小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

寿命神話

INDEX|23ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

「ということは、変死体を捨てた人は、腐乱した死体を纏めて捨てた理由を、身元が分からない状態まで待って捨てたというわけではないようですね。身元が分かると困るのなら、指紋は消しているでしょうし、そもそも、放置状態で発見されたということは、発見させるのが目的だったんでしょうね」
「……」
 麻衣は続けた。
「でも、どうしてこの時期だったんでしょうね? この時期に発見させることに何か理由があるんでしょうかね」
「そこは分かりません。でも、腐乱した死体というのは、何となく不気味ですよね。今の話を聞いていると、『腐乱した死体』を発見させることが目的だったということになりますね。ただ、殺されたり自殺したという様子ではないんですよ。そこが不思議なんですよね」
「前に発見された変死体とも違っていますしね」
「一口に変死体と言っても、いろいろありますからね。今は地道な捜査から分かってくることを一つ一つ組み立てていくしかないと思っています」
「本当にそう思っているんですか?」
「ええ」
「私には、どうも一筋縄のやり方では、この事件は解決しないと思うんですよ。何か見えない力が働いているように思えてならないんです」
 麻衣の表情は、普段の麻衣とは少し違っていた。
 顔の右半分には光が当たっているが、左半分にはまったく光が当たっていない。その影になった部分で、麻衣はどんな表情をしているというのだろう?
「麻衣ちゃんの話を聞いていると、頭の中が混乱してくるのが分かるんだ。この話は、またゆっくり自分一人で考えてみたいな」
 というと、麻衣も恐縮して、
「そうね、ごめんなさい、素人が余計なことを言って」
 というと、さっきまで左半分を覆っていた闇の部分が晴れてきて、普段の麻衣のにこやかな表情が戻ってきた。
「いやいやいいんだ。貴重な意見として聞いておくよ」
 と言ったが、普段であれば、他人から貴重な意見を貰っても、時間が経てば参考にはしても、大きく心の中に残っていることはなかったが、今回は麻衣の言葉が頭から離れなかったのは、なぜなんだろう?
 その日の麻衣とのデートは中途半端な気持ちで終わってしまった。
「また明日から、捜査の毎日だ」
 と呟き、少しも疲れが取れていないことを感じていた。
 実際に翌日からの仕事は、今までにないほどの疲労を感じていた。それは傍から見ていても分かるようで、
「どうしたんですか? 山内さんらしくないですよ」
 と、憔悴気味の山内に声を掛けていた。
「何か悩みでもあるんですか?」
 と聞かれて、
「悩み? そうだな、悩みだとハッキリ分かっていれば、対処のしようもあるんだろうが」
 と答えたが、実際に本人もどうしてこんなに疲れが残っているのか分からなかった。
――やっぱり、デートのつもりでいた自分が甘かったのかな?
 と感じたが、刑事の立場で女性とどのようにして付き合っていけばいいのか分かっていない山内には、デートの最中に捜査中の事件の話を持ち出されたことがショックであった。
 しかも、核心に触れていないとはいえ、捜査で知り得た内容を、口に出してしまったことも、後悔していた。
――軽率だったよな――
 と思ったが、どうして麻衣がこの事件をこんなに気にするのかが分からなかった。
 ただ、脳裏に浮かんできたのは、巡査時代の佐土原の溺死事件だった。麻衣が佐土原にかつて勉強を教えてもらっていて、知り合いだったこと。そして、街を出てから、佐土原の実家で世話になっていたということ。そのどれもが、山内の脳裏から離れず、
――今の自分と麻衣とを結びつけている唯一のカギは、佐土原という人間の存在なんだ――
 と感じていた。
 それは、佐土原が生きていても死んでからも同じである。
 もし生きていれば、二人は付き合っていたかも知れない。家庭教師と先生というのは、結構カップルになる可能性が高いだろう。
 しかも、あの街は、村と言ってもいいくらいに過疎化していて、若者は少ない。もし二人が恋に堕ちたとしても、まわりは、強硬に反対するか、大いに賛成してくれるかのどちらかだろう。
 反対するとすれば、街自体が閉鎖的な意識が強く、よそ者の血が混じることを嫌がる風習からだろうが、昭和の前半ならともかく、平成の時代にはそぐわないだろう。
 自分が警官の時代には、街の人からありがたく思われていて、おせっかいとも思えるくらいに大事にされていた記憶がある。ただ、それは裏を返すと、
「重宝されていた」
 というだけで、自分たちの利用価値を考えて、そこから生まれる損得勘定が生きたのかも知れない。
「あまりにも寂しいじゃないか」
 と自分に言い聞かせたが、もし、そんな感情が少しでもあったとすれば、麻衣と佐土原が付き合うことを強硬に反対されたとしても、仕方のないことなのかも知れない。
 だが、街の過疎化という状況に直面していて、自分を重宝してくれた街の人たちなのだから、
「若い力」
 という意味で、佐土原を重用しようという思いもあったに違いない。
 村の若い男子は、中学を卒業すると、都会に出ていく。進学で出て行く者もあれば、中学卒業とともに、当てもなく出ていく者もいた。
 当てのない人間は、都会ではまるで、
「蜘蛛の巣に掛かった蝶」
 のような状態だ。
 身動きの取れない状態にされ、後はゆっくりと食べられるだけ、そんな心境を食べられる寸前まで想像したことがあっただろうか?
 もしあったとすれば、いきなり都会に出ていくなどという無謀なことはしないだだろう。ただ憧れているというだけで都会に出て行くことは自殺行為であり、実に浅はかだ。都会の人からすれば、
「そんな連中に同情する気にもなれないよ。よほど甘い気持ちでいただけのことなんだろうな」
 としか答えないだろう。
 死体の第二段が発見されて、その翌日に、急転直下の展開が起こった。
「山内さん、大変です」
 と、朝山内が出勤すると、待っていいた新米刑事に声を掛けられた。
「どうしたんだ?」
「ええ、実はこの間の変死体の身元が一つ判明したんです」
「それはよかったじゃないか」
 というと、新米刑事は戸惑った表情で、
「それが、判明したというのは、紀元研究会から、捜索願いが出たからなんです。紀元研究会と連絡を取って、指紋を採取すると、変死体の中の一つと、指紋が一致したんです」
「えっ、どの死体とだい?」
「ええ、腐乱した死体の一体だったんですが、その死体というのは、半年ほど前に急にいなくなった会社で言えば課長クラスの人だったらしいんですが、研究会としては、いずれ帰ってくるかも知れないからということで、私物はそのままにしてあったらしく、そこから採取した指紋が一致しました」
「どうして、帰ってくると思ったんだろう?」
「それも聞いてみましたが、この会である程度いた人は、俗世間に出てもうまくいかず、また戻ってくる人が多いそうなんですよ。だから、研究会としても、戻ってくるかも知れない人の捜索願いはなるべく出さないようにしているらしいんですが、さすがに半年以上経っているので、捜索願いを出したということなんです」
「失踪した時のことを詳しく聞いてみたいものだな」
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次