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寿命神話

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 と思って、やっとなった刑事だったが、刑事の中でも先輩には逆らえない。
 さらに先輩刑事でも、県警本部のお偉方や、検察には逆らえないのだ。
――どこまでいけばいいんだ?
 という思いがジレンマを引き起こし、
――刑事なんかにならなければよかった――
 とさえ思うようになったが、それでも事件が解決した時など、自分が解決したわけでもないのに、脇役として従事したことに、自己満足を感じていた。
 そのうちに、部下が入ってくるようになり、年数を重ねていくうちに経験も積んでくると、第一線では責任者として扱われるようになると、それなりにやる気も出てきた。三十歳後半になってくると、ちょうどその頃が、同僚や部下とも会話ができてきて、警官の頃の自分を思い出してきたのだ。
――やっと、第一線で認められるようになって、ここからがスタートだ――
 と思うようになると、それまでうまく回っていなかった歯車が、少しずつ噛み合うようになってきた。
 それが、麻衣との再会だったのだ。
 もし、あの時、麻衣に声を掛けてもらえなければ、再会することもなかったかも知れない。近くにいても、昔の知り合いと再会するきっかけは、そうあるものではない。どちらかが発見して声を掛けなければ成立するものではない。山内には、相手を知り合いだと思っても、自分から声を掛けるだけの勇気はなかったのである。
 それを謙虚と呼んでいいのかどうか、山内には分からなかった。相手が男性であれば、躊躇なく話しかけていただろう。もし、自分の思っている人と違っていたとしても、
「ああ、ごめん。知り合いと間違えた」
 と、正直に言えるだろうし、また自分の思っている人だとして、相手が忘れていたとしても、
「俺だよ、俺」
 と言って、忘れていたことを思い出させようとすることで、自分に対してのショックを和らげようとするに違いない。
 しかし、相手が女性であれば、違った相手に声を掛けてしまうと、その恥辱から顔が真っ赤になってしまったり、相手が覚えていてくれなければ、思い出させようとする気力もないほどに、ショックに陥るに違いない。
 それなのに、今回は相手から声を掛けてくれた。何とも感激なことであるのに、何と自分が相手を思い出せなかった。
 それでも、相手は怯むことなく話しかけてくれたことで、山内に悩む隙を与えなかったのは、ありがたいことであった。
――いきなり声を掛けられると、どんなに覚えている相手でも、すぐには思い出せないものなんだな――
 と思うと、自分から声を掛けて、相手がすぐに思い出してくれなかったとしても、それは仕方のないことだということも分かった。
 声を掛けてくれたことで感激したのと同時に、この思いを抱かせてくれた麻衣に、感謝の言葉は見つからないほどだった。
 それにしても、麻衣は大人っぽくなっていた。
 高校生から短大生になった時も、
――うわあ、こんなに大人っぽいんだ――
 と感じたはずなのに、それ以上に感じるというのは、この十年というのは、自分の想像以上のものだったに違いない。
 麻衣と再会した日、別に何かいいことがあったわけでも、むしゃくしゃすることがあったわけでもない。ただ、酒が呑みたい気分だった。
 そんな時というのは、結構あるもので、一か月のうちでも、二、三日はあるかも知れない。
 歩いていて、何となく汗ばむ気がしてくる日がそんな時だった。顔がポカポカしてきて、アルコールを欲しているのが分かる。お腹も減っていて、食事をしながら酒が呑みたいのだ。
 山内は、そんな時、居酒屋や炉端焼き屋に行きたいとは思わない。まわりはほとんどが集団で、一人で来ている客がいようがいまいが、意識することなく、自分たちの世界を作っている。
――うるせぇな――
 と思いながら、バカ笑いをしている連中に歯ぎしりしながら、我慢するなど、実にバカげている。
 一人で呑む時は静かに呑みたいものだ。そんな時は、バーがいい。料理もマスター独自の味を持っていて、見た目よりもボリュームのあるものを出してくれる。これがまた酒にマッチするのだ。型に嵌った料理しか出してくれず、騒がしいだけの居酒屋に行くよりも、一人静かに呑む時は、やはりバーに限る。
 そんな馴染みの店を、いくつか山内は持っていた。
――いずれは、女性を伴って来てみたいものだ――
 と思う店もあり、最近は一番のお気に入りの店に、その日は出かけるつもりだったのだ。
 後ろから声を掛けられた時は、すでに店の近くまで来ていた。
「山内さんは、これからどちらに?」
 と言われ、
「馴染みのバーが近くにあるんだけど、そこで軽く呑んでいこうと思ってね」
 というと、麻衣は嬉々として喜びをあらわにし、
「私もご一緒していいかしら? 実は私も、呑みに行きたいって思っていたんです」
 これには、山内も驚いた。
 まるで運命のようなものを感じながら、店に入る自分を思い浮かべていた。
「おや、山内さん。今日はお連れさんがいるんだね?」
 とマスターから言われてみたいと思っていた絵を、想像していた。まさに、想像どおりのシチュエーションが浮かびそうだ。
「ええ、ぜひ。ご一緒しましょう」
 久しぶりにワクワクした気持ちになり、その日、バーに行こうと思い立った自分を褒めてやりたかった。
――やはり歯車は噛み合い始めたんだ――
 と感じた。
 今まであまり信じていなかったバイオリズムが信じられるようになってきた。
 もし、刑事の山内しか知らない人が、普段の山内を見てどう思うだろう?
「あれって、本当に山内刑事?」
 と思われるかも知れない。
 刑事として勤務している時は、あまり仕事以外の話をしようとしない。重要な事件を捜査している時は当然なのかも知れないが、事件が解決して一安心している時も、誰かと話すこともなかった。
 最初の頃は話しかけられていたが、返事が曖昧で、疲れているようにしか見えないその様子に、誰も話しかけることはなくなった。次第に山内刑事が疲れているわけでなく、普段から不愛想なのだと分かれば、誰も相手にはしなくなるというものだ。
 刑事としては、
「あいつなら、安心して任しておける」
 と、上司に言わせるほどの仕事ぶりだったが、そんな人ほど、一匹オオカミだったりするものだ。
 しかし、どうも一匹オオカミというのとも少し違うと考える人が多いのも事実で、何か人に言えない過去を背負っているのだろうかと思われていた。
 人には誰でも人には言いたくないような過去があるものだが、露骨に態度に出す人は、意外と刑事には多いのかも知れない。
 ただ、刑事を離れると、結構一人で自由に過ごしている。一人なので孤独なのだが、孤独を寂しいとか、辛いとか思わなければ、それなりに楽しかったりするものだ。誰にも関わることなく一人でいる時間の楽しみを覚えると、刑事でいる時間も、事件が解決した時など人と関わりたくないと思うのも無理もないことだった。
 山内が背負っている過去というのは、巡査時代のことだった。
 巡査になって四年目が過ぎていた頃だった。街の人にも慣れ切ってしまっていて、すれ違う人皆に挨拶をする、
「優しい駐在さん」
 として、皆から親しまれていた。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次