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寿命神話

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「僕が入信した時期にそんな事件があったのは、もちろん分かっている。だけど、宗教と言っても皆同じではないんだ。元々は同じところから出発しているはずなのに、それが別れていろいろな形に変化した。だけど、元は一緒だったので、宗教に入ってから勉強すれば、他の宗教団体が考えていることは分かってくるものなんだよ。でもね、あの時に問題になった宗教団体のことは、僕たちには理解できなかった。明らかに違うところから始まったものだったんだ。それを思えば、あの団体は完全な新興宗教で、『悪しき団体』に他ならないと思っていた。そういう意味では、あんな連中と一緒にされるのは迷惑だったし、他の宗教団体も同じだったはずだよ」
「そうだったんですね」
 というと、おじさんが続けた。
「例えば、今はどこでも禁煙で、タバコを吸う人は罪悪だというイメージがあるでしょう?」
「ええ」
「そんな中で一人の心ない喫煙者が、禁煙場所や咥えタバコなどをしていると、目立つだろう? そうなると、その一人の男のために、喫煙者皆がマナーの悪さを指摘される。指摘されなくても、まわりがそんな目で見るんだよ。これって、多数が強いという原則に逆らっているよね。そう思うと、原則に逆らっている考え方というのは、どこかまわりに迷惑を掛けるものなんだよ。僕たち宗教に従事する人間も、大いに迷惑を被っている。実に困ったことだ」
 このたとえは、実によく的を得ていた。
 自分の中にある「宗教団体」という認識を改めなければいけないと思った。一つの観点や視点から見ていたのでは、見えてくるものを見えないからである。そうなっては、理解することなど、到底及ばないに違いなかった。
 警察に入ってから、正義というものを貫こうとしても、なかなか貫くことができずに戸惑っている人を今までに何人も見てきている。確かに警察組織というのは、正義を貫こうとする力はある程度持っているのかも知れない。しかし、そこに至るまでにはいくつもの段階があり、守らなければいけないものも無数に存在する。それを、
――秩序――
 というものであろうが、秩序を守ろうとすれば、正義がおざなりになることも多々あるのだ。
 この場合の秩序とは、警察組織そのものである。
 警察組織を守ろうとすると、どうしても、正義に目を瞑らなければならないことがある。特に国家権力が警察の力よりも強力であれば、警察はそれに従わなければならない。理不尽ではあるが、今までに何度も同じ理不尽に直面しているのだ。
 過去の元勲たちが築き上げてきた秩序は、えてして理不尽なものも多い。ジレンマに陥りながら、その時代時代を乗り越えてきたのだろう。だから、警察も国家権力も途絶えることなく、この国の秩序として、まかり通っているのだ。そのことに善悪をつけることはできるかも知れないが、そのことを裁くことはできない。これも一種の必要悪なのだ。そういう意味では、
――国家というのは、必要悪の存在もあって成り立っているのかも知れない――
 と言えるのではないだろうか。
 そんなことを考えていた山内は、自分もいつの間にか、警察組織の中に組み込まれていたことに気づいて、愕然となった。しかし、この思いは今に始まったことではなく、時々頭をよぎるものだった。その時々で感じ方に差はあるが、最初に感じる驚愕の大きさにはさほど差はなかった。つまり、次の瞬間からが違うのであって、我に返った時、その時の精神状態がどうなっているかによって違ってくるのだ。
 おじさんたち家族が、宗教団体に入信したからと言って、そのことを責めることは自分にはできない。
――第一、何をどうやって責めようというのだ?
 宗教団体のことも分からず、おじさんたちの今の気持ちや、信者の生活など、何も分かっていない状態で責めるとすれば、それはうわべだけの責めでしかない。すぐに言葉に詰まり、相手の論理に飲み込まれるのがオチだった。そんな状況にだけはなりたくなかった。相手に詰め寄ることはあっても、詰め寄られる経験はほとんどなかった自分に、責めこまれた時にどう対処すればいいのか、分かるはずもなかった。したがって、訊ねるとすれば、今起こっていることについての事実関係を確認することくらいしかできないだろう。
 それでも、おじさんが入信した時の気持ちを少し聞いていたが、それはきっとおじさんの方が話したかったからだろう。それに、これから何かを質問されるのは分かっているので、その時のために、自分の気持ちを話しておくと、話の展開上、説明がスムーズにいくと思ったからなのかも知れない。
 それは逆にいえば、おじさんは入信した時と今とでは、それほど考え方が変わっていないということを意味していたのだ。
 一通りおじさんの気持ちを聞くと、その時のおじさんの心境が少し分かってきた気がした。
 おじさんは性格的には同じ兄弟でも、父親とはまったく違っていた。
 父親のように厳格なわけではないが、その分、自分の気持ちを相手に伝えようとする思いがあった。そこに父には感じたことのない柔軟性が感じられ、その時々での判断力は、父に比べればかなりのものだと思えた。
 何しろ父は、独裁だったので、その時々で柔軟に考えることなどなかった。すべて自分の信念の下の行動だったのだが、まわりが同調しない時は、どうしていたのだろうか? おじさんの判断力と、それに伴う行動力を考えると、入信の際にも、かなりいろいろ考えたはずである。それは判断力が思考の裏付けによるものだということを物語っているからである。
 そこまで考えると、おじさんに話を聞くのは、立ち入ってはできないと思った。立ち入った話をしても教えてはくれないだろうし、本当に知らないこともあるだろう。下手に聞いて、そのことが宗教団体の中で問題になれば、自分だけではなく、おじさんの立場も危なくなることが分かったからだ。
 宗教団体は必要悪なのかも知れないが、しょせん悪は悪である。あまり深入りしては、相手も警戒し、飛んでくる火の粉は、当然のごとく振り払ってくるに違いない。
 しかし、聞かなければいけないと思っていることは聞いておかないと、何しにきたのか分からない。
「おじさんは、ここに入信した時、誰かに話したりしましたか?」
「僕の場合は、兄貴には一言話したよ。電話でだったんだけど、さすがに電話口で落胆しているのが分かった。兄貴の性格は分かっているつもりだったので、罵声を浴びせられることはないと思っていた。何も言わずに落胆されてしまうのは分かっていたので、面と向かうつもりはなかったんだ。兄貴に何を言われても入信の決意に変わりはなかったんだけど、やっぱり兄弟だからね。あまり気持ちのいいものではない。電話で済ませたのは逃げと取られるかも知れないけど、僕はそれでよかった。兄貴も面と向かうよりもよかったんじゃないかな?」
「そうなんですか。うちではあれからおじさんの話はタブーになってしまったので、何も話せなかったんだけど、僕は父に対して反発ばかりしていたので、本当はおじさんといろいろ話をしてみたかったんだ。今から思えば、どうしておじさんに連絡を取ろうと思わなかったのか、自分でも不思議に思っています」
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次