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寿命神話

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 先輩刑事から、叱咤を受けながら自分で理解していくしかないこの世界、誰が助けてくれるわけではなかった。
「警察官は市民の安全を守るが、俺たちを守ってくれるものは何もない」
 と言われた言葉が身に染みて感じられた。
 学生時代とは打って変わって厳しい世界に飛び込んだ山内は、さすがに最初は逃げ出したい気持ちになっていた。
 別に警察官になりたくて大学に入ったわけではない。目標があったわけでもなく、学生時代も適当に勉強して適当に遊んで、それも適当なので、遊んだと言っても中途半端だった。
 ここでも、厳格な父親の血を引いているのかと思うと悔しくて情けなかった。思い切り羽目を外すことのできない自分を、父親の血のせいにしていた。半分は間違っているのだろうが、半分はその通りだった。
 だからこそ、すべてが中途半端だった。情けなく思うのも中途半端。結局、何になりたいという意志もなく、就職活動よりも、安定の公務員を目指した。
 本当なら役所勤めにでもなれればよかったのだろうが、下手な鉄砲を撃ちまくることで何とか不安を解消するしかないと思い、その中で警察官の試験もあり、最終的に合格したのが警察官試験だったというだけだった。
 最初は迷った。
 中途半端な自分に警察官が務まるわけもないし、厳しい世界に自ら飛び込んでいく勇気もなかった。
 だが、他に就職活動をしていたわけでもない。いまさら他の職を選ぶというのも、同じくらいのリスクがあった。頭の中には就職浪人という選択肢はなかったのだ。
 警察官の研修はさすがに厳しかったが、何とかやり遂げることができたのは、父親への反発心からだったに違いない。
 ここで引き下がったら、何を言われるか分からないという思いがあり、ついていくのがやっとだったが、それでも必死に食い下がった。
 その甲斐あってか、県警の中でも実家から少し離れたところの交番勤務になった。家から通うことはできないので、警察がアパートを借りてくれたが、一人暮らしは願ったり叶ったりだった。
 交番勤務はそれまでの気持ちを変えてくれた。父親に対してのわだかまりは消えたわけではなかったが、まわりの人への気遣いが身に染みて感じられるようになると、警察官としての自覚も芽生えてきたのだ。
 事件らしい事件もほとんどなく、平和な街での暮らしだったが、それでも、多かったのは少年少女による万引きや、非行に走る高校生の保護だったりした。
 自分の学生時代には、非行に走るなどという勇気もなかった。引きこもっていたわけではないが、人との関わりはほとんどなかった。家では父親はほとんどが夜遅くなってからの帰宅だったし、母親も夕方からアルバイトに出ていた。
 母親のアルバイトというのは、母親の友達がやっているスナックの手伝いだった。さすがに最後までいるわけにもいかなかったので、夜の十一時くらいまでには帰ってきていたが、疲れ果てているのが分かるので、話しかける気にもならなかった。
 母親のやっている店のママさん。娘がいるのだが、山内のクラスメイトだった。山内にとって気になる存在だったが、声を掛ける勇気もなく、母親同士が友達だというのもせっかくのチャンスのはずなのに、モノにすることができなかった。
 交番勤務になって最初の赴任地には、スナックが数軒あった。そのうちの一軒が山内の馴染みの店になったのだが、その店は、母親と娘でやっていた。
 娘はまだ高校生だったが、店の経営上、他の女の子を雇うお金が今のところないという。本当なら、ここは警察官としては、未成年のアルバイトは禁止なのだが、
「僕が来る日はカウンターの中にいてもいい」
 という条件でアルバイトを許した。
 もちろん、他の誰にも内緒だったが、彼女はカウンターに入っていると言っても、接客をするわけではなく、雑用が主だった。客は常連ばかりだったので、無理なことをいう人は一人もおらず、問題が起こることもなかった。
 そのうちに彼女は高校を卒業し、短大に進学、お店に入らない時に勉強し、短大に合格したのだ。これも山内との約束通りで、彼女が短大に入って、晴れてカウンターに立つことができるようになると、山内は刑事に内定したのだった。
「くれぐれも飲酒はしないようにね」
「はい、分かっています。今日まで本当にありがとうございました」
 彼女の短大合格祝いと、山内の刑事昇進祝いとを同時に行った。
 結構賑やかだったが、
――もっと、この街で巡査をしていたかったな――
 というのが山内の本音だった。
 それから山内は刑事として赴任することになったが、赴任地は実家からは遠かったが、巡査として赴任していた街からは、それほど遠くではなかった。
 刑事になってから、九年が経った昨年、ちょうど勤務を終えて、明日は非番だという、一番楽しみな時、歩いていると後ろから、
「山内さん? 山内さんですよね?」
 と言って声を掛けてくる女性がいた。
 最初は誰なのかすぐには分からなかったが、
「制服じゃないんで、すぐには分からなかったわ」
 と言った言葉を聞いて、
「あっ、麻衣ちゃん?」
「ええ、お久しぶりです」
 そこにいたのは、交番勤務の時、スナックに出ていた麻衣ちゃんだった。
 麻衣ちゃんとは、もちろんその時以来の再会だった。
「すっかり大人っぽくなっちゃって」
 何しろ自分のイメージの中の麻衣は、まだセーラー服姿の女子高生だったからだ。
「そういう山内さんだって、警官の服を着ている時も思ったんだけど、今はもっと頼りがいのある男性に見えるわよ」
 と言ってくれた。
「いやいや、刑事になってからというもの、巡査の時と違って、庶民の目はあまり温かくなくてね。しょうがないところなんだけどね」
 これは本音だった。
 やはり刑事というと、どうしてもまわりからは、鬱陶しい目で見られる。警官の服装をしていると、
「自分たちを守ってくれる警察官」
 というイメージが強いのか、頼りなくても、頼ってくれているのが分かるのだが、刑事ともなると、どうしても威張り散らしているイメージと、聞かれたくないことでも、ズバズバ聞いてくるというイメージが重なっているのか、どうも人当たりは決してよくない。
――俺も昔はそうだったからな――
 テレビドラマのサスペンス物などを見ていると、どうしても出てくる刑事は胡散臭い雰囲気の人が多い。事件を解決しまくっている刑事ほど、庶民から疎まれたりするのが多そうな雰囲気だが、そう思うと、これほど損な役回りもないというものだ。
 実際に、刑事になりたての頃と今とでは、完全にマンネリ化しているとでもいうべきか、マンネリ化というよりは、自分たちの力の限界を知ってしまったことでのジレンマが実際に襲ってきていた。
 警官時代は、
「刑事になれば、やりたいこともできる」
 という思いがあった。
 実際に事件があまりない街ではあったが、たまに起こる犯罪で、県警から刑事が出張ってきた時など、警官というのは、ほとんど雑用係だ。テレビドラマを作成する監督とADのようなもので、刑事もののテレビドラマでよく見る光景を、思い知らされた。
「やっぱり、刑事にならないと、しょうがないんだな」
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次