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寿命神話

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 やはり死を覚悟していたのは間違いないのだろう。死をも恐れていないということは、それ以上に生きることが苦痛だったのか、それとも、生きている間にしなければいけないと思ったことをまっとうしたことでの満足感なのか。
 もしそうであるとすれば、寿命まで生きたと考えるのも、一つかも知れない。しかし、それ以上に何かの目的があって、それを成就するために、
――命を削った――
 などという発想は、無茶なものだったのだろうか。
 いや、山内がこの事件の真相に近づいた時期があったとすれば、そのターニングポイントは、この時だったのかも知れない。
 ただ、せっかくのターニングポイントを迎えたというのに、それ以降、中に入ることができなくなってしまったことで、頭の中が膠着状態になった。そのため、少し事件から頭を切り離そうと考えたのも事実だった。
 最初に腐乱死体が頻繁に発見されていた時期は、誰もが、
「こんなの事件性もないし、発展もしないだろう」
 と思われていた。
 しかし、一気に死体が発見されたことで、何かが動き出した気がしてきたのは、山内だけではないだろう。
 新米刑事もそのことは分かっていた。他の会話の中でもこの事件に対しての意見を山内から聞き出そうとしているのが分かった。
 自分もいろいろな意見があるが、まずは先輩を立てて、先に話をさせないといけないと思っているに違いない。そう思うと、彼の勝気な性格が、手に取るように分かってくるようだった。
 そんな山内が、事件から頭を切り離したいと思っていた矢先、ちょうど、麻衣から連絡があった。今度会ってほしいという話だった。
「いつでもいいけど」
 というと、
「じゃあ、明後日の夕方ではいかがですか?」
「ええ、いいですよ。この間のバーでいかがですか?」
「分かりました」
 と言って、約束を明後日の夕方のろくじ八時にしていた。
 その日、山内は午後から非番だったからである。
 山内は、この二日間、なるべく変死体事件のことはあまり考えないように、日ごろの勤務をこなしていた。
 実際には、変死体事件の他にも事件がないわけではない。大事件があるわけではないが、毎日のように、事件は発生していて、決して暇などという言葉を言えるような状況ではなかった。
「ふぅ、今日も一日が終わったか」
 と、山内は独り言ちたが、山内にとって事件の大小が問題ではなかった。
――いかに、事件が解決した後、自分の中にストレスが残らないか?
 というのが問題だった
 大事件であっても、事件解決とともに、忘れられそうなものであれば、それほどきつくはないし、小さな事件であっても、自分に大きな関りがあれば、ストレスとして残ってしまう。それは山内に限ったことではないし、警察だからというわけでもないだろう。
 それだけに、山内は解決した事件に対して、思いをなるべく残さないようにしようと思っていた。前を向いて歩くには当然のことだ。
 しかし、最近ではそれだけではいけないような気がしていた。終わった事件を簡単に忘れてしまおうとする姿勢こそ、何か自分に後ろめたさを残してしまいそうな気がして、必要以上に何かを考えている自分を想像してしまう。
 そんな時は気分転換に限るのは分かっているのに、気分転換をするための趣味があるわけでもない。せめて、馴染みの店を作って、酒を呑むくらいのものだとしか思い浮かばなかった。
 そういう意味では、常連ばかりのお店で、自分が行く時は、たいてい他に誰もいないような環境を作ることができるあのバーは、山内にとってのオアシスであり、「隠れ家」でもあったのだ。
 バーに到着すると、麻衣はすでに来ていた。
「やはり、僕よりも早かったんだね?」
「ええ、でも、私には待ち合わせの時の、いつもの時間なんですよ」
 待ち合わせをした時、誰よりも一番早くいるのが麻衣だということは分かっていたので、他の女の子なら、それでも先に自分が着いていようと思うのだろうが、相手が麻衣だったら、敢えて彼女よりも遅く来ようと思った。待ち合わせ時間よりも早ければ、それでよかった。誰よりも早く来ることを心掛けている人よりも早く来ることは、その人のプライドを傷つけてしまうことになる。それくらいのことは山内にも分かった。いわゆる「デリカシー」というやつだ。
 店は七時から開店しているが、本当に客が増え始めるのは、十時過ぎくらいである。それまでにマスターが仕込みや店の整理などを行い、準備をしている。いつものように手際のいいマスターを見ていると、八時と言っても、まだ宵の口くらいの感覚だった。
 そういえば、学生時代に友達と待ち合わせをした時、絶対に自分よりも早く来る人がいた。二人きりで待ち合わせをする時も、集団で待ち合わせをする時も、彼よりも早かったことは一度もなかった。
 しかも、不思議なことに、彼は自分よりもいつも五分早かった。
「まるで、図ったようだな」
 と言ったことがあったが、
「俺には分かるのさ。お前が何時頃に来るのかというのがね。だから、絶対に五分前に行こうと思うと、その思いは叶うのさ」
「どうして分かるんだ?」
「相手が君だからというわけではなく、誰かと待ち合わせをした時、その人よりも早くいかなければいけないと思うと、自分が何時に出なければいけないか分かるんだ。それは身体が教えてくれるのであって、まるでお腹が減った時に、お腹がグーって鳴って教えてくれるだろう? あの感覚と同じなんだ」
「それじゃあ、まるで本能のようじゃないか」
「俺も最初は本能のようなものかと思ったんだけど、本能というよりも条件反射のようなものに近いかな?」
「どっちも似ているように思えるんだけど?」
「それが違うんだ。条件反射には、感情のような意識は存在しないけど、本能には、意識が存在している。そこが違う気がするんだ」
「それって、目覚ましなしで目が覚めた時のような感覚なのかな?」
「それもちょっと違う。いきなり目が覚める時というのは、夢を見ていて、最後に見たくないものや、もっと見ていたいと思う両極端な感情が生まれた時、目を覚ますんじゃないかな? でも、目が覚めてしまうと、夢を覚えていないので、なかなかその感覚になることはないと思うんだ」
「夢というのは、本当に覚えていないんだろうか? 寝ている時だけ感じるものがあって、起きている時と眠ってからでは世界が違うので、見ているものが違っているというだけのことなんじゃないかって思ったことがあった」
「そういう意味では、目が覚めるにしたがって、夢を忘れていくって俺は思っていたんだけど、覚えているのが本当で、ただそれは夢の中だけの世界のもので、目が覚めても覚えている方がおかしいという考えも成り立つのかも知れない」
「そう思うと、夢というのは、中途半端なものだよね。まるでコウモリのようだ」
「というと?」
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次