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寿命神話

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 彼らが関係のありそうな何かの事件を起こっているわけではない。心機一転と言ってしまえば聞こえはいいが、名前を変えるだけでも、お金もかかるし、それまでの印象が変わるとも思えない。
 その頃の山内は、「創生会」に限らず、宗教団体自体に何ら興味はなかった。その中で殺人事件でも起こらない限り、自分には関係ないとまで考えていたくらいだ。実際に、山内が刑事になってから宗教団体関係の捜査に加わったことはなかった。十年前の事件でも捜査本部が別だったので、ウワサに聞く程度だった。
 ただ、一つ気になったのは、「創生会」が名前を変えてからすぐに、自分の父親が行方不明になったことだった。捜索願いは母親から出されたが、母親は、
「どうもお父さんは、『紀元研究会』に入ったんじゃないかって思うの」
 と言っていた。
 初めて聞いたその団体の名前だったので、
「お母さん、その『紀元研究会』って何なんだい?」
 と聞くと、
「宗教団体なんだよ。この前までは『創生会』って言っていたところなんだよ」
「宗教団体の『創生会』? それなら聞いたことがあるよ。そうか、名前が変わったとは聞いていたけど、何か曰くがありそうなんだね」
「ええ、そうかも知れないわね」
「お母さんは、この話を捜索願いを出した時に、警察に話したかい?」
「ええ、『紀元研究会』って言ったんだけど、受付してくれた人はその名前を知らなかったみたいで、『何ですか? それ』って聞かれたわ」
「そうだろうね。名前だけなら、宗教団体って思わないだろうからね。それが改名の狙いだったのかな?」
「お母さんには詳しいことは分からない。でも、お父さんはツテがあるからって言っていたんだけど、ひょっとしたら、あなたのおじさんがツテだったのかも知れないわね」
 この時、おじさんが入信したところが「紀元研究会」だということに気が付いた。
「では、どうしてこの間おじさんと会った時に父親の話をしなかったんだ?」
 と思われるかも知れない。
 山内の頭の中では、
――父親は死んだ――
 と思うようにしていた。
 子供の頃にあれだけ厳格だった父が、何を考えて、母を一人残して入信したのか、その気持ちがどうしても分からない。
 この年になって分からないのだから、今さら話をしても、分かり合えるわけはないと思った。実際に学生時代から、父親を他人のようにしか思っていなかった山内にとって、捜査の中に父親の存在を掘り起こすことはありえないことであって、死んだと思うようにしている人のことを考えることは、自己嫌悪に陥らせるだけだった。
 それだけ父親に対しての恨みは大きかったのだ。
 実は、十年前に発見された変死体で、身元が判明している人には、ある共通点があった。それは、全員が自分の家族から恨まれているという点であった。
 しかし、この事実は分かりにくいことであり、発見された死体の一部の人に見られることだとは分かったが、全員だということは分からなかった。
 そんな事実も、殺害されたわけではないので、参考にもならなかった。もし全員に共通していることだと分かっていれば、もう少し捜査が進んだかもしれないが、当時の時点でそれ以上の進展はなかっただろう。
 もし、上層部に掛かった圧力がなくても、捜査にはおのずと限界というものがあり、それ以上の進展はやはりなかったことだろう。そういう意味では捜査妨害があったことが却って山内に何かの疑念を抱かせる原因になったのだが、そのことを思い知るのは、それから十年も経った今のことだったのだ。
 とにかく、分かっていることは皆中途半端なことばかり、どこまで首を突っ込んでいいのか考えていたが、それが一変したのは、それから数か月経ってのことだった。十年前と同じように、またしても変死体が多く発見される事態に陥った。
 その変死体は、腐乱しているわけではなく、身元が分かる死体だった。
 そして、その中の一人に、おじさんがいたのだった……。

                 紀元研究会

 警察を離れると、山内も三十歳代後半に差し掛かっている独身男性だった。
 ずっと彼女がいなかったが、一年くらい前に彼女ができた。その頃はちょうど、腐乱変死体が見つかってからすぐくらいの頃で、少し気が滅入っていた時期でもあった。普段からあまりお酒を呑むことはなかったが、どこかのバーででも酒を呑もうと思いながらフラフラと歩いていると、ふいに後ろから声を掛けられた。。実は彼女とは再会だった。名前を櫻井麻衣といい、山内よりも十歳近く年下の、二十七歳だった。
 山内は大学時代に、何人かの女性と付き合ったことはあったが、続いたとしても数か月、ほとんど付き合ったと言えるほどではなかったのだ。
 別れはいつも相手からだった。
 元々不器用な山内は、女性を相手にすると、余計に委縮してしまうところがあった。相手の女性とすれば、最初はその素朴さが物珍しいのか、好感を持つことが多かったのだが、不器用な付き合い方しかできない山内は、どうしても相手に気を遣わせてしまうことが多く、
「あなたと一緒にいると疲れる」
 と、表現は違っても、おおむね別れの理由は決まっていた。
 そんな山内は、結局学生時代にその不器用さが治ることはなく、彼女と言えるような人はできなかった。
 それもトラウマとなっていた。
 なぜなら、自分の不器用な性格は父親からの遺伝だと思ったからだ。
 厳格というわけではないが、父親の厳格さを不器用な性格の裏返しのように思っていたのも事実で、そんな父親を憎まないようにしていたのは、
――不器用なんだからしょうがない。かわいそうな男だ――
 と、そう思うことで、他人のように感じていた。
 そんな人間を自分の父親だとは認めたくなかったからだ。
 それなのに、自分が大人になるにつれて、明らかに不器用な性格になってくることで次に考えたのは、
――厳格にだけはなりたくない――
 という思いだった。
 相手に自分の性格を押し付けたり、強引さが高圧的にならないように心がけていると、――気を遣わなければいけない――
 と思うようになり、自分のいいところを自分自身で殺してしまっていることに気づいていなかった。
 気づいた時はすでに遅く、自分の見えるところに女性はいなくなっていた。
 またしても、父親からの呪縛だと思うと、父親に対しての恨みが湧いてきて、それを押し殺すことが、学生時代最大のトラウマになってしまった。
――大学に入ってまで、他人のように思おうと思っていた父親の呪縛に苛まれるなんて――
 と思うのだった。
 大学を卒業してから、警察に入ったのだが、考えていれば、一番自分らしかったのは、巡査時代の五年間だったのかも知れない。その頃は、田舎の交番勤務だったのだが、地元密着の交番勤務は、一番人とのかかわりが暖かかった。
 刑事になってから人間関係を、捜査のためだけにしか考えないようになると、その歪な人間関係に驚かされたり、
――もし、自分が当事者だったら――
 と思うと、やりきれない思いに何とさせられたことだろう。
 しかし、それも慣れであった。
――こんなことに慣れたくもないのに――
 とは思ったが、慣れないとやってられない。
作品名:寿命神話 作家名:森本晃次