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寿命神話

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 まるで負け犬の遠吠えにも似た行為は、刑事としてのプライドが許さない。宗教団体というのがどうしてなくならないのか、その秘密がそのあたりにあるのかも知れないと、山内は思った。
「ジャーナリストとしてはフリーなので、本当に自由に話をしてくれると思います。ただ彼もプライドが高いようなので、そのあたりは気を付けて話をしてくれると助かります。さらに彼は見た目と性格に開きがあるようなので、奥に秘めた何かがあると思っていただけるといいかと思います」
 内通者も、さすがに危険な仕事をしているだけに、感覚が鋭くなってくるのも当然だった。
 さらに彼は話してくれた。
「元々、紀元研究会というところは、前身を創生会と言っていたのをご存じですか?」
 と聞かれて、
「ええ、存じています」
「創生会は最初から宗教団体だったわけではなく、ただのサークルだったんですよ。創生というように、何かを作り出すことをモットーにした人の集まりで、それは、いわゆる頭脳集団と言ってもいいような感じでした。私が入った時はすでに宗教団体になっていたんですが、パッと見、宗教団体と分からないような感じでしたよ」
「それって怪しいですよね」
「そうじゃないんですよ。宗教色が強くなったと言っても、別に人に迷惑を掛けるわけでもないし、入信も脱退もほとんど自由だった。今もその傾向は残っているんですが、普通の宗教団体のように、神様を崇めたり、教祖が一人で教えを諭したりと言ったカリスマ性があるわけでもない。法人格として宗教法人になっていますが、その一部は学校法人と言ってもいいのではないかと思うようなところもあるんですよ。私は、その部分に共感して入信したんですけどね」
「でも、脱退したんでしょう?」
「ええ、フリーでジャーナリストをしようと思うと、紀元研究会という名前がネックになってしまう。そこで止む負えず脱退することにしたんですが、仕事が理由で脱退する人は結構いて、そういう脱退に関しては、あの団体は寛容ですね」
「聞けば聞くほど、宗教団体らしくないような気がしますね」
「ええ、団体の中は一応組織になっているので、上下関係を示す役職は存在しているんですが、実際には、それほど厳しくはないんですよ。一般サラリーマンが働いている会社の方がよほど上下関係が厳しい。紀元研究会では、メリハリさえしっかりしていれば、そんなに上下関係にやかましいわけではないんです。その方が、目上の人に対して尊敬の念が湧いてくるというもので、上のものも、尊敬の目で見られると、襟を正して、下のものの相談にも親身に乗ってあげられるんですよ。だから、私は紀元研究会というのは、現代の『理想郷』のようなものじゃないかって思うんです」
「なるほど、よく分かりました」
 話を聞いていれば、いかにもと思えてくるが、少し冷静になって考えれば、あまりにも都合のいい受け答えに感じられた。もし、彼がプロパガンダのために脱退したように見せかけているのであれば、完全に確信犯である。何と言っても、入信や脱退が、ある程度自由だというのも胡散臭く感じられる。
 しかし、彼のいうように、紀元研究会はその前身の創生会の時代から、宗教団体として世間を騒がせるような事件を起こしたことは一度もなかった。二十年前に世間を騒がせたあの宗教団体は、紀元研究会とはまったく違って、明らかに独裁団体だった。
 内部は完全にシャットアウトしてしまい、政府の官房長官のような人がスポークスマンとして出てきて、彼が報道陣の相手をしているだけだった。窓口として彼の姿をテレビで見ない日はなかったくらいだ。
 彼の場合は完全に時間稼ぎの役割が強かった。
 警察組織も、確固とした証拠もないので、令状が取れず、内部を捜索することができなかった。
 彼らの犯罪のほとんどは、入信した人の家族から、捜索願いとともに、宗教団体に入っているのが分かると、連れ戻してほしいという要望だった。
 しかし、肝心の本人が拒否しているのだ。
 そんな家族が一人や二人ならそれほど問題にはならなかったが、弁護士団を率いて、訴訟を起こしたりしたものだから、大きな社会問題になった。
 そんな時、彼らが起こしたかも知れないと思われる犯罪が露呈したことで、訴訟から目が逸らされた。
「保身のために、新たな犯罪を起こされてはたまらない」
 ということで、捜査も慎重にならざる負えなかった。
 そんな状態で、警察と宗教団体の間で睨み合いが行われる中、スポークスマンが出てきたことで、またしても世間の目はそちらに向いた。
 しかも、スポークスマンのパフォーマンスは、他人事のように見ている人から見れば、面白い存在だった。ワイドショーで騒がれると、いきなり時の人になり、完全に目は彼に向いてしまった。
「またしても、やつらの常套手段だ」
 と思われ、次第に警察も手が出せなくなってしまった。
 下手に動けば、余計な社会問題を引き起こさないとも限らないからだ。
 その宗教団体も時間稼ぎをしていたが、思ったよりも早く収束に向かった。
 きっとスポークスマンも、
「こんなに早く、話題が収まるなんて」
 と思ったことだろう。
 何しろ、彼はテレビに出すぎたのだ。
 改まって新しい事実が出てくるわけでもなく、ただ彼がテレビでパフォーマンスを示すだけだ。
「人の噂も七十五日」
 というではないか。
 新しい話題があるわけでもないのに、ただテレビに出ているだけでは、そのうちに飽きられてしまうのは当たり前のことだった。
 最初の印象が強ければ強いほど、それ以上のパフォーマンスはない。どんどん萎んでいって、最後には消えてなくなるのだ。
 そんなことは分かっていての時間稼ぎだったのだろうが、それ以上に人間の飽きが来る早さと、他人事だと思っているアッサリ感とでは、どうしようもなかったに違いない。
 宗教団体の教祖は逮捕され、内部が公開された。
 テレビで放映できないほどの装備があったことで、またしても話題を攫ったが、教祖が逮捕されてしまっては、もう人の心はすでに団体から離れて行った。
 ただ、人の気持ちの中に、
「宗教団体イコール社会悪」
 というイメージが浸透してしまった。
 元々、胡散臭いものだというイメージは誰もが持っていたのだろうが、その思いを決定的にした出来事が、この二十年前の一連の社会問題だったのだ。
「ここまでくれば、少々のことが起こっても驚かない」
 とまで言われた社会問題、今考えてみれば、
――一体何が問題だったんだろう?
 と思えてならない。
 それだけ時間稼ぎが巧妙だったのか、それとも、事件そのものよりも、宗教団体という得体の知れないものに対しての、漠然とした悪いイメージがこびりついてしまったことが問題だったのだろう。
 それ以降、宗教団体が世間を騒がせるということはなかった。
 むしろ、個人による凶悪犯が増えたり、陰険な苛めやネットなどによる見えない暴力が蔓延ってみたり、ストーカーのような人間の心理の奥深くに住み着いた悪魔が悪さをするような時代になっていた。
 全体的に陰湿で、暗い何かが渦巻いている世の中になったものだ。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次