寿命神話
「分かりました。それにしても、この事件、まるでキツネにつままれたような気がします。真正面から見ていても、何ら進展しないような気がするんですよ」
「前の事件もそうだったからな。ひょっとすると、少し角度を変えただけで、見えなかったものが見えてくるかも知れない。それには、固定観念というものを捨てなければいけないのかも知れないな」
「それは私も感じていました。固定観念というのは、私には『百害あって一利なし』ではないかと思っているんですよ」
「それは言い過ぎかも知れないが、ほとんどの場合には言えることだよな」
それを聞くと、山内は自分の高校時代を思い出していた。
固定観念というよりも、その頃は、
――男の意地――
のようなものだと思っていた。
元々、他人から押し付けられると反発していた山内だったが、小さい頃は逆だった。
「郷に入っては郷に従え」
ということわざがあるように、まわりから言われれば、考えもせずに、
――その通りだ――
と思っていたところがあった。
しかし、そんな山内に対して、気が強いことが信条だった母親は、
「あんた、しっかりしなさい。自分の意見をちゃんと持たないといけない」
と言われ、実は母親の意見を押し付けられていることに気づかぬまま、まわりから言われると、すぐに反発するようになっていた。
つまりは、まわりから高圧的に出られると、どんな内容であっても、反発してしまうという性格が根付いてしまったのだ。
子供の頃のことは、まだ自分で判断できない頃だったのではないかと思うと、そんな固定観念を植え付けた母親を憎んだりもした。
高校生の頃は、そんな自分の性格にまわりは賛否両論だった。
同級生は、比較的同調してくれたが、大人はそうはいかなかった。特に、
「出る杭は早めに打つ」
というような感じで、まるで
「腐ったみかん」
のように扱われていたのを感じた。
実は警察官を目指したのは、そんな自分の性格を生かせるところを目指していたからだった。
理不尽な高校時代を過ごしたと思っている山内だったが、根は正義感に溢れているところがあった。警察官にはもってこいの性格ではないかと本人は思っていたが、まわりはどうだっただろう?
あれだけ、しっかりしなさいと子供の頃に言っていた母親も、高校時代のグレた息子に対して、何も言えなくなってしまっていた。
「元々は、お前のせいじゃないか」
喉のところまで出かかった言葉を何とか呑み込み、怒りを押し殺して、母親に対しては勝ち誇ったような顔を見せた。そうすることで、母親は息子に対して、言い知れぬ恐怖を感じた。
――この子は何を考えているんだろう?
そんな恐怖が目に見えて分かるだけで、山内は勝ち誇った顔ができるのだった。
――どうせ、親なんて、自分の都合でしか子供のことを見ていないんだ――
と思いながら成長してきた山内は、警察官になると、
――親なんて、どうでもいいや――
と感じ、自分の世界に入っていた。
警察の仕事や捜査で、いろいろな家族を見てきた。自分が味わったよりももっとひどい家庭もたくさんあった。しかし、それはすべて他人事だった。
――親子であっても、他人なんだ――
という思いが山内の中で次第に大きくなる。
山内の前で親子というキーワードはタブーであるが、それは、すべてを他人事にしてしまうという性格を引き出すからだった。
山内の父親は、さらに最悪だった。
厳格を絵に描いたような人で、
――今の時代にあんな父親がいるなんて、まるで化石のようだ――
テレビドラマで見る、昭和三十年代の父親像が、そこにはあった。つまりは、父親の父親であれば、分かる世代である。
そういう意味でも、母親が少し気が強いのも分からなくもない。気が強くなければついてこれないからだ。
山内は、素直な少年だった。素直すぎて、少しきつく言われると、すべて自分が悪いと思い込み、相手の気に沿う性格になろうとしてしまう。その中には戸惑いも存在し、その戸惑いがそのままトラウマになってしまう。父親からも母親からも、トラウマを押し付けられて、子供の頃の山内少年は、可愛そうな子供だった。
「俺は他の連中とは違う」
いつも自分に言い聞かせているが、それは子供の頃に受けたトラウマへの反動である。
幼い頃のトラウマが、思春期を迎えた山内に反動というのを植え付けることになるのだが、ある意味、それも母親の気の強さと類似のものであった。
もちろん、そんなことが山内に分かるはずもなかったのだ。
山内は、今まで独自の視点から捜査を続けてきた。時には強引とも思えることもやってのけたりしたが、それでも、何とか犯人逮捕や事件解決に行き着くのだから、刑事という職業が天職なのか、それとも、よほどの強運の持ち主なのかのどちらかなのだろう。
まわりの人は、
「ただ運がいいだけさ」
という人の意見の方が多かったが、
「いや、運や偶然で事件が解決したんじゃ、俺たちの立場がないじゃないか。そんな風に思うということは、自分たちの捜査方法を自分で否定しているようなものだぞ」
と否定的な意見もあった。
後者の方が説得力があり、誰もが、
――その通りだ――
と思ったが、それでも山内刑事に対して肯定的な意見を言う人はおらず、それほど山内刑事のやり方は、異端児的なところがあったのだ。
「刑事ドラマじゃあるまいし。そんな簡単に同じ人に事件を解決されたんじゃ。たまったもんじゃないよな」
という愚痴にも繋がっていたが、時代の流れとともに捜査方針も変わってくると、次第に異端児的ではなくなってきた。
「山内さんのやり方は、強引にも見えるし、今までの常識を完全に覆しているが、一つ一つを拾ってみると、決して無理なことではないんです。一緒にいると、そのあたりが分かってきますよ」
山内刑事とコンビを組んだ後輩は、口を揃えて、そう言った。
「どういうことなんだい?」
「山内刑事は、事件の重さに対して、捜査方法を変えているようなんです。僕たちは、殺害方法やその他の手口から捜査するでしょう? まずは類似犯を探してみたり、指紋や目撃者の情報も、手口から探っていく。だから、結果から原因を探る方法なんですよね」
「それが一般的な捜査方法というものなんじゃないのかい?」
「確かにそうなんですが、山内刑事はそれよりも事件の重さをまず考えるようなんですよ。殺害方法から考えられる犯人像もしかり、連続殺人に繋がりはしないかということも考えている。そして、さらにビックリしたのは、その事件における社会的影響も考えているんですよ。しかも、社会的影響というのも、今目に見えている状況だけではなく、この後の状況すら頭に入れている。僕はあの人の頭の構造ってどうなっているのか見てみたいくらいですよ」
と若い刑事がいうと、年配の刑事が、