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記憶の十字架

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 森山にとって、睦月は自分を評価する指標でもあった。睦月の精神状態が穏やかな時は、自分も好調な時で、逆に穏やかでない時は、森山にとっても自分に自信を持つことのできない時期でもあったのだ。
「それがあなたのバロメータなのね」
 と睦月に言われたことがあった。
 睦月には、自分の考えていることを包み隠さず話す森山だったので、睦月も森山に対して話の中で遠慮することはない。
 ただ、今回の入院ではそれ以上の戸惑いを感じているので、森山に対して、どこまで話をしていいのか迷っているところがあった。
 森山はそのことも分かっている。分かっていて、
――睦月が話そうとしないのであれば、こっちから余計なことは言わない方がいい――
 と感じて、睦月に対して何も言わなかった。
――睦月のことだから、言いたくなれば言うはずだ――
 という思いがある。実はその思いは睦月の側にもあって、たまに会話が噛み合わない時がある。そんな時というのは、お互いに相手を怖いと思っていた。それまで一番話しやすかった相手が、一番話しにくい相手に変わるのだ。それを「遠慮」というのだろうが、もっとも二人にとって、この「遠慮」という言葉は一番遠い存在だと思っていた言葉だった。
――お互いに遠慮がないことが、うまく付き合って行くコツのようなものだ――
 と感じていたからである。
 本当は、
―何でも言い合えるというのが、二人の一番のいいところ――
 だったはずなのだ。それが急に会話ができなくなるなど、お互いに感じていなかった。相手を見る目に疑問を感じ、それを相手も分かるのだ。しかもその疑問というのが、今まで見せたこともない感情だったり表情なので、一番柔軟だった相手が、急に知らない人になってしまったというのだから、恐怖以外の何があるというのだろう?
 森山は病院に見舞いに行くことが正直怖かった。睦月も、いつ森山がくるのか、考えただけで怖い気がした。
 その時、森山が見つけた結論として、
――客観的に見ればいいんだ――
 という、考えるまでもないことに気が付いた。
 その時に気になったのが、看護婦である敦美だった。
 睦月を客観的に見ていると、二人の関係がどこかぎこちなく感じられた。敦美は森山のことを彼氏以外の何物でもないと思っているはずなので、森山のことをそれほど意識していなかった。
――真正面から見ることもなく、いつも横顔ばかりを見ている――
 そんな存在だった。
 しかも、それは、見下げるわけではなく、見上げているような感覚である。
――そういえば、自分が知っていると思っているその女性も、ずっと横顔ばかりしか見たことがなかったな――
 と感じていた。
 その人は、森山が知っている「女性」という感覚を持ってみることのできないタイプの人であった。
 森山が感じている女性というのは、
――我慢できないことがあれば、相手に悟られないように我慢を続けて、我慢ができずに爆発させてしまう――
 というのがイメージだった。
 だから、睦月との関係のように、お互いに言いたいことを言い合っているうちは、うまく付き合って行けると思っていたのだ。
 敦美には、あまり感情が見られない。よく言えば、冷静なのだが、悪く言えば、何を考えているか分からないところがある。ある意味、森山にとって、
――一番接しにくい相手――
 だと言えるだろう。
 だが、その横顔を見ている限り、接しにくい相手ではなかった。むしろ、睦月が敵対している相手という目で見ていると、敦美の方が今なら接しやすい相手であり、睦月と二人きりにならないで済むと思っていた。
 それは睦月も同じようで、敦美が病室にいても、委細構わずで、なるべく二人きりの会話にならないようにしていたのも、その思いがあるからだった。
 敦美も、二人が結婚を約束した相手だということを知っている。それでいて二人の関係がぎこちなく見えるのは、やはり、睦月の記憶が半分失われているからなのではないかと思えなくもなかった。そういう意味では記憶喪失に疑いを持っている自分に対して矛盾を感じる敦美だった。
――やっぱり、私は二重人格なのかしら?
 敦美は、自分が二重人格であることを、最近になって自覚するようになった。人から言われたからではなく、人からの視線が本当に同じ人を見ているのかという疑問を感じたことで、自分に二重人格性があるのではないかと感じるようになった。
 自分の考えに矛盾を感じていたことで、いきなり自分が二重人格なのではないかなどと考えるのは、それだけ自信過剰なところがあるのではないだろうか。そのことを他の誰も知らないはずである。知っているとすれば、自分の妹たちくらいだが、最近は妹たちとも会っていない。
――では、旦那はどうなんだろう?
 結婚してから三年が経っていたが、旦那は結婚した時とあまり変わっていない。もっとも、この人が変わるはずはないという思いを持って結婚したのも事実だった。
――一番無難なところで、ちょうどいい人と結婚した――
 と、本人は思っている。
 もし、他の人に話せば、
「それにしては、結婚が早いわよね、もう少し様子を見てもいいんじゃない?」
 と言われるだろう。しかし、敦美としてみれば、
「年齢が問題なんじゃないと思うのよ。結婚適齢期をすぎてしまうと、同じ人でも変わっている可能性があるでしょう? でも、今この人は変わらないと思った人と、いつ結婚するのがいいと聞かれた時、今しかないと答える自分がいるのよ。本当にタイミングって大切よね」
 と答えるだろう。
 その考えは間違っていなかったと思う。結婚して後悔しているわけではないが、ただ気になっているのは、彼の一言一言に最近敏感になってきたことだった。
 それまでは、彼のいうことは間違っていないとばかりに、
――彼の意見こそが、自分の意見そのものだわ――
 と信じて疑わなかった。
「そんなの新婚の時だけの幻影のようなものよ」
 と、人に話すと言われるかも知れない。しかし、大切なのは自分の気持ちで、彼の意見がそのまま自分の考えとして相違ないことを自分で納得できていればそれでいいと思っていた。
 つまりは、
――二人が納得さえすれば、それでいい――
 という考えだ。
 今までなら閉鎖的な考えだということが分かるに違いなかった。しかし、結婚生活は敦美にとって、今までの自分を変えるための準備のように思っていたことで、
――二人きりの世界から、次第に幅を広げていけばいいんだ――
 と考えていた。
 だが、その考えが少し違っていたと思うようになったのは、結婚三年目が過ぎてからのことだった。
――今までと同じことを言っているはずなのに、説得力もあるはずなのに、一言一言が気になってしまうのはなぜなのかしら?
 と、考えるようになったからだ。
 今までなら、何も疑いを持つこともなく、ただ信じればいいと思っていた言葉に対して、不満があるわけではないのに、気が付けば自問自答を繰り返している自分に気が付く。
――どうしちゃったんだろう?
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次