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寿命神話

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 最初は、変死体の数が少なかったので、それほど誰も意識していなかったが、変死体の数と、死んだ人の死体の腐乱具合の激しさ、しかし、猟奇的なところは何もない状況なので、余計に怪奇に思われて、不気味さが捜査員皆の中に残ってしまった。
 これは、上層部も想像できることではなかった。
 他の捜査をしている時も、例えば殺人事件が起こり、殺害された死体を見ると、ベテラン刑事でも、嘔吐を催していた。
「どうしたんですか? 殺人現場は何度も見ているじゃないですか」
 と、腐乱死体を見ていない人から見れば不可思議で仕方がなかったが、嘔吐を催した刑事とすれば、
「いや、大丈夫だ」
 と口では言っていても、顔は真っ青だった。
 目の前の死体を見ると、以前に見た腐乱死体が頭をよぎるのだ。
 その時に見た腐乱死体がさらに頭の中で進行している。虫がたかっていて、悪臭すら目の前の殺害死体の比ではない。
 そんな状態で、捜査をまともにできるはずもない。他の刑事はおかしいなと思いながらも、自分たちの捜査をするだけだった。
 腐乱死体を見た刑事の中には、新米の刑事も何人もいて、彼らはもっと悲惨だった。
 夢の中に腐乱死体が出てきて、さらに彼らがよみがえって追いかけてくるのだ。まるでゾンビ映画を見ているような感じである。
 しかも、中にはそのゾンビが自分お知り合いとしてよみがえってくるような夢を見た人もいた。悪夢でしかなく、ノイローゼとなって、仕事どころではなくなり、警察病院で治療を受ける人もいたりした。
 さすがに民間の病院に連れて行くわけにはいかず、警察病院で精神科の治療を受けた。
「皆、極度の怯えを抱えていますね。しかも、皆同じものに対してのようです。よほど恐怖に感じるものを見たのでしょう。このような状態の人が増えるのであれば、警察としても、深刻な問題にならないかと私は危惧しますね」
 というのが、警察病院の先生の所見だった。
 ただ、この問題は局地的なもので、広域ではなかったので、警察庁にまで話はいっていなかった。それを幸いと取るかどうかは今後の問題なのだが、少なくとも、県警単位では問題になっていたので、後はいかにかん口令を敷いて、問題の解決に慢心できるかということが大きかった。
 ここまでくると、警察の揉み消しの前に、県警のメンツにおいても何とかしなければいけない。白羽の矢が立ったのが、山内刑事だった。
 県警本部に呼ばれた山内刑事は、この事件を最初からオカルトっぽく考えていた。他の人に言えば、
「何をそんな非科学的な」
 と言われるだろう。
 しかし、柔軟な考えで今まで難事件も解決してきた山内に、非科学的という理論は通用しない。
 山内は、子供の頃に聞いたウワサを思い出した。親に対しての反発心が旺盛だったので、その話を完全には信じることはできず、結局今も、信じてはいない。しかし、思い出してしまったのだから、もう少し調べてみたいという意識に駆られていた。
 これは直接の捜査とは違っていたので、自分の時間を削っての捜査なので、それほど時間が割かれることはなかったが、最初のとっかかりが、自分が考えていたよりもアッサリだったので、山内も考えやすかった。
 子供の頃に聞いたウワサというのは、親戚、それも父方の親戚がある宗教団体に所属しているということだった。
 その人は父の弟になる人で、父とはかなり年齢が離れていたこともあって、当時、まだ二十代だったのではないだろうか。今は五十歳前になっているはずだが、家では宗教団体に所属した親戚の話など出るはずもなく、タブーとなっていた。
 一度、山内が口にしたことがあったが、
「バカ者。あんなやつのことを口にするんじゃねえ」
 と、えらい剣幕だったことで、二度と口にできる雰囲気ではなくなってしまった。
 最初は、おじさんが宗教団体に入ったなどという話を知らなかったので、
――いつもの親父の癇癪だ――
 としか思っていなかった。
 それにしても、ひどい癇癪になったものだ。いつもひどいが、その時は完全に狂気の沙汰だった。あんな表情は後にも先にもあの時だけだったような気がする。何しろ、訳も分からずいきなりだったのだから、当然のことだった。
 山内は、それからおじさんのことはずっと忘れていた。宗教団体が流行っていた時代だったので、
――おじさんも流行に流されたんだ――
 と思い、まわりに流された人は心が弱いと思っている山内には、おじさんの態度は、希薄にしか見えなかった。
 だから自分も、
――あんなおじさんなんか――
 と思っていたが、父親の感じている思いとは違っているのだと思っていた。
 実際はどうだったのか分からないが、家でおじさんや宗教団体の話がタブーになったのは当たり前のことで、家以外でも、宗教団体の話題が出ると、即座に顔をしかめてしまう山内だった。
 中座して帰ってこないこともあった。元々、人との会話で自分が嫌だと思うことは露骨に顔に出したり、中座することもあったのだが、その元々を作ったのは、父親が毛嫌いしたことから来ていたのだ。
 刑事になってからの山内は、意外と宗教団体関係の事件を扱うことが多かった。この街には地下で宗教団体が蠢いていることは分かっていたが、宗教団体と街の権力組織とが結びついて、犯罪が横行していた時期があった。
 それを、山内が独自の発想から、事件解決を一つ一つ積み重ねていくことで、宗教団体と権力組織との間の不和を呼び起こし、それぞれが疑心暗鬼を招くことで、内部分裂を引き起こし、空中分解してしまったようだ。
 それでも、細かく分裂した組織体が、少しずつ元の形に形成されるようになっていったのも事実で、
「まるで、アメーバのようだ」
 と言われていた。
 そんな連中を壊すことはできず、警察としては、
「出る杭だけは、頭打ちにする」
 という作戦しか立てられなかった。
 一網打尽にできないと分かってしまえば、それしかないというものだ。
 ただ、宗教団体も、権力組織も、一度完膚なきまでに叩き潰されたのだから、前のような活動はできなかった。裏で何をやっているのかまでは完全に把握はできないが、犯罪に露骨に手を染めるようなことはなかった。薬物を持ち込んだり、持ち出したり、そんなこともなくなった。表向きはレジャーセンターとして経営しているが、その裏で賭博関係を、細々と行っている程度だっただろう。そういう意味では、組織が目を光らせている中、一般市民が余計な犯罪に手を染めることもない。ある意味、彼らは「必要悪」であり、治安維持に貢献していると言ってもいいだろう。
「これも怪我の功名なのかも知れないな」
 と、県警の上層部は思っているらしいが、
「何を言っている。これがこれからの理想の世界に近づいた姿なんだ」
 と、山内は感じていた。
 そういう意味で、地下で蠢いていたはずの宗教団体は、今はある程度地上に出てきて、見えやすくなってきた。これも彼らの知恵というべきか、一度潰されたことで得た教訓だったのだろう。
 そのおかげで、山内の宗教団体への捜査はスムーズに進んだ。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次