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記憶の十字架

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――普段の私なら、こんなことにはならなかったはずだわ――
 と睦月は思っていたが、その思いに間違いはなかった。
 睦月は、
「あなたは、半分記憶を失っています」
 と医者から言われて、最初は信じられなかった。
「えっ、私がですか?」
 と思わず笑みがこぼれたくらいだ。
 しかし、考えてみれば、この状態で笑みがこぼれるような性格ではなかったはず。そのことは睦月自身が一番分かっていた。
――私、どうしちゃったんだろう?
 と、急に不安になった。
――普段から、自分を隠そうとしていた私は、何かの報いを受けたのかしら?
 と感じた。
 自分を隠そうとすることは悪いことではないと思っていたのだが、さすがに事故に遭ったことで、余計なことが頭を巡った。
――それだけ、私が不安を感じているということかしら?
 自己分析は的を得ている睦月にとって、自分が不安を感じているということは間違っていなかった。それはまわりから見ていて、森山だけが分かっていたことだが、睦月にとって、それは人に知られたくないことだった。
 相手が森山であっても同じこと。知られたくない相手であることに違いはない。むしろ、相手が森山だからこそ、知られたくないと思っているに違いない。そんな睦月の思いを知ってか知らずか、森山は睦月に対して、いろいろと考えを巡らせていたのであった。睦月が気さくになったのは、ある意味、森山を意識してのことでもあった。ただ、そこまで作為が強いわけではない。睦月にとって、自然な行動だったのだ。
 交通事故に遭うなど、普通は誰も想像もしていないに違いない。しかし、睦月は病院のベッドで目を覚ました時、
――私、交通事故に遭ったんだ――
 と、瞬時に感じた。ただ、あまりにも唐突すぎて、自分ですぐに否定したが、
「あなたは、交通事故に遭われて……」
 と医者から説明された時、思わず
「ウソっ」
 と叫んでしまったが、まわりにいた人のほとんどが、
――交通事故に遭うなんて、すぐには信じがたい――
 という意味で叫んでしまったのだろうと思ったに違いない。もし、自分がまわりにいる人の立場であれば、そうとしか思えないだろう。だが、実際に叫んだ理由は、最初に感じたことがウソではなかったことに対して、信じられないという思いからの叫びだったのである。
 交通事故というのは、いつ誰が遭うかなど、想像できるものではない。それこそ偶発的なことを称して、「事故」という言葉で例えるのと同じことである。
 交通事故に遭ってから、病院のベッドで目を覚ますまで、数時間が経っていたということであるが、検査はそれまでに終わっていて、脳波や内臓などの異常は見られなかったという。それなのに、記憶が喪失していることがどうして分かったのか、少し疑問ではあった。
「あなたの場合のように部分的に記憶が喪失している人は、検査で出ないこともあったりします」
 という話だったが、
「じゃあ、どうして分かったんですか?」
「あなたは、覚えていないようですが、あなたが最初に目覚めたと思っているより前に、二度目が覚めているんですよ。その時のあなたの様子を見ていると、記憶が失われているのがよく分かりました」
「それは、私が聞かれたことに答えられなかったということでしょうか?」
「そうですね。意識も虚ろだったし、明らかに記憶がなかった。二回目はだいぶ回復しているようですが、まわりの人が聞けば、記憶がほとんどなくなっているということでした。あなたの意識が完全に戻った今でも、最初は私が質問したのを覚えていないでしょう? そこまでくれば、記憶が失われてしまったというのは間違いのないことなんですよ」
「でも、どの部分が失われたのかというのは、分からないんですか?」
「ええ、やはり記憶というのは、本人にしか分からないところもありますから、最初からないものなのか、それとも失われたものなのかは、あなたの中で感じる『記憶の繋がり』の中でしか分からないんです。特にあなたの場合の記憶の失われ方は、断片的なところが多いので、まわりは中途半端に記憶がなくなっていると思うことでも、本人は、最初から記憶にないと思っていることなんです。だから、あなたは自分の記憶が喪失しているという意識はないでしょう?」
「そうなんですよ。記憶が半分失われていると言われても、本当にピンと来ないんですよね。今のお話ですと、私が感じていることとまわりとでは、感じ方が違うということをおっしゃっているように感じるんですが」
「そうです。私も今まであまり感じたことがなかったんですが、どうやらそのようですよね。稀なケースだと思いますが、記憶喪失について研究している先生が友人にいるので訊ねてみると、その人の話では、記憶の半分が喪失しているからだって教えていただきました」
 確かに、記憶が喪失しているということを聞かされたのは、目を覚ましてからしばらくしてからのことだった。その間に先生はいろいろ調べてくれたのだろう。
 交通事故に遭ったというのは、今回が実は初めてではなかった。
 小学生の頃にも一度事故に遭っていた。その時は、奇跡的なかすり傷で済み、入院もしなかったのを覚えている。どうやら、遊んでいてボールが道に飛び出したことで、ボールだけを追いかけて道に飛び出したようだ。車を運転していた人からすれば、本当に災難だったに違いない。
 その人がどうなったのか、子供の睦月には分からなかったが、お見舞いに来てくれたことだけは覚えている。
――優しそうなおじさんだったな――
 という記憶は今でも残っている。
 交通事故に遭ったと言われて、最初に思い出したのが、その時のおじさんの顔だったというのも、皮肉なことだったように思う。そのことを先生に話すと、
「そうですね、記憶を半分喪失しているということは、、逆に言えば、残っている記憶は思い出しやすいところにあるという考えもあるかも知れませんね。あなたは、幸いにも今は記憶を喪失しているという意識はない。私は、敢えて記憶喪失をあまり意識しない方がいいのではないかと思うんですよ。記憶を喪失した人は、何かのきっかけで、記憶が戻ることもありますからね。ただ、その記憶が、本人にとって思い出したくない記憶であれば、思い出す必要はないと思います。それくらいの気楽な気持ちでいてください」
「分かりました」
 医者の話を聞いていると、確かに気は楽になったが、
――どうにも楽天的すぎはしないかな?
 とも感じた。
 しかし、睦月自身に自覚がないのも事実で、必要以上に変な意識を持つ必要もサラサラないだろう。そう思うと、記憶喪失について考えることは、余計な考え以外の何物でもないように思えてきたのだ。先生が話していた、
――思い出しやすいところにある記憶――
 というのは、繋がっている記憶である。繋がっていない単発的な記憶であれば、思い出しやすいところにあればあるほど、自分の中に矛盾を感じるはずだからである。今の睦月には矛盾した記憶が頭の中にあるわけではない。
――それだけ記憶が意識としてハッキリして来ているのかも知れない――
 と、感じるのだった。
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次