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浄化

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「でも、今は君にその話をしてあげることはできないんだ。僕はこれから行かなければいけないところがあるし、さっきの男たちが、何かに気付いて戻ってくるかも知れない。一年後の今日、もう一度ここに来てくれたら、話をしよう」
 と言った。
 何となく分かっているような気がしたが、自分の考えを事実として、自ら認めるわけにはいかない。少なくとも、彼に証明してもらわない限り、承服はできないのだ。
 克之とその男がした結束が昨年の今日だったのだ。
――あの男、ちゃんと覚えているかな?
 と、感じたが、それ以前に、もっと切羽詰った問題があった。去年のあの状況を見て、
――まさか、この世にいないとかないよな――
 今も追いかけられ続けているのだろうか?
 それにしても、あの怪しげな連中は一体何なのだろう? 一人の普通の少年が、怪しげな男たちに追いかけられている。克之の想像では計り知れない感覚だ。
 それと、彼がどうして、今日という日を指定したというのだろう? 一年も経っていれば、ほとぼりが冷めているとでも思ったのだろうか。一年という月日は思っているよりも長い。克之が覚えていなければどうするつもりだったのだ。
 あの時に、話してはいけないことを言わなければいけないような状況に陥ったことで、何とかその場を逃れようとして、一年という適当な時期を口にしたかも知れない。克之にとって、その男が口にした言葉すべてが、怪しく感じられ、それでいて、言葉にすれば、一番説得力のある話し方をする男だと思った。
 ちょうど、一年が経った。そして、この一年間、克之はここに立ち寄らなかった。立ち寄る必要はなかったからだが、ここに来るのはその時の男と約束した一年後だと心に決めていたからだ。
 一年というのは、普通に生活していると長いものだが、約束に限って言えば、あっという間に過ぎてしまったかのように思える。それでも一年ぶりに来たこの場所は、確かに何も変わっていないように見えるが、本当に一年しか経っていないのかを疑問に感じさせるほど、今にも変化が起こりそうな雰囲気が感じられ、不思議だった。
 春から夏、秋を経てまた冬がやってきた。同じ日だとはいえ、少しは違っていてもよさそうなのに、まったく記憶の中にあった光景そのものだ。
――少しは変わっていてほしい――
 という願望があったのだが、拍子抜けした。それは、変わっていてもいいという曖昧な気持ちがあったからだ。
 去年の今日は、これほど風が強くはなかった。風の強さも何かの変化の前兆という意味では十分な気がした。
――あの男はどこから現れるというのだろう?
 三十分も早く来たのは、ギリギリに来て、あの男の不思議な行動を目の当りにして、戸惑うことのないように、まずは環境に慣れておこうという考えがあったからだ。あの男が克之の想像通りの行動を示してくれるかどうかが疑問だが、心の準備は怠らないようにしておこうと考えたのだ。
 あまり早く来てしまったことで克之は、
――見てはいけないものを見てしまった?
 一年前の今日と同じ光景を目にした。
 一人の男が逃げている。
 その男を五、六人のサングラスを掛けた黒ずくめの男たちが追いかけている。
 追いかけられる男は、目の前から忽然と消え、追いかける男たちは、消えたことに気付かず、さらに先を追いかける。
 五分すると、消えたはずの追いかけられていた男が現れ、やっと落ち着いて、その場に佇んでいる……。
 まるで昨年の今日と同じではないか。
 克之は、ここに来るのはこれまでで二度目だった。一度目はあの男と出会った時で、まったく同じ光景。まるでビデオテープを再生して見ているようだ。
 今度の男も、やはり五分後に同じ場所に現れた。
「これでよし、普通人間というのは、一度探したところを、もう一度探そうとは思わないものだからな」
 と独り言を言っていたが、確かにその通りだった。
 一度探して見つからなかったところは、何かを隠すには一番いい。まさか、相手も同じところにいるとは思わないからだ。
 今度の男は、一年前の男とは違い、克之に気付くことなく、その場を立ち去った。別に慌てるわけではなく、男たちが追いかけた方向とは逆、つまりは、最初に来た道を戻っていった。さらに、男は何本目かの柳の木を通りすぎたかと思うと、姿が見えなくなった。またしても、忽然と消えてしまったのだ。
 だが、今度は五分経っても、十分経っても現れる気配はない。まるでそんな男など、最初から存在しかなかったかのようであった。
 その男が消えてから、もう戻ってくるはずもないと感じた時、頭の中にその男が残るようなことはなかった。記憶から完全に消えたわけではないが、自分とは関係ない人間として意識の外に置かれたのだ。
 克之は時計を見てみた。目の前で繰り広げられた「デジャブ」に結構時間が経っているはずだったのに、よく見ると、まだ十分ほどしか経っていなかった。
「おかしいな」
 少なくとも、男が最初に消えてから五分して現れたので、そこで五分。そして、男が消えてから十分は気にしていたはずである。それなのに十分しか経っていないというのは、辻褄が合わない。
――自分の中で、十分待ってみたつもりで、実際にはもっと短かったのかも知れない――
 と思ったが、ここで十分しか経っていなかったということは、まだここから相当待たなければいけないということである。十五分が十分になった感覚は、最初の意識の中にあった三十分を意識しすぎたことが原因なのかも知れない。
 消えてしまった男同様に、一年前の男も、忽然と消えてしまったのだろう。消えるところを直接見たわけではない。下手に男を追いかけて、見てはいけないものを見てしまったということで、得体の知れない男を怒らせるようなことはしたくなかった。一歩間違えれば、命に関わることだと思ったからだ。
 一年前の男は、その時、克之を見つけた。
 克之は、その男と目が遭った時、思わず後ずさりしてしまった。その男はこちらを睨んでいたが、取って食おうというような形相ではなかった。
 シチュエーションから考えると、
「見たな。このままでは済まさぬ。生かしてはおけぬ」
 という状況に至ったとしても、不思議のない状態だった。
――見てはいけないものを見てしまった――
 という感覚は、克之にもあり、見つかってしまったことで、何をされるか、まるでまな板の鯉の状態だった。
 男は、最初からまわりを気にしていた。
「誰かに見られたら、容赦しない」
 という気持ちだったのだろうか? まわりを見渡しているところの視界に引っかかってきたのが、克之だったというわけだ。
 克之は、ヘビに睨まれたカエルのごとく、身動きが取れなくなった。しかも、その男からの距離は、視力のいい克之から見て、顔の表情が見えるギリギリのところだったにも関わらず、まるで瞬間移動してきたかのように、あっという間に、目の前に来ていたのだ。
作品名:浄化 作家名:森本晃次