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浄化

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「ええ、私に、なぜか一年後にここに来てくれと言われて、やってきたら、事情は話してくれました。ただ、あまりにも突飛な話だったので、ほとんど他人事で聞いていたような気がします。今はその話を信じているのかと聞かれると、正直、信じられないとしか答えようがないですがね」
「そうでしょうね。別の世界からやってきた人間がいるなど、普通は考えられないでしょうね。でも、その世界が未曾有の悪夢に見舞われていて、正直、こちらの世界も一歩間違えると同じような運命をたどることになるんですよ。私は今のこの世界の平和は、偶然が重なっただけの綱渡りに過ぎないと思っています。すべてはバランス、見えない無数の糸の上に乗って、安定しているだけの世界なんですよ」
「じゃあ、どこかの糸が切れたりすれば、いつどうなるか分からないと?」
「一本や二本では、そんなに簡単に崩れはしません。でも、大きな山もアリの穴から崩れるという話もあるじゃないですか。偶然が重なってできた安定なら、ちょっとした地震のようなものが来れば、そこから、崩れるには簡単だということを、少なくとも誰も意識していない。平和が安定で保たれているという当たり前の摂理を、平和ボケしている連中に分かるはずもないんでしょうがね」
 誠のいうことは、至極当然な話だった。七夕男の話は突飛だったが、事実を伝えようという思いがあったようだ。誠の話は、克之が七夕男から話を聞いているという前提で、自分の意見、あるいは、彼らの住む世界の人間としては常識的な話しをしてくれているのかも知れない。
 もっとも、彼の話している内容は、彼らの世界にだけ通用するものではない。こちらの世界にも共通の平和への摂理なのだろう。ただ、それを分かる人間があまりにも少なすぎることは、克之にも驚愕に近いものがあった。きっと、彼らから見ると、致命的に見えているに違いない。
「浄化なんですよ」
 誠はふと、口にした。
「浄化?」
「ええ、浄化という言葉には二つの解釈がある。それは、人間一人の浄化という解釈と、自分のいる世界全体を浄化するという考え方ですね」
 誠は、続ける。
「一度腐ってしまったものは、一度壊してから、再度作り直さなければ、元には戻らない。それは心身ともに同じで、社会全体においても同じことなんですよ」
「誠さん、あなたは、生まれ変わったんですか?」
「そう、生まれ変わったといえば、そうかも知れない。肉体が生まれ変わるには、私ではまだ難しいが、精神が生まれ変わることには成功したと思う。別の世界からやってきたもう一人の自分、その存在を信じるか信じないかで、その人の浄化の成否が決まると言っても過言ではないです」
「ということは、誠さんは、自分の浄化に成功したので、今度はこの世界の浄化を考えているということですか?」
「私だけではなく、他にも浄化に成功した同じような人がたくさんいると思っています。しかし、今はどうしてなのか、その人たちに出会うことができない。私は今、その人たちを探しているところです」
「あなたは、他の人に出会えないことを、おかしいとは気付かないんですか?」
「それはどういうことですか?」
「他にも同じような人がいるって、どうして分かるんです? 私はそれが不思議で仕方がない」
「私は、ある人に教えられたんです。今まで私はこの世界でずっと過ごしていたつもりでしたが、本当は別の世界の人間で、ここには、必ずもう一人の自分がいて、その人を浄化することで、自分を元に戻せると教えてもらいました」
「浄化というのは?」
「抹殺と言えば聞こえは悪いですが、もう一人の自分の存在を同じ存在にして、浄化してしまえば、いずれ世界が統一された時、私は生き残れるんです」
「世界が統一されるというのは、どちらかの歪んでしまった世界が元に戻ろうとする世界のことですか?」
「そうです。私はそれを、浄化だと思っています」
 誠の話は何となく分かる気がしていた。克之も、今までに見た夢で一番怖かった夢は、「もう一人の自分」という存在を見せられた時だ。それは本当は信じられないわけではないのに、もう一人の存在を信じてしまうと、彼の言うように浄化という理念の元、自分が抹殺されるのではないかという恐怖を、知らず知らずのうちに意識させられていたのかも知れないと感じたからだ。
 克之は、誠の話の中に、一つの真実があるのではないかと感じていた。それが何なのか分からない。
「真実は一つだ」
 と、言われるが、それは全体的な真実であり、ここにもそれぞれ真実が存在するのではないかと思っている。
 つまりは、世の中に存在するものには、対になるものがどこかに存在している。克之はそう思って考えると、鏡の中に写った自分を思い出していた。
 鏡の中の世界がひょっとすると、一番身近なパラレルワールドではないかと思っていたのだが、鏡の世界はすべてこちら主導になっていて、向こうからこちらを見ることができない。
 しかし、確かに向こう側にも世界が存在するのだとすると、向こうの世界にも鏡が存在し、そこに写っている世界は、我々のいる世界ではない。そうやって世界が広がっているのだとすれば、七夕男の言っていたパラレルワールドという世界観も分かりにくいわけではない。
 一つではない真実。それは一人一人に存在しているものではないだろうか。七夕男や目の前にいる誠のように、こちらの世界と彼らの世界を行き来することのできる人間の存在は、人間一人一人の存在の中に、一つの真実を見つけ出そうとしているのではないだろうか。誠の言う浄化という言葉が、そのまま抹殺に繋がっているのだと考えると、簡単に理解できるものではないのかも知れないが、まずは彼らの考え方を理解することが大切である。
 鏡の世界を例にとって考えると分かりやすい。彼らの世界にある鏡の向こう側が我々の世界なのだ。彼らは、我々の想像も絶するような科学力で、こちらの世界と行き来することができるものを発明したのかも知れない。
 克之がここまで頭にスムーズな想像をもたらすことができるなど、今までにはなかったことだ。しかし、誠と話をしていると、今までになかった想像力を一気に加速させて、ありえないと思っていた垣根を一気に超えることができるようだ。
――七夕男に対しては、ここまでなかったのに――
 相手が誠だから、理解できたのだろう。
――いや、七夕男は、ここまで僕に知られたくないと思っていたのかな?
 いずれは知らせるつもりだったのだろうが、彼からすれば、まだ時期尚早だと思っていたのかも知れない。そう思うと、七夕男と誠の間に、若干の考え方にずれがあるように思えてならない。
「あなたは、浄化に成功したのですか?」
「浄化の効果は、そんなにすぐには現れません。とりあえず、浄化のために自分ができることは行いました。後は、運を天に任せるだけです」
 遅かったことを悟った。この男がどのようにしてこの世界のもう一人の自分を抹殺したのか分からないが、少なくとも、この男がここにいるということは、本来のもう一人の自分は、この世界にはいないことを示していた。
作品名:浄化 作家名:森本晃次