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記憶の十字架

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 森山も、それ以上この話題を続けることは困難であり、無意味であると悟ったので、他の話題に変えた。それ以降、二人の間で、姉の話題はタブーになった。元々姉の話題を出すことがなかったユキが姉のことを話してくれた、
――最初で最後の時――
 だったのだ。
 姉の名前は聞かなかった。それから、姉のことをしばらく忘れていた。思い出さないように無理にしていたのかも知れない。しかし、ある日、急に思い出すことがあった。それは、森山が死んだ妹の夢を見た時のことだった。
 久しく妹の夢を見ることはなかった。少なくとも、ユキと知り合ってから見たことはなかったはずである。夢というのは、いつ頃に見たものなのか、時間が経ってしまっては、意識していたとしても、後から考えると思い出すことはできない。
 何よりも比較対象がないからだ。
 中学生の頃なのか、小学生の頃なのか、考え方はまるで違ったはずなのに、その時に見た夢が鮮明であればあるほど、時期の錯誤に陥ってしまう。
 妹は、ユキに似ていた。最初、夢を見ているという感覚がなかったので、ユキだと思っていた。だが、その女の子は何も喋ろうとしない。目の前にいて、森山に微笑みかけているのに、目線が合っているわけではなかった。
「ユキ?」
 と、声を掛けるが、その目は違うところを見ていて、笑顔は今までに見たことのないほど輝いていた。
――こんな顔、初めて見るぞ――
 と感じ、自分の知らないユキがいることを感じると、急に嫉妬心が湧き上がってくるのを感じた。
――やっぱり、ユキではないのか?
 と感じると、それが夢の世界であることが分かった。
――夢なんだ――
 そう思うと、もう目の前にいる女性に声を掛けることはできなくなった。
 沈黙の時間が少し続いた。それがどれほどの時間だったのか、夢の中なので、想像もつかない。
 すると、今度は後ろから鋭い視線を感じた。
 振り返ろうとするが、首を回すことはできない。次第にその視線が怖くなったくる。だが、その視線に恐怖を感じているのは、本当は自分ではなかった。目の前にいる女性だったのだ。
 森山が恐怖を感じたのは、目の前の女性に表情がないと思っていたからで、確かに表情は微動だにしていないが、明らかに怯えている。
――そんな素振りも表情の変化もないのに、どうして分かるのか、それが恐ろしかった――
 と、感じた。
 本当に恐ろしいのは、誰かに見つめられていて、金縛りに遭っているのに、その人が恐怖心を表に出さないからだ。恐怖心というのは、その恐ろしさから解放されたと感じるからか、表に出すことがすべてだと思っていた。
 いや、思っていたわけではなく、本当はその時初めて感じたことだった。
 表に出すことをしないのか、それとも何かの力が働いて表に出すことができないのか、やはり、夢の中なので、夢を支配している自分が考えたことだけが真実で、
――それ以外は架空に作られた傀儡状態である――
 と言えなくもない。
 夢を覚えているということはほとんどない。しかも、覚えているとすれば怖い夢だけであった。しかし、この時の夢は不気味ではあったが、怖い夢ではなかった。では、何か記憶に残るようなことがあったのだろうか?
 そこまで考えてくると、思い出したことがあった。その夢の中に、実はもう一人いたのだ。
 夢を見ている自分。目の前にいる妹、そして、後ろから見ている視線。
 実は、もう一人の人の存在に気付いた時、なぜ、目の前の彼女が無表情に恐怖を感じていたのかが分かった気がした。
 それは、後ろから鋭い視線を浴びせていた人の視線の先は、自分の背中ではなく、自分の背中越しに見ている妹だったのだ。
 そして、自分が夢を忘れていないのは、やはり夢の中で恐怖を感じたから。
――夢の中に、確かにもう一人誰かいる――
 その人の視線を浴びていたのは、他ならぬ自分だったのだ。
 目の前の妹のように無表情だが、感情的には前に進むことも後ろに下がることもできない状態。金縛りの状態だった。
 その視線を辿ることができるのも、それが夢の世界である証拠だった。だが、この時の夢の世界は、決して自分に対して優位に動いているわけではない夢であった。
――夢というのは、潜在意識が見せるもの――
 という考えであるが、潜在意識が決して自分に優位に働くわけではないと思い知らされた時、その夢が怖い夢だと感じるのだろう。
 だから、森山の考える怖い夢の一番というのは、
――もう一人の自分が出てくる夢だ――
 と言えるのではないだろうか。
 しかも、同じ自分が出てくる夢といっても、度合いに違いがある。
 もう一人の自分が、夢を見ている自分を意識しているかしていないかで、恐怖の度合いは違ってくる。こちらを意識しているのであれば、さほど怖いとは感じない。しかし、意識していないと思うと、
――いつこちらに気付くのだろう?
 と感じることで、まるで針の筵に座らされているような恐ろしさを感じるのだった。
 夢から覚めた時感じたのは、その夢が中途半端だったことだ。
――夢が何かを訴えようとしているのなら、どこか中途半端な状態で目が覚めてしまったんだ――
 と感じた。
 しかし、ちょうどいいところで目が覚めたという、
――楽しい夢を見ていた――
 という状態ではなく、
――これ以上見てしまうと、後悔することになる――
 という思いを含んだ状態で、目を覚ましたということだった。
 その時に感じたのは、
――もう一人の自分を見なくてよかった――
 と感じたことだが、冷静になって考えると、もう一人の自分はどうやら、夢を見ていた自分を意識していたわけでも、自分の目の前にいた妹を意識していたわけでもない。こちらに痛いほどの視線を向けていた女性を意識していたのである。
 すぐに夢から目覚めたいと普通なら感じるような怖い夢だったはずなのに、すぐにそのことを思いつかなかったのは、自分の後ろからこちらに視線を向けていた人が誰なのか、すぐには想像もできなかったからだ。
 目が覚めてしまえば、どうでもいいこと思えるが、その時はゆっくりでもいいから、それが誰なのか、知りたいと思った。
 逆に言えば、
――ゆっくり考えさえすれば、それが誰なのか分かってくる――
 という自信の表れのようなものだ。
――目の前の女の子がユキだとすれば、後ろから見つめているのは、彼女の姉ではないだろうか?
 話の中に、少しだけ出てきた姉だったが、ユキが姉のことをその時一度きり話してくれただけで、それ以降まったく口にしなくなったのだが、普通であれば、別におかしなことではない。
――ユキの中に、姉へのわだかまりのようなものが存在する――
 という意識を持ったのは、ユキが何も言おうとしないのに、森山が自分の夢の中で見てしまったことからであった。
「お姉さんは、私から逃げるために早く結婚したの」
 ユキが言っていた。唐突にそんなことを言い出した。まるで独り言を言っているようだった。そばに森山がいるのにである。
 ユキはきっと自分が口走ったという意識はないのかも知れない。その時の印象が残っているから、夢の中のユキを、怖いと感じることができるようになったのかも知れない。
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次