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寿命神話

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 それにしても、麻衣はなぜ今頃になって、山内の前に現れたのだろう?
 復讐のためだと考えるのが一番妥当なのだが、本当にそれだけなのだろうか?
――何か大きな秘密を秘めていて、それを口にしたくて仕方がない――
 そんな表情にも見えた。
 気になるのは、麻衣の向こうで暗闇に蠢いて、苦しんでいる声だった。
 麻衣に叱責されている間は気にならなかったが、麻衣の言葉が途切れると、断末魔のうめき声が気になって仕方がなくなる。
「まさか、そこにいるのは、佐土原君?」
「そうよ。あなたが殺した佐土原さんよ」
「そんなバカな、彼は死んだはずだ」
「だから、あなたが殺したんでしょう?」
「違う。俺は殺してなんかいない。あれは事故だったんだ」
「口では事故だっていくらでも言えるけど、あなたは自分の心にウソをつける人だから、平気で言えるのよ。卑怯や卑劣などという言葉をすでに凌駕しているわ」
 麻衣の言葉はどんどん過激になっていく。
 こんな過激な言葉を平気で口にできる麻衣は、すでに自分の知っている麻衣ではなかった。
「そうよ、私はあなたの知っている麻衣ではないわ。でもね、これが本当の麻衣なのよ。それを引き出したのは、やっぱりあなた、あなたさえいなければ、私は表に出ることもなく、表の私は佐土原さんと幸せな未来が待っていたのよ」
 麻衣も、裏表のある人間だったのか、そういう意味では、裏の麻衣を引き出すことができるのも、裏表のある自分だったと考えれば、辻褄が合う。もっともこれは麻衣の話を全面的に信じた場合の話ではあるが……。
「私は、佐土原さんとの恋を、消してしまおうと思ったわ。そうすれば、気が楽になると思ったの。でもできなかった。あなたが何も知らないうちに、自分が佐土原さんの記憶を消してしまうということは、彼の存在自体を消してしまうような気がして、私にはできなかった。まさかあなたが、自分から記憶を消していたなんて、私は知らなかったから、最初はあなたを許せばそれでいいのかって思った。でもそれは間違いだって悟ったの」
「どうして悟ることができたんだい?」
「私は、佐土原さんの実家でお世話になった。そこで佐土原さんのお父さんに犯されたのよ。私は何もかもが嫌になった。この世の男は、しょせん皆同じだと思った。死んでしまおうとまで思っていたところに現れたのが、武藤部長だった」
「えっ、武藤部長って、あの紀元研究会の?」
「あなたは知っているようね。ええ、そうよ、あの武藤部長。彼が私を救いに導いてくれたのよ」
「じゃあ、君は宗教団体に入信していたのかい?」
「ええ、宗教団体とか私には関係ないの。救われるならそれでいい。どうせこの世を普通に生きることなんて私にはもうできないのよ。私に残された道は、復讐しかなかった」
「その相手が僕だということかい?」
「ええ」
 何ということだ。麻衣は自分に復讐するためにずっとそれだけを考えて生きてきたというのか。
「佐土原君のお父さんはどうしたんだ?」
「とっくに死んでいるわ。もっとも、あの男は私以外にも酷い目に遭った女性もいて、あの男はその人からの復讐を受けた」
「そんな……」
「しょせん、あの男はそんな男だったのよ。殺されても可哀そうだなんて、まったく思わなかった。私は人の生き死にには興味ない。興味があるのは復讐だけ。それもあなたへのね」
 山内はたじろいでしまった。
 こんなところで死んでは溜まらないという思いと、恐怖とで身体が鉛のように重たくなっていた。
「あなたには死んでもらうわ」
「紀元研究会というところは、復讐支援機関のようなものだったのか?」
――まさか、そんな機関が存在するわけはない――
 という思いを持っていながら、わざとありえない言葉を口にして、カマを掛けたつもりだったのだが、
「ええ、そうよ。あなたが今捜査している変死体。あれも、紀元研究会が関わっているのよ。紀元研究会に入信した人たちは、誰かしら、殺したいと思っている人がいるの。彼らは私と同じ、裏表を持っていて、もう一人の自分の存在も知っている。だから、彼らには復讐をすることができるの。自分たちは復讐をするために生きてきたとすら思えるほどの力を身につけていた。別に紀元研究会に入ったからと言って、その力が身についたわけではない。その力の引き出し方を、紀元研究会から教えてもらうのよ。そういう意味ではああなたが今言ったような、復讐支援機関という言葉が、この場合、的を得ていると言えるんでしょうね」
「そんな殺人集団が、宗教団体の仮面をかぶっているわけか」
「殺人集団? よく言えたものね。あなたたち警察が無能で、被害者がどんどん増える。被害者がいくら声を出しても、警察は何もしてくれない。だから紀元研究会なんてものが存在するのよ」
「やつらは、人知れず、復讐のための殺人をするのか?」
「彼らがするんじゃないわ。復讐を企んでいる人の手助けをするだけ、復讐される相手が死んでも、自然死にしか見えないので、復讐をした人に警察の追及が及ぶことはないわ。そうあなたが、佐土原さんを殺したようにね。でもね、復讐をすれば、その人もただでは済まないの。死んだ相手の年齢までしか、生きることができないのよ。ところで、どうしてあの団体を「紀元研究会」っていうか知ってる?」
「いや、知らない」
「そうね、あなたのような人には考えも及ばないわよね。この国の紀元前後、神話があったのよ。その神話は一部の考古学者にしか知られていない。内容はかなり人間性に特化したもので、まるで人間を作った神が、人間のいろいろな性格をテストしているような感じなのよ。その神話の中に、復讐劇が載っているの。自分にとって大切な人を殺された人が復讐するんだけど、それは神の力を借りてね。その人は他の誰にも知られることもなく殺害に成功するの。でも、彼の寿命はその瞬間、神から与えられた寿命を他の神に塗り替えられるのよ。つまりは、殺した相手までしか生きられない。でも、人間というのは、罪の呵責に苛まれるもので、寿命が分かっていて、しかも罪の意識を背負っていると、死ぬよりも苦しいことに気づくのね。そうすると、自殺を企てる。でも、それは許されない。その人はそれから年を取らなくなった。せっかく寿命までは自由に生きられたのに、成長するということまでままならなくなったのね。でも、時間だけは無常に過ぎていく。肉体的に年を取らないんだけど、過ぎていく時間は容赦なく寿命に近づいてくる。本人は年を取らないので寿命がいつかも分からなくなってきた。そして、いよいよ塗り替えられた寿命の日に到達してしまう……」
 聞いているだけで、汗が流れ落ちるのを感じていた山内だった。
「それでどうなったんだ?」
「その人は、一気に年を取ってしまい、そのまま絶命してしまう。身体は一気に年を取ってしまうことに耐えられず、死んでしまうと一気に腐乱してしまったんだ。腐乱している表面とは別に身体の内部は綺麗なもので、不思議な変死体が発見されるというわけなのよ」
「そ、それはまるで今発見されている変死体のようじゃないか」
「……のようじゃないかって、その通りなのよ。だから、団体の名前は『紀元研究会』という名前になっているのよ」
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次