寿命神話
「まるで浦島太郎の話のようだ」
「そうね、あの話はきっと、この伝説の乗っている神話をあの時代の誰かが見て、それで創作したのかも知れないわね。御伽草子という話のほとんどは、紀元研究会で研究されている内容なのよ」
「腐乱していない変死体は、復讐された人で、腐乱した変死体は、復讐した変死体だということなんだ」
「その通り」
「でも、今の話を聞いていると、復讐される人よりも、復讐を企てる人の方が、残酷なんじゃないか? そんな運命が待っているのを知りながら、それでも復讐を行うというのか?」
「そうよ」
「でも、宗教団体なら、そんな人たちを救うのが宗教の意義なんじゃないか? 俺には分からない」
「あなたのような人には分からないでしょうね。でも、復讐をした人が救われるには、現世を犠牲にするしかないの。来世では逆転するのよ。これこそが宗教の教えというんじゃないのかしら?」
「残酷だ」
「そんなことはないわ。その証拠に武藤部長は、寿命を少しでも伸ばそうとして努力しているでしょう? あなたもそのお話を聞いたはずだわ」
「まさか、この間の話にそんな含みがあったなんて……」
「だから、あそこは団体重視なの。個人にとっては、それどころではないので、それで、武藤部長が頑張っているというわけ」
山内は考え込んだ。
――一体、俺はこれからどうなるというんだ――
山内はこの期に及んで、気持ちの中では何とか助かりたいと思っている。
――これが夢であってほしい――
などと考えていた。
実際に自分が佐土原を殺したという意識もないのに、どうして死ななければいけないのか。刑事になってたくさんの死体を見てきたこともあって、死に対して深く考えることもなく、感覚がマヒしていた。マヒしなければやっていられない商売であるからだ。
「もう、あなたは終わりなの」
そう言って、麻衣は恐怖の形相に変わっていった。そして、麻衣の顔に白いものが生えてくるのを感じた。
――まるで白い苔のようだ――
そう思って見ていると、何と顔から腐乱し始めたのだ。
「あなたは知らなかったでしょうけど、私はあなたと同い年なのよ。元々あなたに復讐するために、あなたの記憶を捜査した。あなたが、あの街で私や佐土原さんと接していた記憶は、すべて私が後から埋め込んだものなのよ」
「そんなバカなことが」
「できるのよ。それが紀元研究会の力。だから、私はあなたに今復讐をしているので、あなたの年齢に達して、このまま死んでいくことになるの。これが私の復讐。あなたにすべてを話して、私は満足だわ」
消えゆく意識の中で、麻衣が断末魔のうめき声をあげるのを感じ、いつの間にか、自分もそれを見ながら、恐怖におののきながら死んでいくことを悟ったのだ……。
「この死体、山内さんですね」
新米刑事はそう言った。
「ああ、そうだな。この隣で腐乱した女の死体が一緒にあったんだが、山内がどこかに隠し持っていたということかな?」
「じゃあ、これは心中ではなく、山内さんが殺したか、死んでしまった女の死体をどこかに隠していて、自分は自殺をした?」
「よく分からないな」
「まあ、山内さんという人もよく分からない人だったので、あの人らしいということでしょうか?」
「ああ、やつには、かつて警官時代に人を殺したという疑惑があったんだ。知らなかったのは当時の捜査員の中で本人だけだったんだがな。証拠がないだけで、完全にクロだったんだ」
「それなのに、どうして刑事に昇進できたんですか?」
「それは知らないが、上層部に圧力があったようだ」
「どんな?」
「どこかの宗教団体だって聞いてる」
「結局、あの人は宗教団体から離れることができず、惨めな死体となって発見される運命だったわけですね」
「しょせん、こいつの寿命はここまでだったというだけのことさ」
「そういうことですね」
山内刑事の死が、世の中にまったく何の影響も及ぼすこともなく、今日一日は過ぎていく。麻衣の身元はすぐに判明し、手厚く葬られた後は、佐土原青年の隣に墓が設けられ、二人は永遠に来世で結ばれる運命を手にしたのだった……。
( 完 )
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