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寿命神話

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「ええ、そういうだろうと思って、待たせています。こちらです」
 と言って新米刑事は、部屋の奥の応接室に案内し、待たせている紀元研究会の幹部と称する人と会見することになった。
 部屋に入ると、奥の席に一人の中年男性が座っていた。山内の顔を見ると席を立ち、
「私は、こういう者です」
 と、丁重に名刺を渡してくれた。
「紀元研究会 総務部部長 武藤健吾」
 と書かれていた。
 武藤は、黒いスーツに白いネクタイという出で立ちで、雰囲気は、
――いかにも胡散臭い団体の幹部だ――
 というイメージを醸し出していた。
 しかし、腰の低さは胡散臭さを払拭できるほどで、笑顔さえ見せていた。
「この度は、どうもご足労いただきまして、ありがとうございます。早速ですが、今回の事件と行方不明になった方とが、どこで結びついたんですか?」
「はい、うちの会では、入会された方で、独り身の方には、住まいを提供していたんですよ。失踪された古沢課長もその一人でした。一般の会社の借り上げ社宅のような形式だったので、他の入会者の方も同じコーポに住んでおられるんです。だから、近所付き合いはそれなりにあったんですが、課長を急に見なくなったという話が総務部にあったので、彼の部へお話を聞きますと、本人から、一週間ほど休暇がほしいということで、お休みしているという話だったんです。それで様子を見ていますと、一週間経っても、二週間経っても出社もしてこなければ、連絡もない。こちらから連絡を入れると、携帯電話に電源が入っていないというアナウンスが流れたんです。おかしいとは思ったんですが、先ほどの刑事さんにお話したように、もし脱退しても、なかなか他の企業では雇ってくれない。会の名前は外の企業に、宗教団体として見られているという問題と、さらには、うちの会では、完全実力重視ですから、俗世間のような年功序列式の会社ではうまくいかないのも分かっているので、戻ってくる公算が大きいと思ったんです。でも、さすがに数か月過ぎると、その可能性が低くなってくるのも分かりましたので、会の方針として、半年経てば捜索願いを出すという方針に変えたんです」
「事情は分かりました。しかし、行方不明者の捜索というのは、、年月が経てば経つほど難しくなります。それを承知の上で、この決断をされたんですか?」
「ええ、うちとしても、ここに所属している人の人間としての尊厳は、十分に尊重していますので、時間が掛かってしまいました」
「でも、何かの事件に巻き込まれた可能性もあるでしょう? 身内だったら、居ても立ってもいられないんじゃないですかね?」
「そうですね。でも、ここには彼の血縁者はいません。身内と呼べる人はいないんですよ」
「それはあまりにも冷たいんじゃないんですか?」
「おっしゃる通りですが、私たちの団体は、身内のいない人がほとんどなんです。だから、皆失踪しても、すぐには探さないでほしいと心の中で思っているはずなんですよ。会の中ですぐにでも捜索願いを出そうかという話も出て、何度か話し合ったんですが、時期尚早という意見が多かったのも事実なんです。一匹狼というのは、そういうところがありますからね」
「あなたも、そうなんですか?」
「ええ、そうです」
 武藤部長は、ハッキリとそう言い切った。
 どうやら、紀元研究会というところは、元々身内のいない人の集まりから始まったところのようだ。
 そういう意味では、他の宗教団体とは違っている。
 それだけ洗脳するにはやりやすく、宗教団体の中で結婚すれば、
――団体にとってのサラブレッド――
 として、純血主義を保つこともできるだろう。
「それでは、あなた方の団体は、将来的には純血主義のようなものを目指しているんですか?」
「そうです。もちろん、長い目で見なければいけませんからね。さらに団体を継続していく上では、どうしても人の数は一定数必要になってくる。当然、純血主義とは行かないでしょう。矛盾を抱えているのも事実ですが、基本は自由をモットーとしています」
「ということは、純血主義以外でも、紀元研究会というのは存在しているわけですか?」
「名前は変えていますが、同じ思想を持った同志という意味では、別に活動されているいわゆる『仲間』としての団体も複数存在しています」
「複数なんですか?」
「ええ、自由に発足できるように、我々の思想を元にした団体を支援するために、自分たちも協力を惜しまないんですよ」
「そうは言っても、その頂点に君臨するのは、あなた方なんでしょう?」
「そういうことになりますね」
 どうも話だけを聞いていると、昔のソ連邦を思わせた。紀元研究会という一つの連邦があり、それをいくつかの衛星国が形成しているような雰囲気であり、それを自由だと宣伝しているこの男から、まるでプロパガンダを受けているようだった。
 これ以上、この団体の話を聞いていると、こっちがおかしくなってくる。
 後から考えると、これも相手の作戦だったのかも知れない。
 最初に手の内を見せるようにしていながら、間髪入れずに責めてくると、頭が混乱し、さらには違った妄想を起こさせることで、それ以上興味を持たせないようにしようとする、高度なテクニックだったのだろうか。
――もしそうだとすれば、我々も舐められたものだな――
 宗教団体というのも、あの手この手を考え、生き残りをかけているに違いない。
 一つ言えることとして、今回の変死体発見事件が、少なくとも紀元研究会に大いに関係していることだけは確かなようだ。
 ただ、彼らにはそれなりに自信があるのかも知れない。
「どうせ、お前たちの低俗な脳みそでは、我々の高度な計画や考え方についてこられるわけがない」
 とでも言いたいのだろう。
 山内は、話を本題に戻した。
「ところで、今回の変死体の中で発見されたこの人は、研究所では、どんな役割だったんですか?」
「彼は、ドクターでした」
「ああ、お医者さんだったんですね。きっと優秀な医者だったんでしょうね?」
 皮肉たっぷりに聞いてみた。
――おたくの団体は、頭脳集団らしいので、こちらの世界では、大学病院の博士級の医者だったんじゃないか?
 とでも言いたいのを、山内はグッと堪えていた。
「ええ、もちろんそうですね。彼は病気の人を治すだけではなく、研究会の中でもドクターチームを作って、うちの中だけでも人の寿命を延ばそうと、日夜研究に励んでいましたからね」
「そんなに素晴らしい人だったんですね。でも、寿命を延ばそうというのは、何かが違っているように思いますが?」
 まるで神への冒涜だと言いたかった。
 それは、今まで武藤部長の口から出た言葉で、一番無防備な言葉に思えた。
――自分たちのことを宣伝し、虚勢を張りたいだけなのではないか?
 とすら感じさせるもので、その思い込みこそ、相手の思うつぼだということに、山内は気づいていなかった。
 やはり相手は海千山千の相手、
――しょせん、宗教団体なんて胡散臭いだけだ――
 と思い込んでいる間は、相手に口で勝つことなど永遠にできるはずもなかった。
 それこそ人を疑うことが商売である警察官としての性が影響してしまっている皮肉な結果でもあったのだ。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次