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浄化

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「ええ、でも、ずっと一緒にいたので、血の繋がりがなくとも、私は本当の弟のように思っています」
「今、弟さんはどうですか? 落ち着いているんですか?」
 と聞くと、マリの表情が少し暗くなった。
「実は、弟は最近いなくなったんです」
 この言葉には、さすがに克之も驚いた。マリが弟の話を信じるか信じないか以前の問題として、弟を探さなければいけない立場になってしまったことで、克之の元を訪ねなければいけなくなったのは必然のことのようだ。
 しかし、いきなりいなくなったことを告げてしまっては、克之の口から、本音が聞けないと思ったのか、マリはいなくなったことを自分から言い出そうとは思わなかったのだろう。
「いなくなったというのは、いきなり何も言わずにどこかに行ってしまったということですか?」
「そうです」
「心当たりは?」
「もちろん、分かっている範囲はすべて探しました。弟が急にいなくなるなんて今までになかったことなので、ビックリしています。気になったことと言えば、以前に殺され掛かったということを口にしていたことだったんです。そこで、ひょっとすると、新田さんなら、何かご存じではないかと思ってお尋ねしました。最初から弟がいなくなったことを告げるのを控えていたのは、新田さんが実際に弟を見たのだとすれば、その時の様子を、贔屓目なしに教えていただけるかと思ったからです」
「マリさんが、弟の話を聞いて、私を探すのを戸惑ったと言われましたが、それは弟さんがいなくなる前の話で、いなくなったことに対してマリさんは、自分が弟さんの話を信じなかったことにあるのか、それとも、もっと切羽詰っていて、弟さんを以前殺そうとしていた連中が、また現れたのではないかということのどちらかなのではないかと思われたのではないですか?」
「その通りです。でも、今は弟を殺そうとしていた連中が現れたという感覚は薄れています。弟の話を聞いたのは一年以上も前のことでしたし、その話を聞いた時、弟は確かに少しおかしかったのだけど、その時のおかしかった雰囲気も、それから一度も感じることはありませんでした」
「ということは、弟さんがいなくなったというのは、本当に青天の霹靂のような感じだったということでしょうか?」
「そうですね。まさかいなくなるなど想像もしていませんでしたし、いなくなって最初の二日くらいは、お友達のところにでも行っているだけじゃないかって思っていたんですよ」
「今まで友達のところに行っていて、帰ってこないこともありましたか?」
「ええ、もう大学生ですし、それをあれこれ説教するつもりもありません。その時にお互いにどうしても遠慮してしまうんでしょうね。弟も時々私に話しにくいこともあったようで、友達のところに泊まってくることも少し増えてきました」
「それは血が繋がっていないことでの遠慮になるんでしょうか?」
「私はずっとそうだと思っていたんですが、最近は少し違って感じるんですよ。どうも、弟は私のことを『女』として見ているんじゃないかって思うことがあって、私自身も戸惑っています」
 お互いに血の繋がりのないことを、今まで意識していないつもりでも意識せざるおえなかった環境の中で、弟の心境が成長するに当たって、少し変わってきたとすれば、同じ男として分からなくもない。特に年齢が離れているのだから、弟の気持ちを分かる部分もあれば、理解しがたいところもある。
「弟さんは、マリさんのことをずっと血の繋がりがなかったということをご存じだったんですか?」
「いえ、そうではなかったです。弟が私を本当の姉ではないと知ったのは、弟が中学に入ってからですね。義父が話したようです」
「中学に入学する頃というと、思春期に入る頃ですよね、お父さんとすれば、そろそろ状況を理解できる年齢だと思ったのかも知れないけど、複雑な精神状態、つまり不安定な精神状態であることに気付いていなかったんでしょうかね」
「そうかも知れません。弟はそれでもそれまでと変わりなく私を慕ってくれましたが、私も大学生だったので、弟以外にもまわりが気になる年齢だったので、本当に弟のことを考えていたのかどうか、自分でも分かっていないところでした」
 一度、呼吸を切って、マリは続けた。
「ただ、そういえば私も大学時代に、何か夜道で私のことを追いかけている人を感じたことがありました。不気味な黒い影を感じたといいますか、ただそれが女性だったので、その時は気持ち悪かったんですが、二、三度見かけただけで、すぐに感じなくなりましたので、意識しなくなり、忘れてしまっていました。その時のことを、弟の話を聞いた時、一瞬だけ頭を過ぎった気がしたのですが、一瞬だったのですぐに忘れてしまったようでした」
「その時のことをすぐには思い出さなかったんですか?」
「思い出しませんでした。弟の話を聞くのに集中していましたし、聞いていると、不思議なことが多かったりしたので、なかなか話が繋がりませんでした。そういえば、弟の話で、本人は一生懸命に逃げているのに、思ったよりも先に進んでいないことに途中で気付いたと言っていました。四歩進んだはずなのに、三歩しか進んでいないって、進んでいても、気が付けば後戻りしているような気がすると言っていました」
 克之は、その話を聞いて、七夕男と遭った時のことを思い出した。
――誠という男は、七夕男と何か関係があるのだろうか?
 それとも、ただの偶然なのだろうかと思ったが、偶然で片づけてしまうには、あまりにも自分の感じた感覚がリアルだったのを思い出した。もし、あの場に誠がいたのであれば、あの時間のあの場所全体が、不思議な世界の空気に包まれてしまっていたのかも知れない。
 それにしても、誠はどこに行ってしまったというのだろう?
 彼が言うように、殺されそうになったのが事実で、一年前に見た七夕男ともう一人、黒づくめの男たちに追われていたあの男が誠だったとするならば、実際にその現場を目の当たりにした克之にとって、最悪の考えが頭を過ぎる。
 いくらなんでも、最悪の考えを姉に話すわけにはいかず、とりあえず、姉から得られるだけの情報を得たいと思った。得たとして、誠がどこに行ってしまったのか、想像もつくはずもないのだが、このままでは克之自身、納得がいかない。
 七夕男が消滅してしまったのも気になるところだ。あの男がいたという世界は、どんな世界だというのだろう。話だけを聞いていると、想像を絶するものだった。
 克之は、最近読んだ本を思い出していた。
 その本は、七夕男を彷彿させる人物が出てくるSF小説だった。七夕男のように時空を超える男が登場するのだが、彼はサイボーグで、彼がいうには、
「普通の人間では、タイムスリップには耐えられない」
 という話だった。
 実際に存在する人間とそっくりなサイボーグを作り出し、それを時空の旅へと送り出す。さらに化学が発達すれば、サイボーグではなく、クローン人間がその役を引き受ける。
作品名:浄化 作家名:森本晃次