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浄化

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 ただ、気になるのは、姉のマリに対して、自分が殺されかけたことを口にしたことだった。もし、それが口にしてはいけないタブーに接触していたら、自然の力で誠も、抹殺されてしまうかも知れないと思うのは、突飛な発想であろうか。七夕男の出現から、少々の不思議な話には慣れてきている。突飛な発想も十分にありではないかと思うようになっていた。
 誠に関して、殺されているという発想は、克之の中では半信半疑だった。どちらとも言えないと思っているところにマリはどうやら、自分の中で、一つの仮説が生まれているようだ。
――マリの心の中を覗いてみたい――
 という発想を克之は抱いていた。
――きっと藁をも掴む気持ちだったのだろう。本心は生きていると思っているんだ――
 克之の想像にしか過ぎないが、マリの中で、誠には「強い味方」がついていてくれるという感覚があるのではないだろうか。克之と話をしている時、思ったよりも冷静になっているのを感じたので、しっかりしている女性だと思ったが、急に上の空になっている時があった。
 それも、何かに気付いて上の空になっている様子でもなさそうで、気が付けばボーっとしているのだ。まさに心ここにあらずと言ったところで、ボーっとしていながらも、見ている方向に対しては、しっかりとした意識を持っているに違いない。
 マリは、そんな話を表に出そうとしない。あくまでも弟がいなくなって、探している姉を冷静に演じているだけだ。
 だが、何かの根拠がなければ、いくら信じているとはいえ、どこまで気持ちを持続できるかが問題である。マリが克之を訪れたのは、ひょっとして、そのことを確かめようと思ったからなのかも知れない。マリ自身も自分の中で、時々精神状態が変わっていくのに気付いていたことだろう。
 最初、克之が誠の強い味方だと思っているのではないかと思った。マリの様子がおかしいことに気付く前から、マリは克之と誠が面識を持っているのではないかと思っているふしを感じていた。
 もちろん、いきなりその話をマリにぶつけるわけにはいかない。マリとしては、初対面の相手に対して自分が抱いている思いを悟られないようにしようとしていると思っているからだ。
 ただ、マリの精神状態は「一枚岩」ではないようだ。心の一方で、
「強い味方に守られて生きているんだ」
 という思いと、
「やはり、今まで連絡らしい連絡もないことから、すでに殺されているんだわ」
 という思いとが、頭の中で交錯しているようだ。
 マリの中には、誠に対して、姉であるだけではなく、母親のような感覚が芽生えているのかも知れない。マリと誠は血の繋がらない兄弟だ。血が繋がっていれば、兄弟として納得し、それ以外の関係を想像することもないだろう。血が繋がっていないという思いが、マリの中で遠慮に繋がってしまい、自分を誠から一定の距離に保とうとする気持ちが芽生えたに違いない。
「弟の夢を、弟がいなくなってから、ずっと見ていたんですけど、最近になって急に見なくなったんです」
「どうしてですか?」
「最近まで弟の顔が、起きている時でもハッキリと頭に浮かんできたんですが、ある日を境に急に浮かんでこなくなったんです。あれだけクッキリと浮かんでいた顔が、まったく浮かんでくることがなくなったのが気になってきました」
「マリさんは、それを弟さんが死んでしまったからではないかと思うようになったんですね?」
「そうです」
「でも、生きている可能性を考えているから、僕を訪ねてきた?」
「その気持ちもあります。私は今の中途半端な気持ちが嫌なんです。何かの結論を得ないと、私が私ではなくなってしまいそうな気がしているんです」
 マリの中にある中途半端な気持ちは、生活に大きな影響を与えていることだろう。今まではマリの努力もあったのだろうが、さほどまわりから精神的に大きな影響を受けることがなかったのかも知れない。そういう意味ではしっかりとした女性である。
 しっかりとしているだけに、一度リズムを崩すと、どうしていいのか分からなくなる。それがマリという女性なのかも知れない。中途半端な気持ちを払拭したいという思いは分かるが、中途半端という言葉を聞いた時点で、マリの考えが分からなくなった。
――果たしてマリは、誠が死んでいると本当に思っているのだろうか?
 もし、誠がどこかで生きているとして、生きていることを手放しに喜べないのではないかという思いもあった。いくら中途半端な気持ちでいたくないと言って、ここまで性急に弟を探し回ろうとするというのもおかしな気がしたからだ。
 マリと誠の間に何があったのかを想像していると、克之はそこに男女の関係を想像していた。二人は血が繋がっていない。姉弟だとはいえ、血が繋がっていないのだから、そこに男女の関係が芽生えたとしてもおかしくはない。克之はその可能性が高いと思い、シチュエーションを思い浮かべていた。
 誠を知っているわけではないので、本当に想像にしかならないが、マリを見ていると、そこから逆に辿って行くのがよさそうな気がした。何かを想像する時というのは、手がかりから手繰っていく場合、特に一方から見てしまうこと、さらにはそこに自分の贔屓目が存在してしまうことで、どこまで真実に近づけるか怪しいものだ。そこでも想像してしまうのは、マリの中にある本当は表に曝け出したいのだが、性格的に自分の中に押し込めてしまうところがある性格を見てしまったからだ。
――見てほしいのなら、見てあげないといけない――
 勝手な思い込みだが、それが相手のためになると思えばこそ、克之は想像を膨らませようとする。
 今のマリはしっかりしているように見えて、情緒不安定だ。克之が見ていても、
――癒してあげたい――
 という感覚に襲われる。
 今は弟の誠を探しているのを見ているので、そこまでの感情は湧いてこないが、もし、普通に知り合っていれば、好きになったかも知れない相手に思えた。
 誠は、そんなマリとずっと一緒にいたのである。ひょっとすると、もっと自分を曝け出している、いわゆる「無防備」なマリも見ているかも知れない。誠という青年は思春期の頃、どんな少年だったのだろう? 異性に抱く興味がいかほどのものだったのかを想像することは難しいが、マリに対してのイメージは想像できる。
 マリのことだから、血の繋がりがないだけに、誠の姉として、実の姉よりも、姉らしくなりたいと思っていたはずだ。
 もし、克之が誠の立場だったらどうだろう? マリから姉のように接せられたらどう感じるだろう?
 最初はまだいいとして、途中からウザく感じるに違いない。
――実の姉でもないのに、姉貴風を吹かせて――
 と、感じるはずだ。
 そうなってくると、意地でも姉として見ることができなくなってしまう。姉として見ることができなくなると、実際に血の繋がっていない姉なので、感情は「女」として見ることに繋がってくるだろう。
 ここからが、その人の性格なのだろうが、克之なら、自分の中で葛藤が渦巻いてくるはずだった。
作品名:浄化 作家名:森本晃次