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寿命神話

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「なるほど、確かに彼は俺たちと違う目線で見ているのは分かっていた。俺たち刑事の仕事は、昔から足を使って捜査するものだと教えられてきて、最近ではプロファイリングや科学捜査も導入されていて、それが一般的になってきている。俺たちくらいの年代には、その二つのジレンマに遭っているんだよ。昔から教えられてきたことを否定されているように思えて、どうしても委縮してしまう。若い連中が科学捜査を口にするたびに、実はイライラしてしまっている自分に気づかされる。山内刑事は、俺たちからみると、ちょうどその中間に当たるんだ。だから、余計に意識してしまうし、見ているだけで気になってしまうんだ」
「そうなんですね。でも、山内刑事は意外と足で情報を稼ぐという昔からのやり方も踏襲しているんですよ。異端児のように思われていますが、それは考え方の違いが最初に来るからで、実際には捜査方針に完全に逆らっているわけではないんです。そんなところが山内刑事のすごいところだと思っています」
 山内刑事の捜査に事件の重さを考えるようになった理由は、父親への反発に端を発していた。
 父親に対して反発はしていたが、実は無意識に尊敬できるところは尊敬していた。
 それはまわりを見る目であり、それが父親の人脈になり、まわりからは尊敬されている理由だった。
 気を遣っているというのとは少し違っている。気を遣うという行為に嫌悪を感じていた山内は、父親がまわりに気を遣ったり、媚びへつらうことで自分の地位を固めてきたと思っていたのだ。
 しかし、父親を嫌いになればなるほど、父親を正面から見るようになり、まわりを見る目というのが自分の知らないところで膨らんできていることに、無意識ながら気が付いていた。
 人のマネをすることが一番嫌いだったはずの山内に、いつのまにか父親の一番いいところである、
――まわりを見る――
 という考えが沁みついたことで、刑事になろうと考えたのも、その思いからだった。
「刑事にどうしてなりたくなったんだ?」
 と聞かれると、正直、その思いに言葉は見つからない。
 かといって、
「正義を貫き、困っている人を助けたい」
 などというありきたりで白々しいことは言いたくなかった。
 むしろそんな言葉は山内にとって、実に吐き気のしそうなほど嫌な言葉だったのだ。
 だから、最初、
「刑事になりたい」
 とまわりに言った時、誰もが信じられないという顔をした。
 一番刑事に似合っていない雰囲気に見えたからで、ひどい奴は、
「お前は、お世話になる方じゃないないのか?」
 などという輩もいたくらいだった。
 それでも刑事になってしまうと、誰もが最初にバカにしていたようなことは何も言わなかった。刑事になったことに対して驚いた人もおらず、
――ただ、目標を達成しただけ――
 と見られていたのだ。
 刑事になってからというもの、山内はその才能を最初から生かしていた。巡査の時期に人とのコミュニケーションを学んだようで、刑事になっても、決して威張ることもなく、最初は謙遜している態度に、上司からも
「模範になるに値する」
 とまで言われたほどだった。
 しかし、実際に捜査に赴くと、次第に先輩刑事に意見するようになった。
「新米に何が分かる」
 と言われても、自分独自の道を曲げることはなかった。
 最初とのギャップが、彼に対して余計に異端児としての見方が生まれたのであって、決して妬みからだけではなかったのだ。
 だが、最後には彼に対しての悪口は、妬みからだけにしか見えなくなっていた。
 なぜなら、事件の解決に一番近づいて、
「山内刑事なしでは解決できなかった」
 と言われるほどになってしまうと、彼への悪口は、本当の意味での悪口にしかならなかったからである。
 ただ、そんな山内刑事でも十年前の事件だけは分からなかった。
 自分がまだ新米刑事で、今ほど行動できなかったというのもあるが、
――頭の中に戸は立てられないからな――
 と、情報はある程度自分にも来ていたのに、頭の中で事件の大枠すら捉えることができなかった。
 今まで刑事として第一線に出て十年が経つが、事件の大枠すら捉えることができなかったのは、この時の事件だけだった。
 それを思うと、
――この事件、何としても解明しなければ――
 という闘志が芽生えてきたが、さらにもう一つ感じていることとして、
――今回の事件が、十年前のあの事件と繋がっているのではないだろうか?
 という思いだった。
 もしそんなことを口にすれば、
「何をいまさら、あれから十年も経っているんだぞ」
 と一喝されるのは分かっていた。
 あの事件は警察が解決できなかったという意味で、あの事件にかかわった警察官としては、汚点でしかない。それなのに、いまさらあの事件を蒸し返すということは、汚点を表に出すことであって、警察組織的にも、容認できることではないだろう。口に出してしまうと、あしらわれたあと、
「二度とこのことを口にするな」
 と恫喝するような捨て台詞を浴びせられるに違いなかった。
 もっと若い頃の山内だったら、そんな言葉を無視して、余計に反発していたことだろう。しかし、今の山内は、余計なことは口にしないようにしていた。
――どうせ言っても無駄なら、言わなければいい――
 これも、子供の頃からの父親に対して反発してた時に感じた、
――他人事意識――
 が起因しているに違いなかった。
 だが、山内刑事は。十年前の事件と今度の事件をまったく切り離して考えることはできなかった。この思いは山内刑事以外にも考えている人はいるかも知れないが、とても行動に移せる人ではないだろう。
 もし、十年前の事件が起因しているのであれば、山内刑事は、
――今回の事件、何か分かっても、揉み消されてしまうかも知れない――
 とも思えた。
 もちろん最悪の場合のことで、そこまで警察組織が腐り切っていないと思ったが、背後を考えると、ありえないわけでもない。政治家に少しでも関係のあることであれば、簡単に握り潰されてしまうのが、現在の警察組織である。
 警察捜査を急激に変えた科学捜査も、元々の発想は、警察の予算削減が原因だった。
 科学捜査において解決できないようなことであれば、早めに見切りをつけて、別の事件の捜査に目を向けることで、
「一つの解決できるかどうか微妙な事件を捨ててでも、その間に二つでも三つでも解決できることがあれば解決する」
 という方針が警察上層部での極秘情報になっていた。
 つまりは、科学捜査というのは、事件早期解決への足掛かりというだけではなく、その裏には、
――国民を納得させるための詭弁――
 に使われていたのである。
 しかし、今回のような事件はどうだろう?
 このまま報道されれば社会問題になりかねない。だが、今度の事件は幸いにも、変死体であり、殺害された死体ではない。マスコミをごまかすことは、それほど難しくはなかった。
 そういう意味でも山内刑事の危惧は、最悪の場合というわけではなく、十分に起こりうる問題を孕んでいたのだった。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次