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記憶の十字架

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 入院している時は、身体もなかなか動かせないし、病院という雰囲気が、自分を嫌でも病人だという意識にさせられる。しかし、退院してしまえば、まだ身体が言うことをきかないところがあるとは言え、環境が変わったことで、意識も変わってくる。
 何よりも残っている記憶だけで十分なほど今の記憶はしっかりしていて、却って余計なことを思い出さずに済むと思えばいいことのようだった。
 退院してから森山とは、三日に一度の割り合いで会っている。最初は、
「毎日でも会いたい」
 と、森山は言っていたが、実際に退院してみると、今度は睦月の方から連絡しないと、森山と連絡が取れなかった。それだけ彼の方から連絡をしてくることはなかったのだ。
――あれだけ心配してくれていたのに、退院したと同時に、まるで人が変わったみたいだわ――
 と感じていた。
 しかし、残っている記憶を総合して考えると、森山はそこまで相手を心配するタイプの男性ではなかった。交通事故に遭ったというのを聞いてから、すぐに飛んできたわけではないというし、冷静なところは憎らしいほどで、人によっては、彼のことを冷徹だと思っている人もいることだろう。
 そんな彼が、
「毎日でも会いたい」
 と言ったこと自体が不自然で、思わず、
「私は大丈夫だから」
 と答えたのは、相手に心配させたくないという思いとは違うところにあった考えが、そう言わせたのだった。睦月が森山に対して怖さを感じたのは、冷徹なところが見えたからではなく、逆に冷静な態度の中に、冷徹ではない部分が見え隠れしていたからではないだろうか。
――まるで別人のようだ――
 睦月の知っている森山とは違う人が、乗り移っていたかのようだった。
 ただ、睦月が知っている森山は、あまり人に気を遣うことをしない人だが、それは意識して人に気を遣っていないわけではなく、鈍感なところがあるからだった。
 森山に鈍感なところがあるなど、睦月は知らなかった。
 今まで、森山と相手をしていて、気を遣ってくれているという意識はなかったが、気を遣わなくてもうまく付き合っていける相手が森山だったのであって、どうして森山が睦月に気を遣わないでもよかったのかということを、睦月は分からなかった。
 それは、森山が睦月のことを、
――賢い女――
 だと思っているからで、何も言わなくとも分かってくれる相手に、気を遣う必要もない。下手に気を遣ったりすると、余計な思いを抱かせるだけで、せっかくのいい関係に立っているものが、おかしくなりかねないからであった。
 森山は睦月と、結婚を考えるまでの仲になるとまで、思っていなかった。
――それなのに、結婚を考えるまでになったというのは、自分の気持ちが変わったというよりも、睦月という女の魅力に惹きつけられたところから、抜けることができなくなったことが大きな原因なのかも知れない――
 と感じるようになっていた。
 自分が鈍感であるということは、森山は自覚していた。子供の頃から、まわりの目が自分に対して、鈍感であるということを無言で訴えているような気がしてならなかった。
 鈍感だということで得をすることはなかったが、さほど損をすることもない。ただ、自分が鈍感だということを自覚さえしていれば、まわりとうまくやっていくことができるのだということに、気が付いた。もし自覚していなければ、自尊心の強さがプライドの高さだとまわりから見られてしまい、鈍感なところを、誰も笑って許してはくれなくなってしまう。
 鈍感だということは、人の言うことを、まともに信じてしまって、
――疑うことを知らない――
 そんな性格だ。
 むしろ、人を疑わないところを、
――自分の美学だ――
 と思っている森山は、それが鈍感という言葉と結びつくことを分かっていなかった。
 それが分からないから鈍感なのだが、人から指摘されたことでも、自分で信じられないことであれば、まったく信じようとはしなかった。口では信じているようなことを言っても、まっすぐな考えが、口から出てくる言葉と考えていることで違っているところに矛盾があり、その矛盾を正当化させようとして、敢えて、まわりのことを考えないようにしていることで、鈍感に見られるようになったのかも知れない。
 睦月は、一人でいると、自分が、
――本当は孤独が似合う女――
 だということを思い出してきたような気がした。
 それまで、友達とどこかに行ったという記憶はあるのだが、その時のことが思い出すことができても、その時に一緒に行ったのが誰だったのか、思い出すことができない。その時々で別人だったような気がする。そんなことがあるのだろうか?
 今までで友達の記憶として一番しっかり残っているのは、小学生の頃、ミステリーを読むようになった時にできた友達だけだった。同じ趣味が嵩じて仲良くなったのだが、その時の会話の詳細などは思い出せないまでも、話をしていて、お互いの気持ちが高揚していたのはハッキリと覚えている。
――時間を感じることなく話をしたのは、その時が初めてだったわ――
 と考えていたが、その時が初めてだったということに違いはないが、その時が最後だったことも事実だった。それ以降誰かと話をしていても、そこまで時間を感じることなく話ができる人が現れることはなかったからである。
 友達というものが大切だという話はよく聞くし、間違いではないと思っているが、
――友達がいなくても、別に困ることはない――
 という思いがあるのも事実だった。
 もちろん、友達がいれば、もっと楽しいのかも知れないが、一人でいる時に考えている何かを失うのも嫌な気がした。
 睦月は、いつも何かを考えているような女の子だった。その時々で考えていることは違っていたが、考えていることが次第に発展していき、最初に何から考えが始まったのかということすら覚えていないほど、発展先は神出鬼没だった。
 考えが論理的に進んでいる時もあれば、気付かないうちに進んでいる時がある。気付かないうちに進んでいる時というのは、
――何かの力が自分の中で作用しているのではないのかしら?
 と思えてくる時だった。
 その何かの力というのが、外から向けられたもので、
――誰か他の人の力なのかも知れないわ――
 と感じていた。
 それが誰なのか分からない。分かりそうに思えるのだが、分からないのだ。そんな時に睦月は、
――自分が鈍感なんじゃないかしら?
 と、一瞬だけが感じることがある。すぐに否定はするが、一瞬でも感じるのは事実だった。
 だから、睦月は鈍感な人に対しては敏感だった。
 その人が自分を敏感だと思っている場合も、自覚のない人であっても同じこと、しかもその人が自分で自分をどう感じているかということまで、理解できるようになっていたのだ。
 睦月が森山と知り合ったのも、偶然ではないと思っている。彼が自分のことを鈍感だという意識を曖昧にだが持っているのを感じることで、彼のことが気になっていた。
 森山は、自分が鈍感だということを、まわりには知られたくないと思っていた。
――鈍感かどうかということは、隠そうとしなくても、自分から滲み出るものなので、結局まわりにはすぐ分かってしまうものなのにね――
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次