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記憶の十字架

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 ただ、その数日前から、何となくであるが、予感めいたものがあったのも事実で、目を瞑ると、瞼の裏に黒い世界が広がっているはずなのに、真っ赤な世界が広がっていることがあった。
 真っ赤な世界は、今までにも何度も意識していた。それは、光が当たっている中で目を閉じた時に、瞼の裏に写っているのが、真っ赤な世界だったからだ。
 しかし、決定的な違いがあった。
 今までの瞼の裏に写っている世界というのは、真っ赤な中に、まるで毛細血管のような線が無数に見えていた。それは微妙に蠢いているようで、実に気持ち悪いものだった。
 だから、なるべく見ないようにしていたのだが、それでも、ついつい見てしまうことがあったので、真っ赤な世界が広がっている状態を、リアルに覚えていたりするのだった。
 それまでに見ていた光景が頭の中にあって、その残像が毛細血管を浮き上がらせるように見えることで生まれる世界なので、理屈が分かっているだけに、気持ち悪いものと一概に言えるものではない。
 だが、事故を目撃する前に見た、瞼の裏に写った真っ赤な世界は、毛細血管のような残像がまったく残っていなかった。
 蠢いている毛細血管に目を奪われることで、真っ赤な色を意識することはなかったはずなのだが、その時にあるのは、真っ赤な世界が広がっているだけだった。
 意識を削ぐものがあるわけではないということは、目の前に広がっている世界は無限に続いている可能性を秘めているように思えた。だが、もう一度目を瞑ってさらに目を開けると、今度はさっきまであれだけあった真っ赤な色が、今度は普段の真っ黒な世界を彩っていたのだった。
――一体、どうして?
 と感じていたが、それがまさか交通事故を目撃するための「前兆」のようなものであるということを感じたのは、以前にも同じようなことがあったからだ。
 それは交通事故のようなリアルなものではなかったが、ちょうど高校受験の時、自分が家から出てきた時、前の日に、紙で指を切ってしまった。少しだけ血が出てきたが、それをティッシュで拭うと、ティッシュの上に、血が滲んでいくのを漠然と見ていた。
 みるみるうちに広がっていく真っ赤な血だったが、少しでも赤い色が薄くなっていくのではないかと思っていたにも関わらず、それどころか、黒ずんでくるほどに真っ赤な血は滲み出ていた。
 実際には血は止まっていたにも関わらず、滲んだ血は、ティッシュを真っ赤に染めるまで止まないような気がして気持ち悪くなった。気が付けば気絶していて、指に巻いたティッシュからは、ほとんど血の色は消えていた。
 この時、
――今なら、どんなことがあっても驚かない――
 と、感じたのだった。
 ただ、意識が戻った時に、
――気のせいだった――
 と感じたのも事実で、本当に気のせいだったのかどうか、今でも疑問に感じるほどだったのだ。
 さすがに、そこまで森山は分かっていなかったが、敦美の中では、
――妹の意識も、これに似たものだったのではない――
 と思うようになった。
 だが、妹と敦美との違いは、
――誰かに影響を受けているか受けていないかの違い――
 であって、妹が誰の影響を受けたのかということを知るきっかけを握っているのが、実は森山だったのだ。

                 第四章 真相

 ユキが睦月にせっかく会うきっかけを作ったというのに、まさかその日、来なかったというのは、ユキにとっては、想定外のことだった。ユキは睦月とやっと連絡が取れて、会うきっかけを作ったのであって、来なかったからといって、森山に聞くことはできなかった。
 しかもその日が、睦月が交通事故に遭った日であるということは、ただの偶然であろうか。もし睦月が交通事故に遭うことがなければ、後二十分後くらいには、二人は出会っていたに違いない。
 偶然を装って会おうとしたユキにとって、必要な情報は、その道を通りかかることだけでよかった。知り合ってしまえば、少しずつ聞いていけばいい。しかし、あまり仲良くなりすぎて森山に知られてしまうのも困ったものだ。いずれは知られる前に自分から話そうと思っていたが、先に見つかってしまうと、すべてが狂ってしまう。それだけに、森山に話を聞くことはできなかった。
 森山の方も、睦月が交通事故に遭ったことをユキに話してはいけないと思っていた。
 記憶がなくなってしまったことで、ユキに合わせるタイミングを失ったと思った。ユキの中に睦月の記憶が移っているように感じたのは、最初、一瞬感じただけだが、次第にユキと一緒にいることで、一瞬感じたその時のことがよみがえってきて、確証もないのに、信じてしまった自分がいて、先に進むよりも、後戻りする方が難しくなってしまったことを感じた時、どちらにしても、
――交通事故に遭って、記憶を半分失った状態の睦月を、ユキに会わせるわけにはいかない――
 と、思うようになった。
 それまでなら、
――二人が会うことは、別に問題ではない――
 と感じていた。
 しかし、交通事故に遭ったからという風に考えると結果論のように聞こえるが、
――ひょっとして、自分の中で二人を会わせることに危険を感じていたのかも知れない――
 と思った。
 森山は、睦月のことを愛していたが、睦月の中にあった失われた方の記憶の中にこそ、睦月の魅力があったように感じていた。ただ、その魅力を感じさせたのは、最初に知り合った頃にだけであったが、印象が深かったことで、ずっと睦月の中にある感覚だと思っていた。
 まさか、それが交通事故に関係があるわけではなく、もっと以前からあったことではないかということを、まだ森山は気付かなかった。
 医者が半分の記憶を失っていると言ったことで、森山は自分が考えている欠落した記憶と、医者が話していた半分の失った記憶が同じものであるということを、誰が証明できるというのだろう。
 森山は、睦月の失った記憶というものを、勘違いしていた。そのことを知っている人は誰もいなかったはずなのに、そのことに気付いた人が一人だけいた。
 それが敦美だったのだ。
 敦美は、森山のことが気になっていたので、密かに調べてみた。そして、森山はなまじ自分とまったく関係ない人間ではなかったことを知るのだった。
――森山という人は、睦月さんが交通事故に遭って、私の病院に入院したことで初めて関わるようになったわけではないんだ――
 と思ったのだ。
 敦美は、ユキの姉だった。
 結婚して苗字が変わってしまっているので、森山には気付くはずもない。
「私には姉がいて、結婚している」
 という程度の話しか、敦美のことをユキから聞いていなかった森山だったが、ユキの中に姉に対して特別な思いが燻っているということは、何となく分かっていた。
――何か恨みのようなものを感じる――
 と、時々ユキを見ていて、怖くなることがあった。
「お姉ちゃんが早く結婚したのは、逃げたかったからなの」
 と、ユキが自分の姉の話になった時、そう言った。
「何から逃げたかったというの?」
「私から……」
 と言って、それ以上言葉を発することはなかった。
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次