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浄化

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「ただ一つ言えることは、僕は一人の人間を探しに来たということだけですね」
 というと、話は煮詰まって気がした。
 克之が、今日はこれ以上会話しても、新しい発想は出てこないことを感じていると、誠も同じことを考えているのか、
「今日は、そろそろお暇させていただこう」
 というと、克之を残して踵を返すと、ゆっくりと歩き始めた。
 それは、本当に異世界の人間なのだろうかと思わせるほど、自然な歩き方だった。ただあまりにも自然すぎて、却って機械的な歩き方に見えなくもない。もし、このまま七夕男のように、粒子が剥がれていくように消滅してしまっても、違和感がないのではないかと思えるほどだった。
 だが、消滅することもなく、彼は真っ直ぐ歩いていくと、そのまま角を曲がっていった。それを見届けると、やっと身体が動かせる気がした克之は、自分が金縛りに遭っていたことに気付いていないようだった。

 次の日の克之は仕事が休みだった。朝起きて、前の日に出会った誠のことを思い出していたが、彼の顔が頭の中から離れないのを感じていた。人の顔を覚えるのが苦手な克之なのに、ここまで執着して人の顔を覚えているというのも珍しいことだった。
 彼が、正面から昨日の話をしてくれているのをイメージしていた。
 歴史が好きで、自分では歴史認識があると思っていた帝国主義時代、昨日の話に賛同できたのは、やはり自分の歴史認識と合致していたからだろう。特に、
「戦争は始める時よりも、終わらせる時の方が、数倍難しい」
 という話に関しては、まさしくその通り、不運にも戦争に突入したとしても、いかに被害を最小限に留めながら止めることができるかという問題である。
 今までに何度となく本を読んできた。
「もう一度、読んでみよう」
 一度読んだ本を読み返してみた。戦争についての意見を書いた本もあれば、シュミレーションに近い話もあった。
 歴史に「もしも」ということはないが、シュミレーションを試みることで、先の時代を模索することができる。そういう意味で、克之はシュミレーション小説が好きだった。
 中には、エンターテイメント性が強い作品もあり、歴史認識というよりも、娯楽小説になっているが、そんな小説でも、読み込むことで作者の意図であったり、主人公の心境を覗き見ることができる。エンターテイメントを、面白おかしくしか見れないのであれば、そもそも歴史認識が間違っている証拠である。
 自分の歴史認識に自信がある克之は、その確証を昨日の誠との話で確信できたような気がしてきた。彼らが克之の前に現れたのは、それが理由の一つだったのかも知れない。
 その日の克之は、シュミレーション小説を読むというよりも、もっと人の気持ちを感じることのできるものを読んでみたいと思っていた。
 日本海軍の将校が著者である本を、何冊か持っている。
 空母から爆撃機に乗って出撃する時の心境。そして、その時に頭に浮かぶ光景、実際に見た水平線の向こうから昇ってくる朝日の美しさ。読んでいるうちに、まるで自分が主人公になって、操縦桿を握っている感覚になれるのは、不思議だった。
――操縦桿なんて握ったこともないくせに――
 と思うのだが、カタパルトから発艦する瞬間、身体がフッと浮く感覚が自分の中にあった。
 海に落ちてしまっても不思議のないほど、目の前に水面が見えた時、一気に身体が宙に浮いた。そのまま急上昇して、先に飛び立った爆撃機に追いついて、何事もなかったかのように、編隊の中の一部に組み込まれる。
――それまでの間にいくつのことを考えることができるんだろう?
 それまで考えたこともなかった、
「なぜ、俺たちはここから出撃しなければいけないんだ?」
 敵を殲滅し、日本に勝利をもたらすためというのは分かっているが、それは理屈でしかない。自分自身が本当に納得できるものではないからだ。
「家族のため? 自分のため?」
 その当時当たり前とされたことが、出撃し、一人になった瞬間、急に自分に問い直すのだ。
 その時、何らかの結論が自分の中で出ていたはずだ。結論が出ているからこそ、他のことも考えられる。しかし、何を考えたのか、あとからでは思い出すことができない。それは出撃のたびに、感じることだった。
――ひょっとして、出撃の瞬間こそ、本当の自分に戻れるのかも知れない――
 それまで、正直に言えば、死ぬのは怖い。出撃の瞬間に、一人になると、そのことを痛切に感じさせられる。
 だが、どんなことであれ、直面したことから逃げることができないことを悟ると、こちらも正面から向き合うものだ。そして、そこで何かしらの結論を得て、死というものに対しての恐怖を払拭できるのかも知れない。人間が死を迎える前には、きっと必ずこんな瞬間が訪れるのだろう。
 しかし、本当に不思議なのは、何度も出撃して、何度も死と直面していることになるのに、そう何度も緊張感というものが続くものなのだろうか?
 克之は、本を読んでいるだけで、そこまで考えられるようになっていた。
 それはまるで自分の欠落した記憶がそこにあるのではないかと思わせるほどのものであり、記憶とは自分に何を感じさせるのかを考えさせられるものだった。
 本を読んでいると、実際の時間とかなり違っていることを感じていた。
 克之は、その本を今までに何度か読んでいるので、著者の気持ちになれたのだと思っていた。初めて読む本にそこまで感情移入などできるはずもないと思っているからだったが、ただ、初めて読んだ時から、作者の気持ちというよりも、時代背景に対して、まったくの他人事のように思えなかったのも事実だった。
 実際の時間と違うという感覚は、自分が本の中に入りこんで、主人公になりきっているからなのかも知れない。頭の中は、十数年前の戦争中になっていた。
――知らないはずの時代なのに――
 本を読んでいるだけで、ここまで入れ込むことができるのだろうかと不思議な思いだった。もちろん、「死」というものに直面していることも頭の中で分かっている。それなのに、時代に馴染んでいく自分を感じていた。
 ただ、意識があるのは、空母から飛び立って、操縦桿を思い切り引き上げると、上昇していくところまでである。そこから先の記憶は、一切ない。記憶の中の封印なのかとも思ったが、続いている内容の意識が途中から封印されるということは考えにくかった。
 夢を見ていて、どうしてもそれ以上先を見ることができないという境界線のようなものがあるのは意識していたが、上昇してから先も、同じ感覚なのかも知れない。
 そういえば、彼らの世界は、今まで紛争や戦争などない世界だと言っていた。それも、科学の発展において、「冷たい均衡」が守られることの一触即発の状態だったという。彼らの世界が、我々の世界の正反対の世界であるとすれば、こちらは、これから恒久平和が実現されるということであろうか?
「いやいや、そんなことはありえない」
 平和を望みながらも、ありえないと思っているその感情も、今の世の中だけしか知らないからだった。
 彼らの話していた浄化という言葉、自分を浄化するのか、世の中を浄化するのかで事情も変わってくるが、まずは、自分を浄化することから始まるはずだ。
作品名:浄化 作家名:森本晃次