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浄化

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 それまでは、「七夕男」のことしか気になっていなかったのに、自分を気にしている女性の存在を意識するようになると、急に「七夕男」の存在が億劫になってきた。億劫というよりは、煩わしさと恐ろしさが渦巻くようになってきた。特に自分を気にしてくれている人が今までは誰もいないと思っていたことで、謎の男への好奇心がそれまでの克之の気持ちを支配していた。
 克之はそんな自分に対して、なるべくその女性のことを意識しないようにしていたが、実際に「七夕男」と遭遇し、話をしてみると、完全に男のペースに巻き込まれていた。
 だが、男と話をしているうちに、ふと落ち着いた気分になった時間が存在した。男の話があまりにも突飛すぎて、SF映画を見ているようで、現実離れしていたことで、一瞬我に返ったのだろう。
 そうなると、克之の中で、自分のことを気にしてくれていた女性のイメージがよみがえってきた。
 その女性は、それまで意識したことがない人だった。同じ会社だというわけでもなく、たまに同じ電車に乗り合わせていて、いつから一緒の車両に乗っていたのかということすら分からない相手だった。
 視線の鋭さを感じた時、最初は、
――なんかややこしそうな視線だな――
 と感じた。それは、自分に熱い視線を浴びせてはいたが、恋愛感情というよりも、好奇の目に見えたからだ。時々なら本当に好奇の目だけで、気にしてくれているというよりもその視線を気にしなければいけないことが鬱陶しいだけにしか感じなかっただろう。だが、絶えず浴びせられると、こちらも気になってくる。最初とは次第に見方が変わっていき、
――僕に気があるのかな?
 と思えるほどになり、彼女のことを気にしていると、それまで頭を支配していた「七夕男」をまったく気にしない時間が存在するようになった。本来ならそこで男のことを忘れてしまってもいいのだろうが、克之は逆に男のことが気になってしまったのだ。
――この男は、僕にとっての、後方の憂いなんだ――
 と感じた。
 自分のことを気にしてくれている女性の存在を感じたことで、今度は「七夕男」が自分にとっての憂いになった。
 しかし、簡単に忘れることができない。それは自分が約束したわけではないが、遭う約束をしたことで、男の正体を知ることができると思ったからで、男の正体を知ることもなくこのままでいることが許されないと感じたからだ。
 克之にとって、
――避けては通れない関門――
 であることを、自分を気にしている女の子がいることで、再認識したのだが、「七夕男」と話をしている中で、
――彼女は、まさか「七夕男」と何か関係があるのではないだろうか?
 とさえ思うようになった、
 それを思い過ごしだとして簡単に一蹴してしまうことができない自分を、克之は憂いている。今の段階では、完全に主導権は「七夕男」に握られていた。
「七夕男」との会話の間、思い出すことのないと思った彼女のことが、頭の中で輪郭として浮かんできたのを感じると、
――僕は、今何を求めているんだろう?
 と、時間の感覚に、感情がいかに絡んでくるのか、克之はとりあえず、気持ちに身を任せているしかなかった。
 自分を気にしてくれている女性、そして一年ぶりに遭った「七夕男」との会話。それぞれを頭の中に抱きながら、克之は、今自分が何を考えないといけないのか、模索の最中にいることを感じていたのだった……。

                  第二章

「ところで、あなたは僕に一体何をお望みなのですか?」
 それが「七夕男」に一番聞きたいことだったが、なかなか切り出すことは難しかった。
「七夕男」が、時を経て一年後という区切りを全うし、克之の前に現れた。克之も男の存在を意識しながら、一年という時間に感覚がマヒしないようにしながら過ごしてきた。
 聞きたいことは、一年の間に山ほどできたはずだったが、一つの聞きたいことを頭に描くと、それまでに描いてきたことが、端の方から消えていくような気がしていた。
――頭の構造って意外と単純なものなのかも知れない――
 と、感じたが、それは思考能力の方ではなく、記憶装置の方の頭の構造の話だった。
 そんなことを思うようになったから、記憶力に欠陥を感じるようになったのではないかと思ったが、感覚をマヒさせてはいけないという思いが嵩じたことが、却って何が大切なことなのかが分からなくなり、むやみやたらに記憶しようとして、キャパをオーバーさせてしまったのではないだろうか。
 そんな克之が一人の女性を気になるようになったのが、電車の中のことだった。
 それまで女性と付き合ったこともなく、
――自分は女性とは縁がないんだ――
 と、思い込んでいたのは、無理にでも自分に思い込ませないと、まわりの彼女がいる連中に嫉妬してしまうことは分かっていたからだ。
 もし、彼女がほしいと思うとしたら、まわりに対しての嫉妬からだと思っていた。それは、自分では女性にモテるはずはないという意識からで、実際に、大学時代まで、彼女がほしいと思っても、その気配すら感じさせるシチュエーションも女性の視線も感じたことがなかった。
――自分からアピールしないといけないのか?
 と思ったが、自分から女性にアピールするなど、プライドが許さない。
――相手から気にされてこそ、男冥利に尽きるのだ――
 という感覚が克之の中にあった。その発想は、昔の、自分のおじいさんたちの「古き良き時代」の発想であることは、分かっていた。今の世の中に発想がそぐわないのだ。そう思っていると、今まで女性に気にされたことが一度もなかったことに気が付いた。
――僕はこのまま意地を張っていて、ずっと女性に気にされないまま過ごしていくのだろうか?
 と思っていた。このままプライドを重んじて彼女ができないのであれば、それはそれで仕方がないと克之は考えるようになっていた。それは、開き直りに近いもので、その発想が意地だと分かってしまうと、却って意固地になっていく。
「僕は他の人と同じでは嫌だ」
 という発想は、思考回路を精神が凌駕したと思っていたせいだったのだろう。それでも今は少しは丸くなってきたようで、意地を張らないようにしたいという発想から、感覚をマヒさせる方へと、思考能力が移行していた。
「七夕男」は、
「君は、最近自分のことを気にしている女性がいることに気付き始めていると思うのだが、その女性のことをどう思っている?」
「ん?」
 何を言いだすのかと思うと、「七夕男」とはまったく無関係である克之自身の問題、しかもプライバシーとしても、その人の秘めたる心境としても、なるべく他の人に知られたくないところをいきなり正面からグサリと一刀両断にされてしまったことを思うと、恥かしいという心境より、さらに自分の見られたくない部分も含めて、すべてを見透かされているようで、気持ち悪かった。
作品名:浄化 作家名:森本晃次