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寿命神話

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「ミステリー小説というと、事件そのものに焦点を当てて、そこに人間関係や、心理を当て嵌めて描いたものなんでしょうが、推理サスペンスというジャンルもありますよね。それって事件そのものよりも、起こった事件に対し、警察組織と犯罪組織との間での話が多かったり、警察内部の問題がクローズアップされたりするものが多いような気がします。やっぱり組織というものはテーマになりやすく、特に国家組織に関係しているものは、どうしても、話題になりますよね」
「俺はそんなに深くは感じたことはなかったんだが、警官時代から刑事に昇格してから、いろいろな矛盾を感じているのも事実なんだ。警官の頃は、早く刑事になって、事件解決に一役買いたいなんて思っていたけど、すぐに警官時代が懐かしくなったのも事実だな」
「僕はまだそこまでには至っていないですが、今のところ、そんな気になるような思いはないんです。刑事になったと言っても、一番の下っ端ですからね。一生懸命にやっているのが精いっぱいで、置いて行かれないように努力をしているというところでしょうか?」
「そういう新鮮な考えの人の意見も貴重だと思っているんだ。自分にだって、そんな時代があったはずなのに、今では忘れてしまっている。今の自分に気づかないことに気づいてくれるような気がしてね。だから、意見をいろいろ言ってくれると助かると思っているんだ」
 そういえば、山内が刑事になりたても、先輩刑事から、
「お前はどう思う?」
 と聞かれたこともあった。
 あの頃は、先輩に対して恐れ多いと思っていたこともあって、実際に思っていたことをすべて話せたわけではなかったが、自分についている今の新米刑事を見ていると羨ましく思えてきた。
「意見というのは、人それぞれにいろいろあっていいと思うんですよ。中には絶対に承服できないと思う意見もあると思うんですが、それだって、相手の意見を聞いた上で、自分の考えに照らし合わせて見ているわけでしょう? まずは、考えている人がいれば邪魔せずに考えさせることと、意見がまとまっているのを感じると、聞いてみるというところから始めてみようと思ったんですよ」
「それはいつの話なんだい?」
「つい最近のことですよ」
 山内が刑事になりたての頃も、それに近いことを考えていたように思う。
 十年も経っているからなのかも知れないが、今ではそんなことはすっかり忘れてしまっている。
――彼のように口に出していれば、今も覚えているのだろうか?
 と考えたが、少なくとも、口に出さずに自分の中で溜めていくと、忘れてしまう効率が高いのかも知れないと思った。
「言葉に出すことで、忘れないようになるということもあるんだろうか?」
「あるでしょうね。僕は、さっきの武藤部長の考え方。分かる気がするのは、今の世の中、個人主義が横行していると思うんですよ。団体よりも個人という発想は、皆の心の中にある。実際には、個人よりも団体を優先しないと社会は成り立っていかないので、余計に個人を尊重しようという思いは罪悪のようにまで見えてしまって、そのため、口にすることはタブーになったりしている。その代わり、同和教育があったり、差別を問題化する教育があったりするんでしょうね。でも、それは、偏った社会を作らないための、詭弁のようにも見えるんです。僕の偏見ですけどね。そのために、考えていることを口にできない人が増えてくる。それで今先輩の言ったように、言葉にすることで忘れないようにしようという思いとは逆に、言葉にできないから、忘れてしまうという考えが人の心の中に培われているのかも知れない」
「でも、それは口にしてはいけないという思いが強くて、忘れたくなくても、無意識に忘れようとするのかも知れないぞ」
「そうかも知れません。いや、そうなんでしょうね。でも、僕には個人が優先なのか、組織が優先なのかということは分かりません。逆に一つに絞ってしまうと、永遠の命題に思えてくるんですよ」
「どういう意味で?」
「さっきの、タマゴが先か、ニワトリが先かという話に関わってくるんですが、鼬ごっこのような気がするんです。きっと、皆同じことを考えているとは思うんですが、考えないようにしているように思えてならない」
「この話をすると、感じるんだね?」
「ええ、何か共感するものがあると思っていっているんだろうけど、すぐに忘れてしまう。意識してはいけないという思いが宿るのかも知れないと感じます」
 新米刑事がここまでいろいろ考えているとは思ってもいなかった。
 山内は、自分の発想と新米刑事との発想が似ているところは分かっている。しかし、どこが違うのかということを考えると、感じるものがあまりない。実際に自分の中で、まだ隠れている部分があるように思えてならなかった。
――一体どうしたというのだろう?
 ここまで発想してきて、さっきまで考えていたことが消えていくような気がしてならなかった。
 武藤部長との話もついさっきのことだったのに、まるで数日前に話をしたことであるかのような錯覚があるくらいだ。自分の頭が混乱しているのは、自分の発想が悪いのか、それとも、人の意見を整理できない自分に原因があるのか、自分でも分かっていなかった。
 今回の変死体遺棄事件の第二段が発見されて、少し事件の様相が変わってきたこともあって、捜査本部はさらに混乱していた。
 一番の疑問は、
「なぜ、片方の死体はすべて腐乱しているのに、もう片方には腐乱の形跡がないのか?」
 ということだった。
 さらに、
「片方は、死亡時期がバラバラなのに、まとめて発見されていて、片方は、死亡時期も発見時期もバラバラだが、連続はしている」
 という疑問も残っていた。
「まとめて発見された方は、腐乱している死体だった。しかも、死亡時期が異なるのに、腐乱状況に変わりはない。誰かが言っていたように、浦島太郎の玉手箱みたいに、まるで寿命まで一気にまっとうしたから、死んでしまったのではないかという考えに至るのは決して無理もないことだ」
 と思えた。
 それに輪をかけて思い出されるのが、紀元研究会の武藤部長の話だった。
「寿命を延ばすとか言っていたが、そんなことができるわけもない。でも、もし何かの薬を使用して、それを促す研究が行われているとすれば、これらの死体は、その実験台なんじゃないか?」
 とも考えられた。
 死体のすべては腐乱していたが、死の間際まで、苦痛があったとは思えないような表情だった。
 腐乱していたのは身体だけで、なぜか顔には腐乱は見られない。綺麗な顔がそのまま残っていたのだ。
 さらに、彼らの顔には満足感のような表情さえ見られた。普段から苦痛に満ちた死体しか見ていなかったからなのかも知れないが、彼らの顔に、死に対しての恐怖は少なくとも見られない。
――まさか、自分が死ぬとは思っていなかったのだろうか?
 いや、そんなことはなさそうだ。
 やはり感じた満足感への思いは薄くなることはなかった。その表情からは、満足感と同時に、
――潔さ――
 が見られるのだ。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次