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記憶の十字架

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 睦月は、森山のことを慕っている気持ちは変わっていないつもりだったが、自分の記憶が失われたということが、今後どのように影響してくるか、少し不安だった。その思いを本当は看護婦にいろいろ聞いてみたいと思っていたが、彼女を見ていると、どうやら、自分が信じようと思っていることを信じていないように見える。
 それは、さらに睦月を不安にさせた。なるべく話をしないようにした方がいいのかと思いながら、自然と敦美のことを避けている自分を感じたのだ。
 睦月のそんな思いを知ってか知らずか、敦美の方も睦月に必要以上に話しかけてこない。そのうちに、睦月は自分の失った記憶を思い出すことはできるのかどうか、気になっていった。
 思い切って、先生に相談してみた。
「私の記憶が戻るということってあるんですか?」
「そうですね、十分にあると思います。ただ、一つ言えることは、私があなたの失った記憶がどのようなものなのかを知らないということですね」
「とおっしゃるのは?」
「私はあなたが記憶を失っていると思ったのは、あなたの脳波を検査した結果からと、臨床心理の検知から、あなたの身に起こった現象と、それに伴うパターンから考えて、『限りなく記憶を失っているに近い』と判断したからです。つまりは確証となったのは、あなたを客観的に見てのことですね」
 と言われると、睦月は黙りこんでしまった。
「どうして、それを私に最初に話したんですか?」
「私の考えが当たっているかどうか、あなたの反応で判断させていただきました。あなたはその時、信じられないという表情を表に出しませんでした。それを見て、あなたの記憶は本当に失われているということが確信となったんです」
「でも、私はあの時、疑問を抱いていましたよ?」
「そうでしょうね。でも、それをあなたは表に出さなかった。表に出す余裕がなかったんでしょうね。つまりは、自分でも記憶を失っているという意識が潜在意識としてあるわけですよ。でも、それを認めたくない自分がいる。自分の中で葛藤を繰り返しているのに、それを表に出す余裕なんて、ないのは当たり前ですよね」
 医者の話を聞いていると、引きこまれそうになっている自分を感じた。
 まさしくその通りだった。確かにあの時、潜在意識のようなものを感じたのは事実だし、後から思えば、葛藤を繰り返していた。だからこそ、記憶を失っているということを聞かされても、信じてしまったのも頷ける。
 しかし、睦月の中では、記憶を思い出したい気持ちと、思い出してはいけないという気持ちが半々だった。
 思い出したいという気持ちがある時に、まわりで信じていない人がいれば、せっかく盛り上がった気持ちに水を差すことになる。だから、看護婦の敦美が、
――睦月の記憶喪失を信じていない――
 という思いは、邪魔なもの以外の何物でもなかったのだ。
 しかし、思い出したくないという思いも半分あった。その思いを、医者と話をした時に、医者の口から聞かされた時、目からうろこが落ちたような気がしたのだ。
「あなたが記憶を失ったことに対して、いくつかのことが考えられます。もちろん、交通事故の後遺症というのも一つでしょうが、私はそれだけではないのではないかと思うんですよ。正直あなたのケガの度合いから、記憶を失うほどの大けがをしていたとは思えない。では、どうしてあなたが記憶を失ったのか? そう思うと出てきた結論は、『あなたは思い出したくない記憶を持っていて、交通事故に遭ったこの期に、忘れてしまいたい』という思いをあなたが抱いたことですね」
「私の中の何がそんな思いを抱かせたのでしょう?」
「それはあなたの中に、もう一人の自分がいるからなのではないでしょうか? 二重人格とまでは言いませんが、あなたには思い出したくない思いがあり、それを忘れてしまうきっかけを探していた」
「そんな自分がいるなんて」
「潜在意識と、あなたが思っている部分と、本当の潜在意識が違うのかも知れませんね。あなたは、自分の潜在意識を常に感じているでしょう?」
「ハッキリとした意識があったわけではないですが、確かにそうかも知れませんね」
「やはり、そうですね。普通、自分の潜在意識を絶えず持っている人というのは、そうはいませんよ」
 医者の話を聞いていて、何となく分かったことがあった。
――私は、他の人とは違うところが結構あるんだ――
 という思いであった。
 言われてみれば、睦月は今までに他の人から偏見のような目で見られることが多かったような気がする。なるべく意識しないようにしてきたのと、そんな視線に慣れてしまったことで、今ではあまり意識することもなくなったが、睦月にとって、医者の話は、今までの自分が顧みなかったこと、そして、なるべく意識しないようにしてきたことを今さらのように思い知らされることになっていたのだ。
 しかし、医者との面談は自分が希望したものだった。当然、自分にとって青天の霹靂となるような話をされるのも覚悟の上であったが、さすがに想像していたよりもズバリ指摘されると、臆してしまうのも当然と言えるかも知れない。
「潜在意識に対しては確かにいろいろ感じることは多いですね。でも、たまに疑問を感じることもありました。『本当に自分の意識なのかな?』ってですね」
 すると、医者は少し興奮したかのように、
「そうでしょう? 私があなたの記憶が本当に失われたと頭の中で確定させたのが、あなたが潜在意識を意識する人だと思ったからなんです。でも、もしあなたが、潜在意識に対してまったく疑いを持っていないとは思っていませんでした。もし、普段から潜在意識に疑問を持つことがないのであれば、きっと今回の交通事故で、あなたは本当の記憶喪失になっていたと思うんですよ」
「それは、潜在意識のせい?」
「そうですね。あなたの感じている潜在意識が本当のあなたの潜在意識かどうか、疑問を感じるというのも、私には無理のないことだと思っています」
「結局、私は思い出したくないものを、失ってしまったということなんでしょうか?」
「それが、あなたの意志なのかどうか、そこが問題ですね。あなたの思っている潜在意識の悪戯なのか、それとも、あなたの意識していない本当の潜在意識によるものなのか、どちらかによって、変わってきます」
「もし、私の知っている潜在意識であれば?」
「その時は、あなたは記憶を呼び戻すことはできないと思います。でも、あなたにとってそれを感じることができる場所はあると思います。私もここはどう表現していいのか分からないけど、きっとあなたにもそのうちに分かってくることだと思います」
「じゃあ、もう一つの私が知らない本当の潜在意識であれば?」
「あなたの中に、記憶は残っていると思います。これは普通の記憶喪失と同じで、何かのきっかけで思い出すことになるでしょうね。もし、そちらであるなら、私にも十分にあなたを助けてあげることができる。それがいわゆる私たちの仕事の範疇ですからね」
「その判断は、難しいですね」
「今は、早急に判断するのは無理ですし、危険だと思います。やはりゆっくりと判断していかないと、間違った方向に進んでしまうと、永久に思い出せなくなってしまうかも知れないですし……」
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次