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寿命神話

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「そんなことはないと思う。争った跡もなかったし、誰かが怪しい人を見かけたわけでもないので、事故以外には考えられないという判断だったんだよ。麻衣ちゃんは、何か彼の死に疑問でもあるのかい?」
「いえ、そんなことはないんです。ごめんなさい、急に昔の話を蒸し返してしまって」
 少し激昂していた麻衣の溜飲が、次第に冷めてくるのが分かってきた。
 一体何にこんなに興奮したのかよく分からないが、確かに当時、彼の死が、誰かに襲われたのではないかということで捜査が行われたのは事実だ。付近の聞き込みも行われ、それで怪しいところはないという結論になったのだが、当時の山内にはなぜ彼の死に疑いが向けられたのか分からなかった。
 しかし、それから少しして、彼の死について疑問を呈した投書があったということを聞かされた。ワープロで打たれたもので、しかも匿名だったので、誰が出したのか分からなかった。
 文面としては、
「この間、池で溺れて亡くなった佐土原修二さんの件についてですが、彼は本当に事故死なのでしょうか? 怪しいところがないかどうか、厳正に捜査の方、よろしくお願いします」
 というような内容のものだったらしい。
 半分は悪戯ではないかと思われたが、投書を無視するわけにもいかず、聞き込みや厳正な司法解剖、さらに彼の交友関係などから、彼を恨んでいる者がいないかなどの捜査が行われた。
 しかし、怪しいところは何もなかった。投書は悪戯だったとして、そのままになってしまったが、山内の中では、
――彼の死が事故だったことは間違いないだろう。しかし、投書が誰が何のために出したのだろう?
 と、しばらくは頭から離れなかった。
 これも、彼の死がトラウマになってしまった一つの原因だった。だが、山内はなぜか、このことを意識しないようにしていた。意識することで、自分が抱えていたトラウマがせっかく薄れかけているのに、また元に戻ってしまうことを恐れたのだ。
――だが、投書があったことは、その時の当事者しか知らないはずだ。それなのに、麻衣の話はまるであの時の投書のようではないか。まさかとは思うが、あの投書は麻衣が出したのではないか? だが、それなら何のために麻衣がそんなことをする必要があったというのだろう?
 ということを、頭の中でいろいろ考えてしまっていた。
 しかし、これもすべて憶測だ。
 麻衣は佐土原さんの家にお世話になっていたと言っていたが、その時に、母親によって何かを吹き込まれたのかも知れない。何か少しでも疑問があれば、アリの巣ほどの穴が、どんどん大きくなって、大きな洞窟になってしまったのではないだろうか。
「麻衣ちゃん、佐土原さんのお母さんは、どう思っているんだい?」
 と聞いてみた。
「事故だと思い込んでいるみたいです」
 という答えが返ってきたが、考えてみれば、冷静さを取り戻した麻衣にそのことを訊ねても、返ってくる答えは決まっているのではないだろうか。
「そうだよね。お母さんとしては、息子が誰かに恨まれていたなんて、考えたくもないからね」
 愚問を口にしてしまったことに、山内は後悔した。
 だが、麻衣が何かを考えていることだけは確かだったが、あまり詮索しない方がいいのではないかとも思えてきたのだ。
 その日は、それ以降、砂土原の話はしなかった。お酒も適当に入ったことだし、明るい話に終始したのがよかったのか、
「また会っていただけますか?」
「ええ、もちろん」
 まるで妹のように思っていた麻衣が、熟した果実のように新鮮さに甘みを増した姿で現れたことは、山内を有頂天にさせた。
 その日はそのまま別れたが、連絡先を交換していたので、次に会うまでにはそれほど時間が掛からなかった。山内の方は仕事が忙しいということもあり、自分からなかなか連絡を取ることができなかった。刑事という職業柄、自分から誘ってしまって、もし急遽事件が起こってしまえば、すっぽかすことになる。もっと仲良くなってからならそれでもいいのだろうが、再会した相手とはいえ、十年という年月は想像以上に長いものだった。
 それでも、麻衣は時々メールを入れてくれ、
「今の段階でお暇であれば、今度の土曜日などいかがでしょう?」
 というお誘いだった。
 山内は、とりあえずの決まっているシフトを提示していたので、麻衣の方も誘いやすかったに違いない。
「いいですよ。待ち合わせ場所はお任せします」
 約束はメールで簡単に決まった。
 事件らしい事件もなく、ちょうど平穏な時期だったのは幸いだった。
 それだけに、麻衣が変死体が増えていることを口にしたことは、少し気になっていた。再会が十年という想像以上の時間だということと同時に、あの事件からも同様の時間が経過している。確かに、十年という期間は長かったが、麻衣との再会では、まるで昨日のことのように思えた。それを思うと、麻衣が自分と出会ったことで、それまで遠い過去だと思っていたことに対し、急に身近に感じたとしても、それは無理もないことではないだろうか。それだけ時間の感覚というものは曖昧で、人が関わってくると、簡単に変わってくるものだということを感じさせられたような気がした。
 麻衣と待ち合わせをする数日前、紀元研究会の内通者と連絡が取れ、団体の建物の外で話が聞ける人がいるという。その人は最近まで研究会に所属していて、今では脱退し、ジャーナリストの道を進んでいるという。
「その人には、団体の秘密について、聞こうとはしないでください。彼が話したいことをこちらが聞く。そして、それについて質問は受け付けるが、決して立ち入った話はしないということを約束してください」
 と言われた。
「それはもちろんです。それにしても、宗教団体を脱退してジャーナリストの道を進むなんて、すごいじゃないですか」
 というと、
「いやいや、紀元研究会のスタッフも信者も、入信前はしっかりした職についていたり、高学歴だったりする人が多いんですよ。だから、脱退しても、自分で自立もできるし、社会に適合もできる。これが他の宗教団体との違いなんですよ。他の宗教団体は、脱退する人がいないでしょう? 脱退できたとしても、いきなり社会に放り出されることになるので、なかなか社会適合ができるはずもない。元々、社会適合ができない人が救いを求めて宗教に入るというパターンが多いので、それも当たり前のことなんですけどね」
 なるほど、言われてみればその通りだった。
「宗教というのは、救いを求めて入信する人が多いのに、入ってしまうと、隔離されたようになって、独裁的な組織の中で、自由もなく、よくそれで精神的に耐えられるなと思っていたんだよね」
 というと、
「一度挫折を味わったことのある人間からすれば、そんなことはないんですよ。自由がなくて、縛られている方が安心できる場合もある。何でも自由にしていいと言われると、その場で競争社会に身を置くことになる。気の弱い人なら、すぐに押し潰されてしまう。それに比べれば少々自由がなくても、生活の保障をしてくれるんだったら、そっちの方がいいと思う人は少なくないんですよ」
――俺だって挫折の一つや二つ――
 と思ったが、口に出すのはやめた。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次