違っているようには思えないのに、なぜか砂津の方がいろいろと知っているようだ。それは二人の育った環境にも影響しているのだった。
 二人の住む世界は、育ち方には大きく二つに別れていた。
 政治家や国を動かす重要な機関に着手している職にある人間は、家族全体が一つのテクノポリスに住んでいた。そこは首都機能が凝縮されていて、決して表に出ることはない。表に出ると、余計な世界を見せられて、せっかくの考えに邪念が入ってしまう。
 いわゆる身分制度というものが存在し、テクノポリスに住んでいる人は、階級が一番上になるのだ。
 すべてが世襲となっていて、それだけに、教育もすべて世襲主義になる。克之の世界で言えば、昔の殿さまのように、お城暮らしで、将軍や大名になる人は、一生お城を出ることがないというのと似ている。
 ただ、教育は、閉鎖的なものではなく、いいことも悪いことも教えられる。それだけ革新的ではあるが、それがこの世界を支えてきたのも事実である。
 そして、テクノポリス以外のところに住んでいる人は、いわゆる「生産者」たちである。いわゆる庶民と言われるもので、身分制度でテクノポリスの中にいる支配者階級とは一線を画しているが、彼らにも同じような教育が施された。
 ただ、教育といっても、洗脳に近い、映像で教えられることも、プロパガンダ色が濃いものになっていて、克之の世界の人間からは、理解できないものであった。
 いや、克之のいる世界の人間から見れば、
――時代遅れ――
 に見えるに違いない。
 明らかに身分制度であったり。テクノポリスと言いながら、完全なお城の殿さまそのままの世界は、歴史で習った「封建制度」の中の世界のようだからだ。
 そういう意味では、克之には破壊と殺戮に至るまでの、こちらの世界がどういう制度や慣習で成り立っていたかを説明するには忍びなかった。ただ、科学力の発達が目覚ましかったのは、「生産者側」の方に素晴らしい頭脳の持ち主がたくさんいて、さらに、支配階級の人たちにも、理解者がいたことが、科学の発達に大いに貢献した。しかし、時代が流れていくうちに、支配階級の中には、平和を勘違いし、一触即発の、薄氷を踏むような平和な世の中を作ってしまうことに一役買う人が現れた。一人がそんな状態に持っていくと、他の人は止めることができない。
――いかに一触即発の状態をこのまま維持して、平和を持続させるか――
 ということだけが、平和への選択肢として残らないような世界。そんな世界を誰が望むというのだろう。
 世の中は緊張の糸がピンと張り巡らされていて、ちっとでも引っかかって切ってしまえば、そこから先は、悲惨な世の中しか残らない。
――戦争は、始めるよりも、終わらせることの方が数倍難しい――
 という格言は、こちらの世界でも存在する。
 一触即発の状態では、始めることすら、破滅を意味する。だから均衡が保たれていて、そこに平和が存在している。
 それを本当の平和だと思っている人が、テクノポリスの中には、たくさんいた。最初は、そんなものは平和ではないと思っていたので、危機感を皆が共有できたが、世襲により、時代がどんどん変わってくると、この世界が、
――当たり前――
 として見られてしまう。
 本当の恐ろしさは、そこにあるのだ。
 波風を立てないように時代が流れているのではなく、時代の流れに波風が立っていないと、最初から波風というもの時代を知らないで育った人だけになってしまう。誠のように、空と海の境が存在したことを知らない人間に、どんなに話をしても分からないだろう。それがこちらの世界が破壊と殺戮の世界になってしまった一番の原因なのかも知れない。
 砂津と誠が話をしている部屋は、通信機器やコンピュータが壁に埋め込まれたような部屋だった。それはまさに克之の世界で、半世紀前に流行した特撮ものによく出てきた「防衛軍基地」そのままだった。
 実は防衛軍基地のイメージは、まったくの架空ではなかった。当時の特撮プロダクションの中心にいた人の夢に、こちらの世界が映し出されたのだ。それも偶然ではなく、時空を超えて、夢という世界から記憶を植え付けたのだ。
作品名:浄化 作家名:森本晃次