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寿命神話

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 このような状態で、どれだけいるか分からない行方不明者の捜索など、できるはずもなかった。
 何しろ行方不明者という言葉はあまりにも抽象的だ。行方不明と言っても、いろいろなパターンがあるだろう。
 何かの犯罪に巻き込まれたという場合一つを取っても、被誘拐、被殺害、自分が加害者になって、逃亡しているなど、いろいろである。
 犯罪とは無関係の場合、失踪が一番多いだろう。生きるのが嫌になって蒸発した。あるいは、自殺を考えて、死体が見つからない場所で密かに死を迎えるなども考えられる。警察としては、こんな人まで相手にしなければならないとすれば、ウンザリすることだろう。
「死にたければ勝手に死ねばいいが、こっちに迷惑が掛からないようにしてほしいよな。まったく……」
 と、思っていることだろう。
 しかし、思っていたとしても口に出すことはできず、それがストレスに関わっていく、
「警察官は、市民の安全を守る職業だが、自分たち警察官を守ってくれる存在はない」
 というのも事実で、ストレスが溜まったとしても、自分で解決するしかないのだ。
 山内亮平という刑事がいるが、彼もその一人、十年前に刑事となり、現場主任として、毎日を勤めていた。刑事になる前の巡査の時代も含めると、そろそろ十五年近くになるだろうか。四十歳が近づいてきたが、まだ独身で、自分としては、まだまだ脂がのりかかった時期で、これからが自分の人生の正念場だと思っていた。
「山内さん、最近変死体が多いですね」
 部下の刑事が、山内刑事に話しかけた。
「確かにそうだな」
 その日は夕方になって河川敷の橋の下で、変死体が発見された。
 発見された場所に共通性はないのだが、変死体という意味ではここ最近、頻繁に発見されていた。だが、それはこの地区だけに限ったことではなく、他の地域でも同じ傾向にあるようで、それが全国に広がって、社会問題になるまでにそんなに時間が掛からなかった。
 ただ、発見された変死体にはある共通点があった。
「こんなに腐敗が激しいなんて」
 何度、この言葉を聞いたことだろう。
 実際に顔を見ただけでは、元の顔を想像するのが難しい。身体もあちこち崩れていて、皮膚が剥がれ落ちてきそうだった。しかし、解剖してみると。それほど内臓はひどい状態ではないらしい。だからこそ、発見された死体の死亡推定ができず、行方不明者から当たろうとしても、なかなか難しかった。
「死人に口なしとはよく言いますが、本当にこの人は誰なんでしょうね?」
 警察に指紋が残っている人であればいいのだが、指紋で照合して見つからなければ、身元不明の遺体が発見されたというだけで、それ以上、どうしようもない。特に外傷がなくて、解剖の所見も外部からの暴行の後でもなければ、事件になることはない。
「内臓は綺麗だということ以外、他に変わったところはありませんね」
 法医学解剖での所見は、それ以外に何もなかった。発見された遺体が少数であれば、別に問題にはならなかっただろうが、週に何体も発見されるに至っては、さすかに捜査しないわけにはいかなかった。まるで雲をつかむかのような事件である。
 今のところ、目立って大きな事件もないので、捜査本部を設けないまま、捜査が行われた。捜査本部を設けると、マスコミに余計な詮索をされてしまい、報道されてしまって問題だった。
 とりあえず事件性があるかどうかも疑わしい中、何か得体の知れないものが蠢いているのを捜査員は感じていたが、あまりにも漠然としているがため、下手にマスコミに煽られても、余計な騒ぎを起こしかねない。
 元々マスコミというのは、アリの巣のような小さな穴を、まるでクマの住処くらいの大きな穴にしてしまうのが仕事である。あることないこと書かれても、根拠がないだけに、警察もどう説明していいか困ってしまう。もちろん、上からの圧力でかん口令を敷くわけにもいかず、秘密裏に動くしかなかったのだ。
 まず、身元の確認が急務だった。被害者(と思しき人)が誰なのか分からないことには、捜査のしようもなかった。
 今のところ指紋照合で合致する人はいなかった。これだけの腐乱状態なのだから、行方不明者だとしても、実際に行方不明になってからどれだけ経っているのかを考えると、行方不明者に当たったとしても、合致する人を探すのは困難の極みだろう。
 そんな時、先輩刑事が一言呟いた。
「そういえば、十年くらい前にも、変死体が増えた時期があったな」
 十年前というと、山内が刑事になった頃のことだった。
「私が刑事になってすぐくらいのことですね。覚えていますよ。確かあの時は被害者の特定にはそんなに時間は掛からなかったんだけど、逮捕までには至らなかった。私はまだ新米だったので、その理由は詳しく教えてもらっていませんでした」
 それを聞いた先輩刑事は、話を続けた。
「あれも奇妙な事件だった。被害者は全員毒殺されていて、毒の種類も同じだった。その時の事件には今のことも含めて共通点が多かったんだ。まず最初の捜査では、被害者は皆どうして殺されなければいけないのか分からなかった。近所や家族の評判もよく、地道なありきたりな捜査では殺されなければいけない理由もない。それだけに犯人像も沸いてこないんだ。完全に迷宮入り寸前だったんだが、殺されたうちの一人が公安からマークされていたらしく、内偵を進めていた会社の『裏の仕事人』だったようだ。そこから犯人を割り出そうとしたのだが、最重要参考人として浮上した男が、警察の捜査が及ぶ前から行方不明になっていて、捜索願が出されていたんだ。警察はその男の身辺を探ったが、身内も言っていたのと同様、彼が失踪する理由はどこにもなかった。被害者を殺害するという理由さえなければね」
「それでどうなったんですか?」
「その事件は、それ以降進展しなかった。行方不明になった男以外には、犯人として浮かんでくる人物がいなかったんだからね、容疑者はたくさんいたんだが、どの人にも完璧なアリバイがあったりして、捜査はどうにもならなかった。まあもっとも、皆の頭の中には行方不明になった男が犯人だという偏見が強く根付いていたのも事実なんだろうね」
「他の変死体はどうだったんですか?」
「共通点というよりも、まったく同じような状況だったと言ってもいいだろう。犯人に一番近かった男は行方不明になっていて、他に怪しい人たちは、アリバイがあるか、怪しいといえば、誰もが怪しくなってしまい、結局決め手に欠けてしまっていたというわけさ。どの事件も迷宮入りになってしまい、当時はマスコミにもかなり叩かれたものだったんだ」
 その話を聞いた山内は、
「なるほど、今回の捜査に、マスコミに対して過敏に反応しているのは、そのあたりのこともあったからなんですね」
「ああ、そうだ。しかし、必要以上にマスコミというのは騒ぎを大きくするのも事実で、ここまで何も分からない状況は、あいつらに好物なんだろうな。だから、俺たちもなるべくマスコミに関わらないようにしないといけないんだ」
「これは、思った以上に神経をすり減らすことになりそうですね」
「そういうことだ。お前もせいぜい気を付けるといいぞ」
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次